このところ内外の国家権力が情報管理を強めようとしている。このことは基本的人権を脅かし、民主主義に反するものである。日米欧はじめ民主国家を名乗る国々の市民は、今こそ危機に立つ民主主義を救うために、連帯して立ち上がらなければならない。
安倍内閣は、日本を戦争のできる国にする企ての一環として「特定秘密保護法案」を国会に提出して、今国会中の法成立を目指している。この法案は、市民の「言論の自由」や「知る権利」を制限する一方、国家権力を体現する官僚の力を増大させる危険な内容を盛り込んでいる。われわれは「軍機保護法」や「治安維持法」で縛られた戦前の日本を再現しかねないこの法案を認めることはできない。
一方、米国ではNSA(国家安全保障局)という諜報機関が、世界中の膨大な電子情報の傍受や電話の盗聴を繰り返していたことが暴露されている。米国では2001年の「9・11同時テロ」でパニックに陥り、テロ対策のため国家機関が個人や企業のプライバシーを公然と侵害することを許す「愛国者法」が成立した。NSAやCIA(中央情報局)FBI(連邦捜査局)などが通信の傍受、盗聴を大幅に拡張してきた。民主主義の先進国を自認する米国で、このように市民の自由が脅かされ続けていいものか。
NSAが国際的な通信の傍受・盗聴を行っていたことを最初に報じたのは、英国の左派系ガーディアン紙だ。同紙は今年6月から、傍受・盗聴を手掛けていた元CIA職員のエドワード・スノーデン氏の情報リークを受けて大スクープを連発した。英国では、今から800年前に議会が国王の権力を制限したマグナカルタ(大憲章)が生まれたことにより、民主主義の最先進国を自認する英国だからこそ、この暴露報道が実現したという声が上がっている。スノーデン氏が母国アメリカのメディアではなく、英国のガーディアン紙にリークしたことは正解だったというのだ。
ところがスノーデン氏の追加リークにより、英国の諜報機関GCHQ(英政府通信本部)がNSAの傍受・盗聴と全面的に協力していたことが報道されるに及んで、英政府の態度が変わった。ガーディアン紙上にNSA関連の暴露記事を執筆した米国人コラムニスト、グレン・グリーンワルド氏のパートナーでブラジル人ジャーナリストのデービッド・ミランダ氏が8月18日、ロンドン・ヒースロー空港で英国官憲に9時間にわたって拘束され、携帯電話、ラップトップパソコン、予備のハードディスクなどを没収されたのである。
英国のテロ対策法では、捜査当局は逮捕令状を取らずに人を最長9時間拘束できる。ロンドン警視庁は、ミランダ氏拘束にテロ対策法を適用したことを「合法」と判断した。英コラムニストN・コーエン氏は「グリーンワルド氏を威嚇し、ラップトップに何が入っているかを探すのが目的だった」と、8月20日付NYタイムズに書いた。同月19日、ガーディアン紙のA・ラスブリッジ編集長は、スノーデン氏から得た情報を引き渡すよう、英政府から数度にわたり圧力を掛けられていたことをブログで報告した。
共産党の独裁国家である中国や、旧ソ連の巨大な諜報機関KGBの士官だったプーチン大統領のロシアが、厳しい情報統制を続けていることを欧米諸国は批判し続けている。共産主義のドグマに囚われて市民に自由な報道を許さない当局に対して、中国やロシアの市民たちはネットを利用して様々な抵抗を試み、言論の自由を獲得しようとしている。中国やロシアの言論統制を批判してきた米国や英国は、諜報機関の活動で自国市民の自由が脅かされている現状をどう説明するのか。
ひるがえってわが国の安倍政権。さる9月末国連総会出席のため訪米した安倍首相は、ニューヨークで講演「私に与えられた歴史的使命は日本人に積極的平和主義の旗の担い手になるよう促すことだ」と意気軒昂に語った。その真意は「(集団的自衛権の行使容認により)世界の平和と安定に、より積極的に貢献する国になる。積極的平和主義の国にしようと決意している」のだという。しかしその実態は、米国主導の多国籍軍へ自衛隊の前線参加を果たそうということだろう。
そのために日本は、日米軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を国内法化しなければならない。第一期安倍内閣の下で2007年に開かれた日米の防衛・外務閣僚による安保協力会議(いわゆる2プラス2)で、日本は初めてGSOMIAの国内法化を認めた。第2期安倍政権が是が非でも、特定秘密法案を通過させなければならないという決意の背景には、米国の軍事情報を日本経由で漏洩されては困るという米側からの強い要求があったからだ。
