第二次トランプ政権の一ヶ月
第47代アメリカ大統領に就任したD.トランプ氏は、就任演説で「これからの四年間、アメリカは黄金時代を迎える」と豪語したが、筆者は彼の当選直後から、トランプの四年間は「混乱と衰退の時代」になると確信していた。就任後まだ1ヶ月だが、アメリカ政治と社会は混乱を極めている。その混乱ぶりは、想像の遥か斜め上を行っている。
イーロン・マスク氏のDOGE
なによりもワシントンを混乱に陥れているのは、世界一の富豪とされるイーロン・マスク氏率いる政府効率化省(DOGE)の「活動」である。”Department”=「省」とは名乗っているがオフィスが置かれるわけでもなく、法的には大統領の補佐官でしかないマスク氏が、中央官庁の改廃や職員を解雇するという「騒ぎ」を起こしている。彼には官僚の任免権もないはずで、各地で差し止めの訴訟も起こされているが、その都度、トランプ氏は「マスクに協力するように」と発言して混乱に輪をかけている。
DOGEの実態は、おそらくマスク氏にスカウトされた元ハッカー(情報犯罪技術者)たち、20代前半の若者を中心としたチームのようである。彼らは中央省庁のコンピュータのデータにアクセスし、AIプログラムを使って分析を加えているという。「不正」あるいは「不適切」な支出を洗い出す作業をしているのだそうだ。しかしデータの中には個人情報も含まれ、各地で差し止め訴訟が起こされ、差し止めを命じる判決も出されている。マスク氏は、この動きに対して「無能で不正な裁判官は弾劾され追放されるべきだ」と、居直っている。
「不正」を発見したと誇らしげに報告したなかに、政府の管理するある名簿には150歳とか常識的にはあり得ない年齢の「国民」が数百万人いたという話がある。多額の年金が不正に支払われているのだと示唆したのである。しかし、これには情報管理の専門家から直ぐに指摘があり、生年月日の欄に不備があると自動的に150歳と表示される仕組みになっているのだという。移民や難民の多いアメリカでは出生日さえ曖昧な人たちが相当数いる。また名簿によっては、死亡通知が反映しないものもあるようである。
DOGEは次々に「不正や不適切な支出を発見した」としているが、多かれ少なかれ事情は同じようなもので、単純な勘違いであったり、マイナーなミスを大きな話にしたりしている。DOGEがアクセスしたデータの中には、日本でいえば健康保険の利用履歴も含まれていて、個々の病歴さえ晒される状態になっている。トランプ政権はメディケイドやメディケアなど、低所得者や高齢者のための健康保険の支出を大幅に削減すると主張しており、とくに高齢者の間で不安が広がっている。
FBI(連邦捜査局)とCIA(中央情報局)の機能低下
中央官庁の縮小はFBIやCIAも例外ではない。FBIは2021年1月6日の議会襲撃事件のトランプ氏の関与と責任を追及する仕事もしていたから目の敵にされている。しかしFBIは国内の犯罪対策、CIAは世界各地の情報収集の要の機関だから、両者の機能低下は国内治安の悪化、国際的地位の低下に直結する。
数年前のワシントンで、一人の男が銃を持ってピザ店に侵入し食材倉庫のドアを蹴破り、発砲するという騒ぎを起こして捕まった。男は連邦議員とくに民主党議員の小児性愛者グループが子供を誘拐して秘密の部屋に閉じ込め性的虐待をしているという陰謀論を信じ込み、店の地下にその部屋があると思ったらしい。彼らのような連中の間ではトランプ氏は、被害者の小児たちを救済するために神から遣わされた人物だと思われているのだという。トランプ氏は、児童買春の罪で収監されたジェフリー・エプスティーンと非常に近しい関係にあったのだが。
このようなテロリスト予備軍の類を日常的に監視し犯罪を未然に防ぐために働いているのがFBIである。FBIの犯罪防止の能力が低下すれば、半年、一年後には、今まで以上に全米でテロ事件が増加することになるだろう。
CIAにしても同じだ。イギリスの007と一緒になって悪の組織に立ち向かって派手に立ち回りをするCIAのスパイというのは、実際にもいるのかもしれないが、CIAの職員の大半は、複数言語を操り、諸外国の動向を追って最新のレポートをあげるのが仕事である。連邦政府はCIAを通じて各国の事情を把握しているのである。このCIAの機能が低下すれば、連邦政府は視力と聴力を低下させた病人のようなもので、自分を守る能力の低下を招く。アメリカを内側から弱体化させようとする国家や外国勢力による攻勢も防げなくなるだろう。
つい最近、連邦政府の職員に対しマスク氏から、この一週間の仕事内容を報告するよう要求するメールが一斉に発信されたという。返信がなければ自動的に辞職とするというのである。その報告内容をAIに診断させて解雇すべき職員を抽出するという訳であろう。しかし、海外で反米政府の転覆のための秘密工作に従事しているCIAの職員の報告とか、国内でテロ行為の容疑者を捜査しているFBI職員の業務内容の報告とかを想像すれば、ほとんどジョークでしかない。
仕事でメールを利用する人たちは、最初に「期限までに返信しないと最悪の事態が発生する」というようなメールは、詐欺メールであると教わる。当然、職員たちはキツネにつままれたような気分になっている。マスク氏とトランプ氏は、あちこちで火を放って、人々が右往左往するのを楽しみながら見ている放火犯のようなもので、トランプ政権に批判的な諸国の指導者にしてみれば、楽しい見世物になっている。
有権者の批判に晒される共和党議員
連邦下院議員の任期は2年、有権者の動向には敏感にならざるをえない。日本でいえば国会議員の「国政報告」のような集会を頻繁に開催する。トランプ政権発足から1ヶ月ほど、各地の共和党議員が報告会を開いている。そのうちの一つの様子が全米のニュースになっている。ジョージア州ロズウエル市は人口9万余り、アトランタの郊外にある。
ここの集会は、議員と参加者との間で、ほとんど怒鳴りあいとなってしまった。初めに質問に立った参加者は、マスク氏による個人データの収集の不安・不満や、貧困児童への給食支援削減の不安の声を上げたのだが、聴衆がもっとも激しく賛同し会場が騒然となった質問は、一人の女性のものだった。彼女は「ある朝、目が覚めるとホワイトハウスの住人が、『自分は王様だ』と言っていた。この誇大妄想狂(megalomania)に対して、あなたやあなたの同僚である議員たちは、どのような態度をとるのか」と言い放ったのである。
他州の報告会でも、議員が「トランプ政権は最初の一ヶ月で、いままでのどの政権よりも速やかに多くの仕事を進めてきている」と発言すると、会場は失笑と抗議の声で満たされ、議員は困惑の表情を浮かべて固まってしまった様子が報じられている。
これらの様子が報道されたためか、共和党議員の予定していた報告会が各地でキャンセルされているという。彼らはワシントンに戻って自分の選挙区での出来事について情報交換をするはずである。共和党は「トランプ党」になったといわれているが、意外と早くにトランプ離れが進むかもしれない。
アメリカの呪縛から自らを解き放そう
世界はトランプ氏に振り回されている、といわれているが、振り回しているつもりのトランプ氏の足元は意外と不安定なはずである。我々日本人は、トランプ氏自身が目を回して転ぶのを遠目に見ながら、アメリカの呪縛から自らを解き放ち、自身の国際社会での立ち位置を冷静に考えるべき時期が来ているのではないか。
初出:「リベラル21」2025.02.28より許可を得て転載
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