消費者団体などがG20に向けて「緊急提言」、その効果は? シリーズ「香害」第10回

シリーズ「香害」第10回

 消費者団体の日本消費者連盟(日消連)など6団体が5月10日、「G20に向け家庭用品へのマイクロカプセルの使用禁止を求める緊急提言」を、世耕弘成経済産業相ら関係3大臣に提出した。英語版も作成し、6月28日から大阪で開かれるG20サミット(主要20カ国・地域首脳会議)に来日する外国の政府関係者や報道関係者に送って訴える考えだ。緊急提言は狙い通りの成果を得られるだろうか。

◆香害を拡大した「香りマイクロカプセル」
 日消連やダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議など6団体は、香りつき商品の成分で頭痛・めまいなどの健康被害を受ける人が急増している「香害」対策に取り組んでいる。その中で近年、「香りマイクロカプセル」が香害の被害を拡大し深刻にした原因として浮かび上がってきた。
 マイクロカプセルは、特定の成分を薄い膜で覆った超微小なカプセル。便利な機能を持つため、柔軟剤・合成洗剤はじめ化粧品・医薬品・食品原料・肥料・農薬・塗料・インクなどきわめて多くの用途に用いられている。
香料の場合は、3000種類以上ある香り成分から複数の成分を選んでブレンドした「調合香料」が封入される。膜物質(壁材)には「メラミン樹脂」や「ウレタン樹脂」といったプラスチック(合成樹脂)が使用される。
 これを柔軟剤や合成洗剤に使えば、衣類の洗濯のさい繊維に付着して簡単には取れなくなる。衣類を着用して体を動かすたびにカプセルが破れ、中身の香料が放出され香りが漂う。強い香りを長続きさせるには実に便利な技術だが、弊害も大きい。
まず、香りマイクロカプセルは直径が数十~数μm(マイクロメートル、μは100万分の1)と超微小だから、人が吸い込めば肺の奥深くまで入り込み、そこでカプセルが破れて調合香料の成分が体内に取り込まれる。このため、気体の合成香料を鼻から吸い込んだ場合より健康への影響が大きくなる可能性がある。
 次に、破裂した膜物質の材料が健康被害を与える可能性がある。とくにウレタン樹脂の材料の「イソシアネート」は、建材・接着剤・寝具など多くの製品に使われているが、気体状のものをごく微量を吸い込んだだけで喘息などを引きおこす、きわめて毒性の強い物質だ。細胞レベルで各種がんを誘発するという研究論文も発表されている。
 香りマイクロカプセルの第三の弊害は、空気などの流れに乗って人(衣類・皮膚・毛髪)から人へと移動し、長期にわたって存在し続けることだ。このため、さまざまな個所に付着し、放散されるので、香害が広範囲に拡散される原因になる。
 こうした事情を背景に、家庭用品へのマイクロカプセルの使用を禁止または規制すべきという主張が出てきた。

◆「プラごみ削減」がG20サミットの重要テーマ
 一方、今月末のG20サミットでは、プラスチックごみ(プラごみ=使用済みプラスチック)の削減が重要テーマの一つになる見通しだ。背景には二つの事情がある。
 一つは「マイクロプラスチック」による海洋汚染の深刻化だ。マイクロプラスチックは、レジ袋やペットボトルなどのプラごみが風雨にさらされるなどして破片や粒子になり、環境中に拡散したもの。直径が約5mm(ミリメートル、ミリは1000分の1)以下のものをいうので、マイクロカプセルも含まれる。
 これが海洋に流れでて海の生態系に大きな影響を与える。いまの調子で増え続ければ、2050年には海洋中のプラスチック量(重量)が魚の量を上回ってしまうとの試算もあるほどだ。マイクロプラスチックは有害物質を吸着する性質があり、それを取り込んだ魚介類を人が食べることによる健康影響も懸念されている(注)。
 プラごみの削減が急務となっているもう一つの理由は、プラごみが行き場を失っていることだ。先進国のプラごみのかなりの部分はこれまで、中国などの新興国へリサイクル(再利用)用として輸出されてきた。ところが、これらの国々で環境汚染を引き起こしたため、まず中国が2017年末に輸入を禁止した。そのあおりで輸入が急増した東南アジアの国々も輸入禁止や輸入制限に動き出している。
 日本は「一人当たりの使い捨てプラスチック量」がアメリカに次いで世界2位の国だ。2017年には147万トンのプラごみのうち52%までを中国に輸出していたが、翌年からはそれが不可能になった。香港やベトナムへの輸出を増やしたが、追いつかず、国内のごみ保管所はプラごみであふれかえっている。
 プラごみに関して政府には苦い経験がある。昨年のG7サミット(主要7カ国首脳会議)で、海洋プラごみ削減の具体策を各国に促す「海洋プラスチック憲章」への署名を求められたとき、安倍晋三首相はトランプ米大統領とともに署名を拒否し、国際的に厳しい批判を浴びた。
 この汚名を返上するためにも、安倍首相は大阪でのG20で、意欲的なプラごみ削減策を示し、議論をリードしたいところだ。
 そのために考えられたのが、プラごみの削減目標などを明示する「プラスチック資源循環戦略」の策定だ。首相の諮問機関の中央環境審議会の小委員会が昨年11月に中間整理をし、意見を公募したうえで、今年3月、審議会が「案」を答申していた。