2007年のGSOMIA合意以来6年間にわたって、日本の外務・防衛・警察官僚たちはこっそり秘密防衛法案を準備してきた。その一環として2011年11月、当時の野田民主党内閣が秘密保全法制を検討していることが明るみに出たことがある。しかし野田内閣の下では法案化までは進展しなかった。第2期安倍内閣によって国会に提出された今回の「特定秘密保護法案」は、米国の要求するGSOMIAよりずっと幅の広い秘密保全が隠されている。
法案は「防衛」「外交」「安全脅威(スパイ)活動防止」「テロ活動防止」の名目で、国の安全保障に有害で秘匿の必要性が高い情報を「行政機関の長」が「特定秘密」に指定するとしている。だが問題は、何が特定秘密に当たるかをチェックする仕組みがないことだ。だから政府・行政機関、つまり官僚は、自分たちに不都合な情報を勝手に「特定秘密」に指定したり、国民にとって必要な情報まで秘匿する手段に使いかねない。国民の「知る権利」「言論・報道の自由」を侵害しかねない危険性を多分にはらんでいる。
だからこそ朝日、毎日などの大手マスメディアを始め地方紙の大部分が法案反対の論陣を張り、日本新聞協会が法案に「強い危惧を表明する」意見書を発表している。新聞労連、民放労連、日本ジャーナリスト会議(JCJ)や、日本に駐在する外国特派員たちで組織する「日本外国人特派員協会(FCCJ)」まで報道界の組織が軒並み反対声明を発表、さらに日本弁護士連合会、日本ペンクラブなどの民主団体もこぞって反対を表明している。共同通信が10月末に行った全国世論調査では秘密保護法案に「反対」が50・6%、「賛成」が35・9%、「今国会成立にこだわらず慎重に審議すべきだ」が82・7%、「今国会で成立させるべきだ」は12・9%にとどまった。
それでも安倍政権は、今国会中の立法化を諦めていない。法案審議の過程で機密保護の対象となる「特定秘密」が約40万件にも上ることが政府側から示された。現時点で機密扱いされているのは、防衛省と内閣調査室で抱えている約80分野の40万件。法制化後は外務省、警察庁、公安調査庁の情報も加わり、指定解除される機密を差し引いて約40万件になるというのだ。これほどの数の情報が国民に秘密にされ続けるのだ。どんな情報が秘密なのか、何故秘密になるのか、一切国民には知らされない。それを知ろうとすれば罰せられるし、漏らした官僚も厳罰(最高10年の懲役刑)を食らう。
米国では昨年1年間に約1億件の文書が秘密とされたという。あまりにも膨大なため、秘密にアクセスできる機関員の人数も多くなる。最高機密を扱う人でさえ140万人以上だという。だから漏洩もあれば、スノーデン氏やマニング上等兵のような内部告発者も出てくる訳だ。マニング上等兵は内部告発サイト「ウィキリークス」に大量の機密情報を漏らしたとして、軍法会議で禁固35年の判決を受けた。しかしわれわれ世界の市民はマニング上等兵のおかげで、イラクやアフガニスタンでの「醜い戦争」の実態を知ることができた。今またスノーデン氏のおかげで、アメリカの諜報機関がメルケル・ドイツ首相の携帯電話まで盗聴するなど、世界中の膨大な通信を傍受・盗聴している事実を知った。
今年の6月、南アフリカ共和国の首都ツワネで「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則(ツワネ原則)」が公表された。この原則は70カ国以上の500人を超える専門家が14回の会議を経て作成したもので「国家安全保障への脅威から人々を守るための合法的な努力を危険にさらすことなしに、どのようにして政府の情報へのアクセスを保証するか」という問題を扱っている。その主要点は①秘密指定の最長期間を法律で定め、解除の手続きも明確化②全ての情報にアクセスできる独立した監視機関を設置③ジャーナリストなど公務員以外の人々が秘密情報にアクセスすることを罪に問わない④内部告発者は、明らかにされた情報による公益が、秘密保持による公益を上回る場合報復されない-などだ。
このツワネ原則に照らしてみると、安倍内閣の「特定秘密保護法案」や内部告発者訴追に走るオバマ政権の情報政策がいかに歪んだもので、国家権力の横暴を象徴しているかがよく見えてくる。われわれは民主主義の原則が危機にあることを自覚し、権力の横暴を抑止すべきことに確信を持とう。
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