米国離れ顕著に 国際枠組みの変化も
▼ 欧州の分裂でロシアが漁夫の利
ロシアによるクリミア併合とウクライナ侵略への「対応」でEU(欧州連合)内部がバラバになったことが、プーチンのロシアに幸いした。アメリカの諜報機関、全米安全保障局(NSA)に操られたドイツ連邦情報局(BND)の局員が二重スパイで捕まった事件は、こういう国際舞台で起きた。同盟国のドイツをすら欺くアメリカの情報監視のあくどさが明るみに出たことで、サッカーで言えば、ボールはロシアの得点圏から外に出なくなった。この風向きを嗅ぎ分けたEUは、ウクライナ問題でのロシア制裁を当初の構想より大幅に緩和したものにすべきだとのメッセージを陰に陽に、クレムリンに送っていた。今回は、欧州の企業、組織、それに各国政府が総ぐるみで、EU当局に歩調を合わせている点がこれまでと違っている。
ドイツの代表的リベラルの高級紙「南ドイツ新聞」(ミュンヘン)が7月18日付けで、この流れを報じたが、ニュース・ソースはロシアのEU大使。その言わんとするところは、欧州による制裁の“警報解除”であり、この感触を母国に伝えることに真意があった。重要な点は、『EUのロシア制裁はアメリカが想定しているものよりはるかに緩い』ということである。ロシアの目からすれば、ウクライナ紛争でのEUの足並みの乱れは、対ウクライナ政策で織り込み済みあり、西側が強硬措置に出ることなど杞憂に過ぎない。ウクライナ紛争が長引けば長引くほど、“成算は我にあり”というのがそもそものプーチンの読みであった。
▼「価値観の共有」の消滅
エゴイズムがEU全体の最大の特徴だとさえ言われるが、典型的なのが、ユーロ危機の際、全く連帯の動きをみせなかった南欧の動きだ。今や南欧諸国は打って変わって、結束し、ウクライナ迂回の天然ガス・ラインを策定中のドイツに便乗しようとしていた。南欧を束ねる位置にあるイタリアを、プーチンが今最も頼りにしていたという。南欧諸国はバルカンで、エゴイズムの花を咲かせていたわけだが、EUの“盟主”ドイツにしてからが、その経済の維持にロシアの天然ガスは欠かせなかった。
『ユーロは破綻した。ヨーロッパは破綻した』とメルケル・ドイツ首相はつぶやいたといわれる。メルケルのぼやきを補足して言うならば、“プーチンにストップをかけられなければ、そして、ウクライナを救済出来なければ、EUは、少なくとも「価値観の共同体」としては、破綻した”ということになる。「南ドイツ新聞」は重要コラムでこう書いた。
メルケルのこのぼやきの元は、情報監視のための一連の不祥事(盗聴、二重スパイ)をあえてしたオバマへの幻滅である。オバマに背を向け、とぼとぼと退場するメルケルの漫画が象徴的だ。無残に引き裂かれたハートのマークが壁にかかっている。これまでのオバマとメルケルの親密な信頼関係をかたどっているのがこのハートのマークだ。
▼ 米の傲慢に高官追放で報いる
二重スパイ事件を機にドイツ政府が、ベルリン駐在のアメリカの諜報責任者の高官を追放処分にしたのは米国の傲慢に対する前例のない抗議行動だった。
ドイツ政府としていささかも信を置かないとの意思表示にほかならない。このこと自体が『事件』であり、ドイツとアメリカの長い付き合いの中で、一つのエポックを画したことになる。
翻ってみれば、メルケル首相は昨年6月のエドワード・スノーデンによるNSA極秘資料の暴露、同8月のメルケルのハンディ(携帯)盗聴に際して異例の冷静さで、推移を見守った。このメルケルの冷静さは、おそらく、“米国が自分の行動に行き過ぎがあったことを放っておいても、気づいてくれるだろう”と期待していたからだ思われた。しかし、二重スパイという形の新たな事態(情報監視)の発生で、メルケル自身がアメリカに『疑惑』を持つようになった。
12年前、ゲアハルト・シュレーダー独首相(社民党)がイラク派兵を拒否したのが、巨大な同盟国、アメリカに対するドイツの独自路線の最初のシグナルだった。今や、メルケル首相(保守のキリスト教民主同盟=CDU))が米高官の追放で第二の対米独自路線をとったことになる。
▼ 米国を不意打ちしたメルケルの反米行動
アメリカ国内では、このドイツの出方は多くの人に、いきなり平手打ち食ったようなおぞましいし感じを与えた。これは、ドイツ人のナイーヴさに対する今更ながらの怒りであった(「南ドイツ新聞」)。
アメリカ人は、2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロの犯人たちにハンブルクでの隠れ家(ハンブルク細胞)を提供したドイツを今でも折に触れてあげつらう。このドイツ不信が今度も、ベルリンの米高官追放とオーバーラップしてドイツ不信を増幅させた。しかし、アメリカはアメリカで、その巨大な力にもかかわらず、外部に不寛容で、たとえばドイツへの監視を執拗に継続してきた。
アメリカとドイツの今の朝野をあげての確執をバランスシート風に要約すれば、以上のようなことになるだろうか。
さて、ドイツ人はアメリカ人の見せる「取り付く島のない」冷厳さを受け入れるべきなのだろうか? ウォルフガング・ショイブレ(ドイツ財務相)は、『アメリカ人の馬鹿さ加減には精も根も尽きた』と吐き捨てるように“定義”したが、「南ドイツ新聞」はそんな泣き寝入り方式でなく、もっと力強い対応が必要だと論説で提唱している。
『スパイ事件;今こそ節目のとき』と題する論説(7月11日の紙面)の骨子は次のような激しいものである。
▼スノーデンの亡命を申し出よ!
『メルケルは、さらなる可能性をもつ。(ドイツの)力を見せるチャンスがまだまだあるのだ。彼女はスノーデンのことになると、なぜ、いつまでも、アメリカのことばかり気を遣うのだろう。今や、スノーデンにとって、大事な時機が到来した。(ドイツが)スノーデンの亡命(受け入れ)を最終的に申し出るべき時が来たのだ』 (つづく)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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