私たちは、人権後進国に住んでいる。行政は国連機関が説く国際スタンダードに耳を傾けていただきたい。

(2022年8月4日)
 本日、第一衆議院議員会館の会議室で、「日の丸・君が代」強制問題についての、対文科省交渉が行われた。テーマは、セアート第14会期最終報告における勧告の取り扱い。予め提出していた質問事項に対する回答を求め、これを糺すという交渉内容。

 このブログに以前にも書いたが、国連はいくつもの専門機関を擁して、多様な人権課題に精力的に取り組んでいる。労働分野では、ILO(国際労働機関)が世界標準の労働者の権利を確認し、その実現に大きな実績を上げてきた。また、おなじみのユネスコ(国際教育科学文化機関)が、教育分野で旺盛な活動を展開している。

 その両機関の活動領域の重なるところ、労働問題でもあり教育問題でもある分野、あるいは教育労働者(教職員)に固有の問題については、ILOとユネスコの合同委員会が作られて、その権利擁護を担当している。この合同委員会が「セアート(CEART)」である。日本語に置き換えると「ILO・ユネスコ教職員勧告適用合同専門家委員会」という。名前が長ったらしく面倒なので、以下は「セアート」と呼ぶ。

 2019年3月セアートは、その第13回会期で日本の教職員に対する「日の丸・君が代強制」問題を取りあげた。その最終報告書の結論として次の内容がある。

110.合同委員会(セアート)は、ILO理事会とユネスコ執行委員会が日本政府に対して次のことを促すよう勧告する。
(a) 愛国的な式典に関する規則に関して教員団体と対話する機会を設けること。このような対話は、そのような式典に関する教員の義務について合意することを目的とし、また国旗掲揚および国歌斉唱に参加したくない教員にも対応できるようなものとする。
(b) 消極的で混乱をもたらさない不服従の行為に対する懲罰を避ける目的で、懲戒手続について教員団体と対話する機会を設けること。

 この勧告は、形式的には文科省に対して、実質的には都教委に対して発出されたものだが、文科省も都教委もほぼこれを無視した。この国は、国連から人権後進国であることを指摘され是正の勧告を受けながら、これに誠実な対応をしようとしない。居直りと言おうか、開き直りというべきか。不誠実極まりない。

 教職員側は、この日本政府の怠慢をセアートに報告。2021年10月第13期セアートは、あらためての再勧告案を採択。2022年6月ILOとユネスコはこれを正式に承認した。そのセアート再勧告の結論となる重要部分を抜粋する。

173. 合同委員会は、ILO理事会とユネスコ執行委員会に対し、日本政府が以下のことを行うよう促すことを勧告する。
(a) 本申立に関して、意見の相違と1966年勧告の理解の相違を乗り越える目的で、必要に応じ政府および地方レベルで、教員団体との労使対話に資する環境を作る。
(b) 教員団体と協力し、本申立に関連する合同委員会の見解や勧告の日本語版を作成する。
(c) 本申立に関して1966年勧告の原則がどうしたら最大限に適用され促進されるか、この日本語版と併せ、適切な指導を地方当局と共有する。
(d) 懲戒のしくみや方針、および愛国的式典に関する規則に関する勧告を含め、本申立に関して合同委員会が行ったこれまでの勧告に十分に配慮する。
(e) 上に挙げたこれまでの勧告に関する努力を合同委員会に逐次知らせる。

 13期と14期の2期にわたる勧告。日本国には誠実に対応する責務がある。さあ、文科省どうする? この件に関して、末松信介文部科学大臣に宛てた教職員組合と市民運動体の質問書の内容は以下のとおりである。

問1 日本語訳に関して
(1) 我々は第14会期最終報告パラグラフ169、パラグラフ173(b)を尊重し、文部科学省とともに第13会期、第14会期最終報告の日本語訳を作成したいと考えている。日本語訳を我々と共同で行うことに関して、貴省の考えを伺う。

(2) 2022年6月29日の「東京新聞」朝刊(こちら特報部)によれば、取材を受けた文部科学省初等中等教育企画課の小林寛和氏は「日本語訳を作るかどうかも含め、対応を検討している」と回答している。検討した結果を明らかにされたい。

(3) 最終報告の日本語訳をどのような手順で進めていくか、貴省の考えを伺う。
我々は当方が訳した日本語版を提示する用意があるので、それを土台にして、貴省から訳に同意できない部分を示していただき、両者で意見交換しながら共通の日本語訳を完成させるという形で進めたいと考えているが、貴省の考えを伺う。

問2 地方教育委員会への送付に関して
(1) 第14会期最終報告は東京都・大阪府・大阪市に送付済みか。他の地方公共団体へは送付済か。いずれかの地方公共団体に送付していた場合、それは英語版、日本語版のどちらか。又は両方か。
また、最終報告とともに送付した文書などがあれば、明らかにされたい。

(2) 文部科学省は第14会期最終報告パラグラフ172及び173(c)を尊重して、最終報告を適切に理解できるような注釈を作成して地方公共団体と共有するか。

(3) セアートは東京都や大阪府・市に限らず、地方公共団体と共有するように勧告している。
貴省は今後、地方公共団体の担当部署との間で、なんらかの形で最終報告を共有することを考えているのか。その計画を明らかにされたい。

(4) 「世界人権宣言」「市民的及び政治的権利に関する国際規約」を踏まえたセアートの判断を尊重して、「教員の地位に関する勧告」パラグラフ80に反する起立斉唱の強制を是正するように、地方公共団体に対して指導・助言を行うか。

 文部科学省からの担当官の回答を逐一叙述する必要はない。全て「検討中」だという。質問は、『問1 日本語訳に関して』と、『問2 地方教育委員会への送付』だけに限った簡明なものである。これに対しての回答が全て「検討中」だというのだ。「いったい、いつまで検討しようというのか」「いつになったら回答が得られるのか」という更問には、「答えられない」を繰り返す。「日本語訳作成という単純な作業を行うのに、いったい何をどう検討しているのか」という問には、「日本語訳の作成が各省庁や自治体にどのような影響を及ぼすことになるのか、十分に検討が必要だと考えている」という。場合によっては、ネグレクトもあり得るという開き直り。

 なるほど、確かに私たちは人権後進国に住んでいるのだ。一人ひとりの思想・良心の自由よりは、愛国が大切だという、国家優先主義でもあるこの国。文科省よ、せめて、開き直らずに、誠実に国連機関が言う「国際基準」に耳を傾けていただきたい。

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.8.4より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=19665
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12247:220805〕