ビジネスマンは一生に日本経済新聞を何回読むだろうか。
40年間、朝・夕刊を読むと29200回になる。朝・夕刊で一回とみても14600回である。新聞1日分の活字量は新書一冊分以上に相当するという。文化庁の読書量調査(注1)によれば日本人は1ヶ月に3冊の本を読む。40年間に読む冊数は1440冊となる。ビジネスマンは日経から読書の10倍の情報を得ていることになる。私の経験に照らしても、それほど乱暴な比較だとは思わない。企業社会では日経のビジネスツール化は空気のようにな日常である。そのせいもあるだろう、朝日の左傾化を憂うるA君、産経の右傾化に憤るB君といった私の同僚も、日経のイデオロギーについて論じたことはなかった。
《死角を抉る日経批判》
東谷暁(ひがしたに・さとし)の『増補 日本経済新聞は信用できるか』は、そのような日経認識に覚醒を促す著作である。
バブル崩壊から20年の日経報道について著者はプロローグで次のようにいう。
▼この間、日本において経済報道をリードしてきたのは、日本経済新聞であることは間違いない。しかし、いま同紙の二十年間を振り返れば、それは欺瞞と無節操の二十年だったといわざるをえないだろう。そこには、自らの過去を振り返ろうとする試みもなかったわけではないが、厳しくその過去に向き合う姿勢は希薄であった。八〇年代のバブルを煽っていた日本経済新聞は、いったん日本経済がバブル崩壊で落ちこむや、今度はそれまでの日本経済を激しい批判の対象とし、その後も到来したいくつものブームを煽ることで読者をつないできたのである。
東谷暁は1953年生まれ。早大政経出身の気鋭の経済ジャーナリストである。その手法はハードボイルドともいうべきリアリズムである。著書に『増補・民営化という虚妄』、『エコノミストは信用できるか』など多数。本書は、月刊誌『正論』連載論文(04年6月号~10月号)をPHP研究所から単行本として刊行したものに、加筆修正をおこない新たに文庫として刊行したものである。
本書の視点と内容は上記(▼以下)の一節に集約されている。
東谷の論点は三つほどある。
一つは、過去記事の報道の当否と将来予測の検証である。
二つは、記事の基盤になった米国型グローバリズム信仰への批判である。
三つは、「日経イデオロギー」への自己防衛策を提示することである。
《のちの宮澤批判者も当時は》
東谷の日経批判は多面的である。
バブル報道と総括の欺瞞、日本的経営の称賛と攻撃、クローバル・スタンダード盲信、アメリカ経済政策の代理人的な唱道、IT革命の誤認、中国経済の熱狂報道、などについて緻密な分析と批判が展開される。全体としては、「狂騒の20年への埋没」という批判である。一例としてバブル報道への鋭い指摘を紹介しておく。
日経に99年12月から00年7月まで連載された「犯意なき過ち」(09年9月に単行本刊行)は80年代後半のバブルの検証記事であった。そこで、宮澤喜一が最初の蔵相時代(86~88年)にアメリカの政策に翻弄されて円高を阻止できず、円高不況と財政出動を続けたことへの批判がある。また総理時代(91~93年)には、不良債権が巨大化しているのに財界や大蔵省の支持を得られず、公的資金投入をあきらめたことを批判している。しかし著者は日経も同罪だとして次の証拠を示すのである。
「円高阻止と金融緩和」について日経社説(88年7月2日)はこう書いた。
▼まだまだ続く長い調整過程で、円高基調は必要な条件でもある。(略)幸い、わが国の場合、物価は依然安定している。安い輸入品をもっと買うことによりインフレを予防する余地もある。金融政策の運営でも、各国以上に、ゆとりがある。当面、対外協調を最優先した金融政策のカジとりに徹していい。
公的資金導入に関する宮澤の判断遅れについて著者は次のように日経を批判する。
▼のちに公的資金導入を認め宮澤を批判する特集を掲載する日本経済新聞は、当時(93年5月)、「公的資金の導入」に、まったく積極的ではなかったのだ。同社説(5月31日)は断じている。
〈償却の重圧に金融機関が悲鳴をあげても、大蔵省は公的資金導入には依然慎重である。「銀行を国営化するような救済は、市場の信頼を失墜させ、コストが合わない」と見ているからだ。だとすれば、弱い環は何らかの形で整理するしかない。〉