◆政府の政策には反映されない「緊急提言」
 そこに目を付けたのが日消連ら6団体だ。この機会に香りマイクロカプセルの危険性を訴え、政府に対策を求めようと、緊急提言をまとめた。
 3大臣に提出された「緊急提言」は、柔軟剤などに使用される香りマイクロカプセルが健康被害をもたらすと同時に、飛散したプラスチック破片が土壌や海洋を汚染する原因になっているとし、政府に対し、世界に先駆けてマイクロカプセルの規制に踏み出すよう求めている。
 具体的には、「柔軟仕上げ剤などの家庭用品へのマイクロカプセルの使用を禁止する(医薬品などやむを得ない場合を除く)」「マイクロカプセルの削減計画を、策定中の『プラスチック資源循環戦略』に盛り込む」などを求めている。
 ただ、緊急提言はいまのところ、政府の姿勢には反映されていない。政府は5月31日に「プラスチック資源循環戦略」を「案」通り決定したが、そこには緊急提言の趣旨は盛り込まれなかった。なぜだろうか。
 まず手続き的な理由が考えられる。循環戦略は中間整理段階での意見募集が昨年12月28日に締め切られており、今年5月10日の提言では遅かったわけだ。
 加えて、「緊急提言」には次のような疑問が出されていたことも関係していると考えられる。
▽家庭用品へのマイクロカプセルの使用禁止を求めているが、どんな根拠で、どのような法制に基づいて禁止するのか、明らかにされていない。
▽香害防止がねらいの「マイクロカプセル削減計画」を、プラごみ削減が目的の「プラスチック資源循環戦略」に盛り込むことは適切なのか。
▽「カプセル壁材のプラスチック破片など有害物質が空気中に飛散し、それを吸い込み健康被害を訴える人が続出しています」とあるが、その根拠となる研究結果や論文は示されていない。
▽「飛散したプラスチック破片は、土壌や海洋プラスチック汚染の原因となっています」とあるが、その根拠となる研究結果や論文は示されていない。
 6団体の緊急提言が海外の政府関係者や報道関係者にどう受け止められるか。答えは間もなく出る。

注 マイクロプラスチックには、人工的に造られた「マイクロビーズ」も含まれる。このように粒子として製造されたものは「一次的マイクロプラスチック」と呼ばれ、プラごみなどは「二次的マイクロプラスチック」と呼ばれる。
 マイクロビーズは、直径が0.5mm以下のプラスチック粒子で、肌の古くなった角質や汚れを除去する作用があるため、洗顔料・歯みがき剤・化粧品などに用いられてきた。
 しかし、2012年ごろ海洋汚染の原因になることがわかり、製造・販売を禁止する国や自社製品には使用しないと宣言するメーカーが増えている。
 政府の「プラスチック資源循環戦略」には、海洋プラスチック対策の一つとして「2020年までに洗い流しのスクラブ製品に含まれるマイクロビーズの削減を徹底する」と記されている。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

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