▼ “劇薬”におののくドイツ議会
全米安全保障局(NSA)による情報監視の実態調査で今年3月、設置されたドイツの議会調査委員会で、焦点の人、エドガー・スノーデンの証言が、いまだ実現していない。2013年6月、NSAの極秘文書をNSA元職員のスノーデンが暴露したことが、全ての発端だったはずである。ドイツ首相アンゲラ・メルケルの携帯電話盗聴、ドイツの諜報機関、連邦情報局(BND)の要員を抱き込んでの二重スパイと、世界を震撼させたアメリカの情報監視の実態解明に『主役』が加わらないことには、話にならない。せっかくの調査委員会も開店休業も同然だ。“劇薬”、スノーデンを(調査委に)呼ぶことを躊躇する国内外の思惑が錯綜していることがこの「渋滞」の要因である。ジャーナリズムの世界で、NSA事件追及のトップランナーの一つである時事週刊誌、デア・シュピーゲルが8月18日号で、『ベルリン(独議会)のサボタージュ』の見出しで、弾劾した。
NSA問題への対応は政財界、各企業、各機関によってさまざまである。1999年、NSA長官(当時)のマイケル・ハイデン氏(前出)が訪独したとき「NSAはドイツで、経済界の監視はしない」と約束したが、これが反古にされたことにドイツ財界には潜在的な対米不信感が漂う。また政界では野党、なかでも、最左翼の「左派党」を中心に、NSA批判が強い。一方、保革の大連立与党となると、「対米関係の維持」という現実主義がどうしても比重を高めてくるから、心情的にはともかく、政治的には歯切れが悪くなる。“スノーデンのドイツ亡命推進”を口走ったメルケル(保守のキリスト教民主同盟)の不規則発言にしても、ブラフ以上に受け止める者はいない。さらに、国民的な要望の強い議会調査委へのスノーデン喚問にしても、NSAによるドイツの情報監視の全容があますところなく、ドイツの議会で暴露されることで、強力な同盟国、アメリカとの関係がどうなるか、について懸念する声があるのは否定できない。こうしたことの結果として、“冷めたピザ”のような議会の印象が造成された。シュピーゲル誌は、ドイツの議会調査委の決断力のなさと、低迷ぶりを酷評した。
▼ インターネット産業が宿す暗い影
ここへきて、CDUの院内総務、パトリック・ゼンブルク氏のような政界の重鎮から、スノーデンが暴露したNSAの極秘資料、『プリズム』の「伏せ字」部分の解除を政府に求めて、連邦憲法裁判所に訴える動きが出て来た。これが調査委員会に新たな難問を突きつけている。理論的にはNSAの情報監視の「闇」に光を当て、国民に広く知ら知らせることが狙いだが、スノーデン資料によると、インターネットの巨大企業、マイクロソフト、グーグル、フェイスブック、アップルが情報監視のオペレーションに参画しており、黒い棒線で消去した「伏せ字部分」はこの事実を隠蔽するのが目的だったと考えられる。憲法裁への訴訟計画は、財界とNSAとの癒着を白日の下にさらすことを意図したものだ。スノーデンのドイツ議会調査委出席への道はさらなるしがらみに阻まれたことになる。問題の背景は広く、深く、かつ構造的で、調査委員会の個々のメンバーの手には負えないものとなった。
▼ 強力な「元NSA」の内部告発
NSA事件の複雑さと底深さを端的に示すのが、「反逆児」のスノーデンほどではないにせよ、アメリカの諜報機関という数奇な組織で働いた実績を持ちながら、なんらかの理由で辞職した後、「古巣」の内部告発に精を出している者の発言である。いわば“半当事者”のものの見方と発言である。体験の裏づけがあるから、一見矛盾を孕みながら、自ずと説得力がある。
エドワード・スノーデンの弁護士で、かつて米司法省の顧問も務めた、ジェセリーン・ラダク女史(43)と、NSAのれっきとした元諜報員で、2001年9月11日の同時多発テロの後、「NSAの誤り」を指摘して、辞職した、トーマス・ドレーク氏(57)の二人はその典型的な例。メルケル独首相の携帯電話盗聴の舞台、ベルリンのブランデンブルク門とそれに近接する駐ドイツ米国大使館を背景に、石畳の上で何気なく並んだ写真は普通の二人連れと変わらないが、シュピーゲル誌(6月30日号)に載った即席の会見内容は、迫力があり、ある種の凄みさえ感じさせる。
▼“『国家宗教』に取りつかれたアメリカ”
ドレーク氏は、自国の安全保障のための情報収集に闇雲に突っ走るアメリカの行動原理を、もはや『国家宗教』だと論断した。その理由として以下のように述べた。
