秦誠一名古屋大学工学研究科教授が井上明久氏の名誉棄損裁判で虚偽の陳述をしたと裁判の被告(大村泉東北大学名誉教授ら)から指摘されている。大村氏らの主張によると、秦氏が陳述書でアーク溶解吸引鋳造法(以下、吸引法)による金属ガラスを作製した論文を添付論文にあげ、その経験に基づいて井上氏が主張する金属ガラスの作製の可能性があり捏造とはいえないと証言した事が判決の重要な証拠になったという。これが偽証なら判決に重大な悪影響を与えた事になるので、大村氏らは[1]で秦氏に公開質問し厳しく追及している。
秦氏はそれに対する回答で陳述書の添付論文は確かに吸引法による作製ではないが、同法による作製は行っており偽証はなく、その証拠として秦氏が東工大転出後に吸引法で作製した試料の写真を提示した。しかし、吸引法に基づく論文はなく、技術資料をオリンパスに置いてきた等の理由で、回答時点でこれ以上の証拠を出せないという。秦氏としてはこれが当時吸引法で金属ガラスの作製をしていた客観的証拠であり、陳述は完全に真実だと強く主張した。
私は秦氏の回答書等を見て、情報が不十分で秦氏の陳述の正当性を客観的に追跡できないため秦氏の裁判での陳述や大村氏らへの回答は信憑性が乏しいと感じた。秦氏の陳述や回答はSTAP細胞事件で世間を騒がせた小保方晴子氏の説明と似ている。小保方氏は「STAP細胞はあります!200回以上作製できました!テラトーマの画像は真正な画像があるので取り違えです!」と世間に強く主張した。しかし、その裏付けとなるデータや実験ノートは存在しないか断片的で調査委員会が小保方氏の提出した真正な画像を客観的に追跡できなかった事を主な理由に故意の捏造と断定された。無論、証拠が不十分だったため真っ当な学者は皆STAP細胞が存在するという小保方氏の主張を虚偽と判断した。
科学者は自分の陳述や発表の正当性を証明しなければならず、疑義を指摘されたら、日付、条件、目的、結果などを記載し、第三者が客観的に追跡できる実験ノート等を提示して反証しなければならない。それが存在しない又は不十分な状態で陳述又は発表を行うのは科学ではないし、捏造、故意に嘘をついたと言われても仕方ないのが学術界である。小保方氏が捏造、故意に嘘をついたと断じられたのはそれが主な理由だ。
秦氏が客観的証拠とする[2]をみると、秦氏が吸引法に基づいて作製したと主張する試料の
写真があるが、[2]の情報だけでは写真の試料がいつ、どのような条件で、本当に金属ガラスか、どのような方法で作れたのか等の情報を客観的に追跡するのは無理だ。秦氏の回答[3]によると回答時にこれ以上の証拠を提示できないという。
秦氏が裁判で陳述したのは平成23年2月23日だ。大村氏らが偽証の指摘をしてまだ5年も経っていない。
裁判での陳述は論文の発表と異なるかもしれないが、学術的な見解を公表するという点では共通するし、見解の正当性を立証できない又は立証できる十分な証拠を持たずに陳述するのは、少なくとも学者としては間違った態度だ。
十分な証拠を出せないのに主張するのは科学ではないし、学術界では誰も信用しない。
秦氏は大村氏らから偽証の指摘を受けた時に、上で述べた事以上の証拠を提示できないのだから裁判時も同様の状態で陳述した事になるが、その意味は秦氏の陳述の正当性を判断する上で重要ではないだろうか。
脚注
[1]井上総長の研究不正疑惑の解消を要望する会(フォーラム)
https://sites.google.com/site/httpwwwforumtohoku/
[2]秦誠一氏の回答、添付資料 2015年12月24日
[3]秦誠一氏の回答 2015年12月24日