―「国家の安全保障を損なう恐れ」とはまた
今年の新年はウクライナ戦線も中東も比較的静かに年を越し、国内も昨年のような大きな災害にみまわれることもなく、平穏にすぎた。見るたびに胸が痛くなるようなニュースが多い世情が、ほんのひと時かも知れないが静まったのは、何はともあれありがたいことであった。
そんな中でニュースを賑わせたのは、米バイデン大統領が、日本流に言えば「松も明けない」3日に、「日本製鉄」による米「USスチール」買収計画に中止命令を出したことであった。この話は昨年来、断続的に伝えられていたから、別に寝耳に水と言うわけではなかったが、その理由が「米国の国家安全保障を損なう恐れ」であると堂々と宣言されたのには、正直、意表を突かれた。米は日本を危険視しているのか!と。日本は米のアジア政策の重要な助手としておつとめしているつもりだったのに。
私はこうした分野については正直なところ、堂々と論ずるほどの知見はない。でも民主主義の総本山と自他ともに認める米で、大統領がこんな形で民間企業同士の合意にストップ「命令」を出すような事態がありうるとは驚いた。
いったいこれは何なのだろう。事態を振り返りながら、すこしく考えてみたい。
日鉄がUSスチールの買収計画を発表したのは一昨年の12月(つまり1年ちょっと前)であった。直後、全米鉄鋼労組(USW)が反対を表明(これはよくあることなので、特に注目されなかったように思う)。
以下、経過を新聞報道で辿ると、昨年1月、トランプ前大統領が買収計画に「私なら瞬時に阻止」と発言、3月にはバイデン大統領が「国内で所有・運営される米企業であり続けることが重要」と発言。
4月、USスチールの臨時株主総会が買収計画を「投票総数の99%の賛成」で承認。この間、日鉄は3月に14億ドル、8月に13憶ドルの設備投資計画を発表、また合併後の取締役の過半数は米国籍にする方針を明示。
9月、バイデン大統領が「対米外国投資委員会(CFIUS)の審査を根拠に中止命令を出す方針」との報道が流れる。
11月、大統領選でトランプ氏が勝利。12月、同氏「買収計画を阻止する」とSNSに投稿。
12月23日、CFIUSが審査の結論を出さず、判断をバイデン氏へ一任。
同大統領声明―「日本製鉄による買収は米国最大の鉄鋼メーカーの一つを外国の支配下に置くもので、米国の国家安全保障と重要なサプライチェーンにリスクをもたらす。USスチールは米国が所有し、米国が運営し、米国の鉄鋼労働者が働く、世界最高の誇り高き米国企業であり続ける」
25年1月3日 バイデン大統領、買収中止命令。
以上がざっとした経過であるが、この「買収中止命令」がこの後、トランプ大統領に引き継がれ、どういう結末をもたらすのか、私の不明をもってしては判断のしようがない。ただ最後に引用した同大統領の声明を一読して驚くのは、かつて資本主義諸国のトップの座にいた米が各国に貿易自由化の扉を開くように求めた際に、自国の市場と企業を守りたい国々(勿論、その中にわが国も含まれていた)が必死に抵抗した姿を彷彿とさせることだ。
今、世界の鉄鋼生産は中国の独壇場と言ってもいい。2023年の世界の粗鋼生産量ベスト10を見ると、1位の宝武鋼鉄集団の1億3077万トン以下、3位鞍山鋼鉄集団5589万トン、5位河北鋼鉄集団4134万トン、6位江蘇沙鋼集団4054万トン、8位建竜集団3699万トン、首鋼集団3358万トンとじつに中国企業が10社中6社を占め、ほかの国は2位ルクセンブルクのアルセロール・ミタル6852万トン、4位日本・日本製鋼4366万トン、7位韓国ポスコ3844万トン、10位インド2950万トンである。中國の6社合計の生産量は3億3911万トンに達する。
USスチールは世界24位で生産量は1575万トンである。「世界最高の誇り高き米国企業であり続ける」と胸を張り続けるのは結構だが、問題は日本企業による買収が「米の安全保障にリスクをもたらす」という点の説明がない。日本各地の基地を米軍に自由にお使いいただいているわが国としては、世界的に見れば今や一弱小鉄鋼メーカーを合併するだけのことで安全保障うんぬんと言われるのはなんとも割り切れない。
あと10日余りでトランプ大統領が就任する。同氏に忌憚のないところを質して、米とのお付き合いをわれわれも考え直そうではないか。
初出:「リベラル21」2025.01.07より許可を得て転載
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-category-0.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye5876:250107〕