『2001年9月11日の同時多発テロ以後のアメリカの出方を見ていて、同様な大惨事が再び起きないようにするためには、(アメリカは)法を破ることも辞さない考えだということが私には次第にわかってきた。彼らはこのために、憲法をも無視し、自国民をもスパイした。彼らは、世界がかつて知らなかった巨大な監視システムを構築した。これは私を戦慄させた。自国の安全がついに『国家宗教』になったのだ。彼らは、テロリストから人々を守るためだ、と言った。NSAの元長官、ケイト・アレグザンダーは米議会で「NSAは54件のテロ計画を阻んだ」と実績を誇示したが、後になって阻止できたのは1件だったと訂正した。これでわかるように、“テロリストから人々を守る”というのはメルヒェン(お伽噺)にすぎない。しかも、テロ計画を1件つぶしたという言い分にしても、本当かどうか、眉唾だ。これが監視システムの暗い側面だ』。
因みに、同じテーマについてのラダク女史の発言は、『私は、盗聴など監視がテロ防止にためだということを否定しないが、監視システムの99・9%は「人々の安全」とは実は、何の関わりもないのです。人間と情報の完全管理が監視の目的なのです』という皮肉に満ちたものだった。
▼ 予想されていたスノーデンの行動
ラダク女史は、「スノーデン事件を(NSAの重要機密の暴露)を知ったときの最初の感想はどんなものだったか?」とのシュピーゲル記者の質問に、『とうとう、やった! というのがその時の最初の感想でした。私は過去数年、NSAの不正に警笛を鳴らす者の一人として、「秘密諜報機関は、われわれの電話、Eメールの全てを監視し、何らの権限もなしに、ありとあらゆる個人情報をつかみ取っている」と口を酸っぱくして、言い続けてきた。それでも何も変化は起こらなかったが、何か変わったことが起きると、私は信じてきた(註、スノーデンの暴露事件のこと)。また、スノーデンの行動を知ったときの第二の私の感想は、「スキャンダルを暴いた者は、その人生を楽しむことが出来なくなるだろう」ということ(註 NSAの報復、迫害、追及を指す)でした』。まさに、アメリカの元諜報関係者の発言とは思えない不敵な発言だ。ドレーク、ラダク両氏に、古巣のNSAは目を剥いたに違いない。だが、この二人の諜報のプロが、取って返す刀で切りつけるように、ドイツにも厳しい批判の矢を放っているのは見逃せない。
▼ 一方でドイツを厳しく批判
『あの9・11の後、アメリカが最大の監視の目標にしてきたのは何処の国だと思いますか? そう、ドイツですよ。ある意味、懲罰の対象になり得るものです。“べらぼう”と聞えるかもしれないが、われわれはもはや、ドイツという国を信じられない!9・11のテロリストはドイツの地で、だれにも気づかれずに生活し、訓練を重ね、交信することができた。こうした経緯に鑑み、NSAはドイツに対する管理を強化したが、この結果、皮肉なことに、NSAはドイツ連邦情報局(BND)との関係を深めることになった。事実、この二つの諜報機関の関係は極めて緊密だ』(この項、ドレーク氏発言)。ドレーク氏によると、公式には明らかにしていないがドイツは、英国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、米国の、NSAと最も緊密に結びついているアングロサクソン系5カ国の諜報機関の“同盟”である『Five Eyes』への関心を高めている。ドイツ連邦情報局(BND)とFive Eyesとの関係は実際問題として非常に緊密で、ドイツの立場は「その一員」であるのと変わりないという。NSA批判の急先鋒、同氏は、アメリカの監視行動の被害者であるドイツの諜報機関とNSAとの緊密ぶりにいらだっている。だが、スノーデン擁護の姿勢は崩さない。『NSAの人の多くはスノーデンに同情的だ。しかし、彼らはこのことを他言しない方がよいだろう』と述べた。一方、ラダク女史もこう語った。『NSAの人たちは、われわれの会合などにもよく顔を出すんです。匿名でね。そして、私たちの耳にそっとささやくの。“NSAで働いているけど、あなた方の仕事、素晴らしいと思う”とね』。 (つづく)
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