神保町古本屋街に未来はあるか

筆者の趣味は古本屋を覗くことだ。出張の際もその土地の古本屋さんに寄ることが多い。調べ物をしたくても余りに旧い本は近所の図書館にも置いていない。国会図書館やら都立中央図書館に行くこともあるが、書き物をしているとどうしても手元にないと困ることが多い。そこで神田神保町に行くことになる。

しかし最近の神保町はぶらぶらしても面白くなくなった。これはしばしば通っていた古本屋が次々と閉店したことが大きい。名前を挙げれば、厳松堂、明文堂、金子書店、篠村書店らである。南海堂は有能な後継者に恵まれ頑張っているが、これで社会科学系はほぼ全滅してしまった。閉店理由は、後継者がいなかった、後継者自ら神保町から撤退した、というものだ。自然科学系には神保町で一番儲けていると噂される大店がある。ここは品揃えが良い店だが、どうも店員やアルバイトの若いのが不勉強にして横柄、競合他社がいないから高値を付け奢った殿様商売をしいるような気がしてならない。なぜかと思ったら現店主は銀行マンからの転身組だそうだ。それで合点がいった。金貸しは人に頭を下げさせる商売で、ふつう人に頭を下げないものだ。古本屋の二代目や三代目は頭の良い子が多く、商売を継がないことも衰退の一因とする見方が内部にある。厳松堂のご子息は大学教授だし、金子書店の店主さんも元々は商社マンだった筈だ。

老舗に目立つもう一つの傾向として、残念ながら二代目三代目店主に客商売に向いていない者が見受けられることだ。昔と違い今では修行に出て他人の飯を食うのも多くなさそうで、店主がそうだと店員の質も当然劣化する。新しく参入してくる古本屋も引きも切らない。なかには惜しみない営業努力をしている店もあるが、概して奇をてらい品揃えに偏りが目立つものばかりだ。所謂「客を選ぶ店」がのしている。そうしてでもなかなか食って行けない、という事情もある。お蔭で今では廻るのに1時間でも持て余してしまう。

古本の香りとか対面商売が大切とか、美辞麗句を並べる輩もいるが、このところAmazonのマーケットブレイズやネットで古本を購入する方がよっぽど気持ちの良い取引ができると感じる。それは俗に言うところのカスタマーサービスにAmazonは厳しく、ユーザー評価が悪いと退場の憂き目に会うからという事情にもよるのだろう。しかしネットに手を出さないと立ち行かない古本屋が多いのも事実で、特に地方都市の古本屋の減少には歯止めがかからない。古書店組合も所詮旦那衆の寄り合いだから対策を講じることはない。

だがその前に大事なことがある。それは本そのものの価値が著しく低下していることだ。神田古本祭りなどというイベントで神保町を必要以上に盛り上げ、当然覗きに行って甘酒などを振る舞っていただいて感謝しているが、覗きに来ている人達は、概して中年以上のおっさん達である。若い人達はスマホやらなんとかブックで十分で、「紙媒体」にまで手を出さない。筆者を含め、おっさん達は自然の摂理に逆らわなければ若者より長生きしない。そしてあの世に行けば未亡人さまに後顧の憂いなく蔵書をさっさと処分されるであろう運命の方々が少なくなかろうとお見受けする。所詮自分自身に興味のない本なんて単なる重いごみの塊に過ぎない。現在は図書館でも古本は引き取ってもらえないところが多いし、古本屋もわざわざ宅買い来てはくれない、来てくれるとしても順番待ちでけっこうな時間がかかる。それだけ本を処分したい人が多いということだ。ブックオフにわざわざ持ち込んでも二束三文にしかならないから重い分だけで費用対効果がない。捨てるのが最も効率的ということになる。本はすっかりお荷物化しており、この傾向は強くなりこそすれ弱くなることはないだろう。そもそも出版業界自体が長く不況で、そこから脱却できる見込みは限りなく薄い。

筆者もそう遠くない先に重い本を持てなくなるだろうから電子書籍への切り替えを真面目に検討している。以前、仲が良かった既に引退された神保町の長老格の店主さんから「売るなら専門店に持って行かなきゃダメだよ」とアドバイスされたことがあるが、おそらく他の誰かに読んでもらえるような類の本はないので、この世から消えるに際しては家人に迷惑をかけぬように蔵書は全て焼却処分するつもりでいる。

というわけで、運悪く諍い好きなアホな政治家が跋扈する時代が続き、国民劣化度も加速し、ドッカーンにでもなってニッポンが無くなっていれば話しは別だが、10年後の神保町はきっと古本屋とスポーツ用品の街ではなくなり、カレーやらラーメンとかの食べ物屋、靖国通りはオフィスビルの街へと変貌を遂げていることだろう。三省堂や東京堂も後生大事に神保町にしがみ付いている理由があるとも思えない。

まあ代々の老舗古本屋は借地でなければ土地だけでかなりの財産だし、バブル期には大学の新設ラッシュで図書館整備のために神保町の古本屋も客の足元を見て随分と価格を釣り上げ大儲けした経緯があるから、その蓄えがあれば店じまいしても生活には困るまい。全く「幸福なる種族」で羨ましい限りだ。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.ne/
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