疫学的に全く無意味な福島県甲状腺がん検診、その暗部

福島県で行われている、福島第一原発事故時0歳から18歳の幼若年齢層にたいする超音波装置を動員した全員検査から、先行調査段階から時間を経るにつけ甲状腺がんと診断される者の数が増加し、これまでのこの国のガン統計でいわれる100万に1人とか2人とかの臨床発病数からみると、単純計算で300-400倍、岡山大津田教授の手法で見ても、30-50倍とかの「多発」であるとされて、これだけみれば大変な放射線被爆による健康被害が生じているとしなければならない。

が、この比較をすることは疫学的には全く誤っていると断言できる。というのはガン統計の数字というのは、あくまで「臨床発病数」であって、平たく言えば、声がかすれる、物を飲み込みにくくなる、手で触っただけで大きな腫瘍が認められるなどの、自覚症状があってから医者にかかって甲状腺がんと診断された件数であって、今、福島県で進行中の超音波診断で洗いざらい観察しての結果とは全く比較しようがないのである。比較できるのは、今述べたような自覚症状があって医者に見てもらった数がどれだけあるのか、それだけである。そもそも津田教授の「手法」も、潜伏期間が長く臨床的に発病するまでに長期間が経過するような疾病が、潜伏期間中に平均的に何件当該疾病に罹患しているかを逆算的に推定するための方法であって、いまだ臨床的に発病例が報告されていないうちに、しかも原発事故から罹患が始まったらという仮定の上に、検診で見つかったガン患者数を年数(4年とか5年とか)で割り算して、「多発」と判断する大きな過ちを犯している。教授の論文が国際環境疫学会で受理され学会誌「Epidemiology」に掲載されたからといって、それが科学的とされたのでもなんでもない。かのSTAP論文が自然科学界最高権威のNatureに掲載されたことを想起すれば、その程度のトンデモは日常茶飯事なのである。とりあえず掲載して、多方面からのコメントをいただくというのが、どうやらグローバルスタンダードのようだからだ。

が、津田教授のトンデモはまだ罪が軽い。というのも津田教授と共同執筆者以外のまともな疫学者は誰も津田教授の論文を相手にはしていないからだ。(しているのは某自称物理学者ら)。

ここで指摘しておきたいのは、こうした集団検診をして発見された疾患が何に起因するのか、それについて推定するためのデータがどこにも存在していないと言うことなのである。もちろんチェルノブイリのデータはその後の疫学的考究含めて豊富にあるが、それはあくまで放射線被曝量の大小から見ることしかできない。手短に言おう。少なくとも放射線被曝に福島県で検出された甲状腺がん数が起因しているかどうかの疫学的判定のためには、自然被曝を除いた放射線被曝を無視できるくらいの遠隔地でもって、統計的に有意になるサイズで同一の検診を行うことしかないのである。このこともまともな疫学者は誰一人残らず心得てはいるが、福島と同一サイズである必要はないにせよ、数万という健常者を検診して、甲状腺がんが同じように発見された場合の対処に決め手を欠くからなのである。これまでの甲状腺がんの遠隔地での試験的な検診実績からすると、今、福島県で発見されている分布パターンにほぼ相似しているのが知られていること、韓国での女性乳がん検診とあわせて行った甲状腺がん検診でも、多数の症例が発見されていることなどを鑑みて、対象群を設定しての検診に踏み切れないのである。一生潜伏しているケースが大半なのではないかと見られる甲状腺がんだが、見つかってしまえば不安になるだろうし、手術に踏み切るべきか大いに迷うであろう。それでも比較対象のためにこうした検診を実施すべきかどうか。

福島県では対象年齢層への検診は一生涯やるつもりのようだが、このまま継続すればおそらく全体の三分の一程度までに甲状腺がんが発見され、多数の被手術者が出ることになるが、本当に放射線被曝のせいなのかどうか全く解明されないまま、そのような帰結を黙って待ち受けていてよいものなのだろうか。

確かにいたずらな不安を呼び起こすことになるかもしれないが、それは一時的なものとして、比較対象の検診を行わない限り、言葉は悪いがただひたすら機械的に病変をあぶり出し「切ってきってきりまくれ」の結果しか残らないのではないか。比較対象の検診の結果被曝の影響は考えにくいとなれば、福島県での検診を、毎年でなく数年おきに実施するくらいでしかも経過観察とされる比率が大多数となるだろう。もし被曝の影響が検出されるなら、現状の検診を続ければよいし、このときには東電への損害賠償請求の科学的な根拠付けが得られたと言うことになる。一時の不安惹起を恐れて問題を先送りにし、結果として無意味な手術を多数実施し、QOLの劣化を強いることになりかねない、それこそが真の「暗部」なのではないだろうか。

以上

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion6017:160407〕