米中の覇権争い本格化-双方とも戦争は避ける -TPPかRCEPの勝負-

昨年11月、米国でオバマ大統領が再選され、中国の最高首脳として習近平・共産党総書記が選出された。新体制下の米中、すなわち世界第1位と第2位の経済大国はいよいよ覇権争いを本格化することになる。その主戦場は太平洋である。地理的に米中の中間に位置する太平洋国家、日本の立ち位置はどうあるべきか。覇権争いと言っても、共に核兵器大国である米中が武力に訴えることはできない。だから米中間の「新・冷戦」が続くと言えるだろう。

米中は互いに戦争は避けるが、双方とも背後に武力をちらつかせながら、覇権をめぐる攻防は必死で展開する。中国は米国から覇権を奪おうと死力を尽くすし、衰え始めたとはいえなお唯一の超大国アメリカは、1日でも長く覇権を持ちこたえようと防戦に努める。長年日米安保体制にどっぷり浸かってきた日本は、尖閣諸島をめぐる日中間の緊張激化をアメリカの庇護下に入り込んで凌ごうとしているが、果たして破局を回避できるか。

第1期オバマ政権がスタートした2009年ごろはまだ、「G2」という言葉が生きていた。1980年代から20年間以上も世界をリードしたG7(先進7カ国)に代わって、超大国アメリカと次の超大国中国の2カ国で、世界の大勢を取りきめようではないか―「戦争のブッシュ時代」のイメージを打ち消そうと、ブッシュ政権が2008年に打ち出した中国向けラブコールだった。しかし独占的「国家資本主義」によって超スピードで高度成長を遂げたとはいえ、人権、民主の価値観の相違やチベット、ウイグルなど少数民族問題を抱える中国が、「責任ある大国」として世界を取り仕切るG2を担うのは無理である。

第2期オバマ政権が間もなくスタートするアメリカでG2は死語になった。2011年11月オーストラリアを訪問したオバマ大統領は、同国議会での演説で米国はアジア太平洋地域を最重視すると宣言し、米軍がアジア太平洋に駐留し続けることを約束した。その一環として、米国はオーストラリア北岸のダーウィンの米海兵隊を新規に駐留させるとの方針を明らかにした。これはオバマのアメリカが、ブッシュ前政権の始めたイラク、アフガン戦争から足を洗い、海洋国家として勃興しつつある中国の挑戦に対し対中包囲戦略を打ち出したものと言える。

米統合参謀本部の分析によると、海空軍力を飛躍的に増強している中国は弾道ミサイル配備などにより、米軍を中国近辺に寄せ付けない「接近拒否戦略」を採用している。すなわち中国海軍はまず第1段階で、沖縄・台湾・フィリピンを結ぶ「第1列島線」の内側で制海権を確保し、第2段階で小笠原諸島・グアム・インドネシアを結ぶ「第2列島線」を確保、最終段階では米海軍による太平洋・インド洋の支配を阻止するという遠大な計画だというのだ。

しかし全世界7つの海に原子力空母11隻、原子力潜水艦71隻(うち14隻は戦略核を搭載)を遊弋させている米海軍と、ウクライナから購入した空母ワリャークを改修して中国初の空母「遼寧」として就航させたばかりの中国海軍の実力差は「月とスッポン」である。この事実からも、中国が近い将来に米国と戦端を開くことなぞ考えられない。

とはいえ、中国軍は台湾独立を封じるため、台湾の対岸に数百基の中距離ミサイルを配備している。この中距離ミサイルの射程は台湾を越えて沖縄にも充分届く。在沖縄の米海兵隊の一部をダーウィンに配転するという米国の計画は、中国ミサイルのリスクを想定したものでもあった。ダーウィンへの分駐だけでなく、在沖縄米海兵隊8000人をグアムに移転する計画が2009年2月の日米合意で既に示されていた。これは米軍基地に伴う沖縄の負担軽減のためと宣伝されたが、グアムでの基地整備のために日本政府が多額のマネーを拠出するこの計画は、米国にとってまさに「一挙両得」であろう。

その一方、オバマ大統領はこのオーストラリア議会演説で、中国との協調関係を強化したいとも表明した。価値観の異なる中国に対する違和感はあっても、オバマ政権として中国の経済力を無視できない。世界第2の経済大国となった中国との共存を図らなければならないという真剣な「告白」である。2008年のリーマン・ショック以来、米国が厳しい財政危機にあえいでいることは、この年末から年初にかけての「財政の崖」騒ぎで全世界に知れ渡った。

このアメリカ財政危機を救っているのが、米国債を大量に買っている中国と日本である。2011年2月末段階での米国債保有高は、アメリカの中央銀行に相当するFRB(米連邦準備制度理事会)が1兆2050億ドルでトップ、2位が1兆1600億ドルの中国、3位が日本(保有高不詳)である。なお2010年の米国債保有比率は中国27%、日本20%。ちなみに1990年当時の日本の保有率は27%だった。ついでに付言すれば、日本国債の90%は邦銀を中心に日本人が保有しているが、米国債の50%は外国人が保有している。