日本で最大の経済マスコミ日本経済新聞の議論は、この当時、何人かの経済評論家たちが語気を荒げて論じていた「だめな銀行は潰せ」「銀行も他の会社と同じ私企業にすぎない」という暴論と、何ら変わりなかったのである。
《グローバル化のお先棒担ぎだった》
個別報道の事後検証は貴重である。私の属した金融業界でも「バブルの生成と崩壊」の検証を、個別企業としても、業界としても徹底的な検証をした例を知らない。日本人は過ぐる戦争の責任を自ら裁けなかった。その精神構造は共通している。
しかし本書の特色は、日経新聞の過去20年が、結果として米国公私の機関が発する「グローバルスタンダード」「クローバライゼーション」のお先棒を担いできたことへの強い嫌悪を示していることだ。「ポスト・リーマン」の今となって、我々はなぜあれほど情熱的に米国スタンダードへ帰依しようとしたのか、不思議に思うほどである。しかし私の小さな経験からしても、ウォール街からの津波を素朴な編成の「護送船団方式」によって防御するのは容易ではなかった。市場というピットに入れば市場原理に便乗するのが最も効率的だと感ずるからである。
しかし、それだからこそ日本の「経済ジャーナリズム」は、自ら考えた座標軸、洞察力、想像力をもつべきであった。しかし日経新聞はひたすら米国モデルを無批判に輸入したのであった。日経の経済情報モデルは失敗した。
大雑把にいえば著者の論理はこういうものである。
《本書が提起した問題》
私は東谷の問題意識に大きく触発された。
一つは、無色なメディアと信じられている日本経済新聞のもつイデオローグの役割を明示したことである。評論家の佐高信はかつて「日経は財界の機関誌」といった。このボンヤリした性格規定で日経を見てきた私は、本書の実証的な分析に感心したのである。東谷の分析は実証的であるととともに、日本ナショナリズムに彩られている。
たとえば米国発「年次改革要望書」への警告、「IT革命論」におけるアメリカ商務省リポートの検証力の弱さ(注2)、中国経済報道の過熱振りへの批判、である。冒頭書いた通りの情報量によって我々は毎日、資本主義が自明で所与の存在であるというイデオロギーで洗脳されているのである。日経は教育勅語(1890年)から敗戦(1945年)までの期間を凌ぐ長期の教育装置であり続けているのである。
二つは、「経済ジャーナリズム」とは何かという問題提起である。
三井物産の市況情報に起源し「中外商業新報」として発展した日経は所詮、相場情報紙であって、ジャーナリズムとは別物だという、些かの侮蔑意識が我々の心底に潜んでいた。日経自身もジャーナリズムというより情報産業という言葉を好んだ気がする。
しかし日本の経済ジャーナリズムにもすぐれた先達は存在した。石橋湛山、笠信太郎、高橋亀吉の名前を挙げても反論は少ないだろう。ゼロベースからの「経済ジャーナリズム」論議を期待したい。
《経済ジャーナリズムを論ずること》
三つは、日経読者はどう自己防衛するかというテーマである。
著者は日経以外の競争経済紙の発刊、日経自体の高級紙化などを考えつつも実現の可能性は小さいとする。結局、「(日経の)クセを読みきり、他の新聞や経済誌と照合し、可能なかぎり海外の新聞や雑誌の分析も参考にするという方法しかない。本書が、その地道な営為に少しでも役立つことを祈るしかない」と謙虚な言葉に終わっている。
しかし本書自体が何より有益な問題提起である。それを強調しておきたい。
本書は、『日本経済新聞』の言説を分析して、その「思想と行動」「迎合と転向」を抽出した力作である。
(注1)文化庁が09年3月に行った「日本人の国語に関する意識や理解の現状について」の一部をなす読書量調査によれば、日本人の1ヶ月の平均読書量は「読まない46.1%・1~2冊36.1%・3~4冊10.7%・5冊以上6.6%・わからない0.5%」である。ここでは甘く平均3冊とみて40年間に読む冊数は1440冊とした。
(注2)柳沢賢一郎・東谷暁共著『IT革命? そんなものはない』(洋泉社、2000年)は米国IT革命の虚妄性について、とくに「アメリカ商務省リポート」が整合性に欠けることを説得的に説明している。
■東谷暁著『増補 日本経済新聞は信用できるか』(ちくま文庫、筑摩書房、780円+税、10年4月刊)
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