異論なマルクス ブラック=ショールズ方程式と金融バブル

世界資本主義フォーラム主催で、4月30日に信州大学の吉村信之氏を講師に、《「ドル本位制下」の金融危機》と題して講演があった。

吉村氏の講演は、1971年のドル金兌換停止を境にして、それ以前の金本位制と以後のドル本位制とのパフォーマンスの差異および、それを踏まえての近年の金融危機について考察するという、大変オーソドックスな、特にマルクス経済学の枠組みからする内容で、筆者も同様な観点から思い巡らすところもあり、大変有意義な講演だったと思う。

一通りの吉村氏のお話のあと、会場との質疑応答が設けられ、いろいろ興味深いお話もあったのだが、その中で会場から、現代金融工学のコアにあるブラック=ショールズ方程式が出てきたのは、生産力と生産関係の照応関係が、そこでも妥当しているように見ることができないか?という質問が投げかけられ、演者、会場含めて若干のやり取りもあったのだが、ちょっとしっくりする答えには至らなかった感じで、筆者としてもやや後引きの思いが残った。

ということで、ブラック=ショールズ方程式の提唱された年代と、世界経済の大まかな状況を照らし合わせたのが、以下のお話。(Wikiの受売りがベース)

この方程式の提唱者の片割れである、フィッシャー・ブラックが、この方程式のもとになるような研究を始めたのが、60年代半ばで、60年代末に相方のマイロン・ショールズに出会って、共同研究をはじめ1973年にこの方程式を提唱するに至ったという。この過程で、京都大学の伊藤清による伊藤積分に出会ったのが、研究の跳躍点となったのだが、ご両人がある機会に伊藤に出会い、感激して伊藤に握手を求めたところ、伊藤は「自分はそんな研究をした覚えはない」と当惑されたというのは、有名な逸話となっている。

筆者の個人的な回想からすると、70年代半ばの学部レベルの金融論というとポートフォリオ選択が中心だったような印象で、金融工学というような分野はまだ確立していなかったのではないだろうか。ようやく70年代末になって、雀荘で出会った数学科出身者が金融関係に就職するというので、理由をたずねると、金融商品というのは高度な数学を用いるので、理科系がもてはやされているとの由。そういえば、ジャーナリズムでもようやくその手の話題がちらほら扱われて、数学科はもとより、国内では余り需要がないのか、宇宙工学出身者とかが採用されているというような記事があったような記憶もある。いずれにしても、まだブラック=ショールズ方程式そのものが世間一般に知られるようになるには、いまだ少し時間を要したのだろう。

というか、このコンビの片割れマイロン・ショールズ(ブラックは1995年に死去)が参画したLTCMが、アジア金融危機・ロシアデフォルトを契機に1998年に破綻し、それの運営が当方程式によって進められていたことで、一気にネガティブな意味で世界中に知れ渡ることになった。皮肉なもので、1997年ショールズと当方程式の理論的な裏づけをおこなったマートンがノーベル経済学賞を授与されて一年後の出来事だったのである。

Wikiの記載によれば、ロシアでデフォルトが起きる確率は100万年に3回と算出されていたというから、その一事をもっても、いかに非現実的な方程式か論より証拠ではないか、というような議論が盛んにされた。似たような事象が、サブプライムローンとそこからのデリバティブでもって再演されたのは、確かに人間は中々学習しないものと、いえるだろう。

それはさておき、本論の、ではブラック=ショールズ方程式は、生産力というか、もう少し広く、資本主義の時代的な要請から生まれたのかどうか、という問いに対する解答を考えてみよう。

これもWikiによれば、金融工学というのは、例の原爆開発プロジェクトであるマンハッタン計画に淵源するというから、すでに70年余の歴史があることになるが、大体こうした数学や応用数学分野の研究や発見というのは、しばしば世間の実需に見合って出てくるのではなく、純粋に知的な関心から最初は生まれる場合も数限りなくあるのではないだろうか。例えば、相対性理論の数学的な基礎となったリーマン幾何学は、もちろんそういう物理学的な要請から生まれてはいない。その相対性理論にしても、原子力への応用を期待されて出てきたのではないことはいうまでもなく、純粋にローレンツ変換の拡張を目指した探求の結果なのである。

ではあるが、ブラック=ショールズに戻ると、少々こじつけかも知れないが、60年代を通じてのドル散布による対外ドル残高のつみあがりという事態が背景にあって、それが余りにも膨大なため、単純に実体に対して投資しようにも、身動き取れないほどであり、純粋に金融取引で利潤を上げられないかという事情は大いに働いたのではないか。一つの傍証が、当方程式の適用分野がヨーロッパオプションのオプションプレミアムの計算には使用できるが、アメリカンタイプのプットオプションには使用できないとあり、とくに70年代に入ってのユーロダラーの流動化の要請に応えるものであったのではないか。ブラック=ショールズ方程式に限定せず、広く金融工学全般としてみても、同じ機制が指摘できるだろうし、それを決定的に後押ししたのが、1973年の変動相場制への移行と、それによる資本自由化の流れの加速ではないだろうか。というのも、いわゆる国際金融のトリレンマ、資本移動の自由と自立的金融政策と固定相場制は、同時にはなりたたないという、それからすれば、固定相場制の制約がはずされて、資本移動の自由化が取り分け80年代以降急速に進んだから、変動性にともなう為替リスクのヘッジから始まって、金融工学への期待度は飛躍的に高まったのではないだろうか。

なお、素人考えではあるが、100万年にウン回という計算結果は、実のところコンピューター取引が当たり前の現代には、ふさわしくなかったのではないのか。Xトランザクションにウン回とするのが実情にあっているようなきもする。そうして計算してみると、ずっと短い期間で危機が訪れることが、もしかすると判るのかもしれない。もちろんリスクの分散を正規分布で近似するのが問題で、分散のすその端のほうに、別の山があるのではないかという至極まっとうな批判もとうぜんありうるだろう。

以上

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔study736:160501〕