バーナンキFDR議長は2011年2月、中国の米国債保有高は遠からず2兆ドルに達するだろうと予言していた。こうしたトレンドの中で米財務省は2012年5月、中国人民銀行に米国債を直接販売する新制度を発足させた。米財務省はこれまで米国の主要銀行だけに米国債を販売し、日銀など外国の中央銀行はこれら米銀から米国債を買いつけてきた。しかし米財務省はトップ顧客の中国には、例外的に直接販売の特別サービスを始めたというわけだ。これは米政府が中国はこれからも米国債を保持し続け、売りに出すことはないだろうという期待の反映である。もし中国が本気で米国債を売り出したら、米国債の値打ちは暴落、米国の財政は破局に陥る。オバマ政権が中国の米国債購入に特別待遇を許したのは「中国包囲網」の反面で、米中間「経済・戦略対話」に大きな期待を寄せているからだろう。

「米中経済・戦略対話」はブッシュ時代に始まり、毎年北京かワシントンで両国の外相・国防相が膝を交えて話し合うという「2プラス2」の設定である。当初はG2ムードが先行したが、やがて米中間の戦略的利害の相克が明らかになる。とりわけ2012年5月北京で開かれた戦略対話では、その直前に軟禁されていた著名な盲目の人権活動家、陳光誠氏が北京の米大使館に駆け込んだことで、陳氏に対する中国当局の厳しい仕打ちが明かるみに出た。事件は難航した米中交渉の末、中国側が同氏の米国“亡命”を認めることで決着した。

さて<オバマ対習金平>の米中関係はどうなるか。衰えつつあるとはいえ「唯一の超大国」最高司令官であるオバマ大統領の目標は、米国の覇権を1日でも長く持続させることだ。一方、1840~42年のアヘン戦争で大清帝国が大英帝国に敗れて以来、170年の屈辱の歴史をようやく克服しつつある中国の習近平政権の目標は、言うまでもなく「中華民族の偉大な復興」つまり覇権の回復である。

この覇権争いは軍事的に決着をつけられない以上、経済・外交の争いで決着をつける以外にない。オバマのアメリカは、TPP(環太平洋経済連携協定)という自由貿易圏づくりを主導することで、アジア太平洋経済圏を支配しようと動いている。周知のようにオバマ政権は「第3の経済大国」日本をTPPに取り込もうと懸命に働き掛けているが、中国は排除する構えだ。貿易のスケールが日米間より中米間の方がはるかに多い現状からすれば、中国をTPPから排除するのは不自然だ。

米政府は公式に「TPPは『規則に基づく秩序』を持った国々による自由貿易協定を目指しているので、『規則に基づく秩序』を有していない1党独裁制の中国をTPPに入れるわけにはいかない」と説明している。しかし中国と同様な1党独裁性のベトナムはTPPに加盟する資格を与えられ、現にTPP交渉に参加している。ということは、米国が中国排除のTPPを「中国包囲網」の一環と考えていることを意味しよう。

日米貿易より日中貿易の比重が高くなっている今日、日本が中国を排除したTPPに加盟するのはおかしいという論議が日本国内で有力なのは、この急所を突いているわけだ。一方、オバマ大統領も出席して昨年11月20日プノンペンで開かれた東アジア・サミットでは、ASEAN(東南アジア諸国連合=10か国)+6カ国(日中韓印豪NZ)のアジア太平洋圏16カ国がFTA(自由貿易協定)を、2015年までの締結を目指して交渉を開始することで合意された。このFTAは正式名称を「東アジア地域包括的経済提携=Regional Comprehensive Economic Partnership」、略称をRCEP(アールセップ)と呼ぶ。

ASEAN10か国は既に域内で自由貿易協定を実行しており、RCEPはこれをベースに他の6カ国を抱き込もうという戦略だ。世界第1の人口大国と第2のインドを含むRCEPが実現すれば世界人口の半分近い34億人を抱える市場となり、世界の経済活動(GDP)の3分の1を占めることになる。まさに世界最大の自由貿易圏が登場することになる。

RCEP構想は2011年11月、インドネシアのヌサドゥアで開かれた東アジア・サミット(オバマ大統領が初参加)でASEANから提起され、2012年のプノンペン・サミットで本決まりとなった。当初中国は、RCEPにインド、オーストラリア、ニュージーランドを含めることに難色を示していたが、プノンペン・サミットでは中国が態度を改めたことで合意が成立した。この印豪NZの3国は従来、中国から「親米反中」と見なされていたが、豪州は近年最大の輸出品である穀物や鉱物の最大手輸入国である中国との関係を好転させているし、インドも最近中国とロシアが主導している上海協力機構入りを希望するなど、中印関係も好転している。これが中国の態度変更の背景である。

またプノンペン・サミットでは日本、中国、韓国が、RCEPと並行して日中韓3カ国のFTA交渉を本格化することでも合意した。日本にとって中国、韓国との貿易自由化は死活的な利益である。米国からTPP入りを迫られている日本は、この段階でTPP参加を決め切れないまま、中国の発言力の高いRCEPと日中韓FTAへの交渉参加に踏み切った。日本にとって、時の流れはTPPよりRCEPに傾いたわけだ。2月早々にも訪米を予定している安倍首相は、日米中のこれほど複雑な安保・経済問題をオバマ大統領とどう切り結ぶのか。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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