―「安全保障」どころか、ライバル会社の「横やり」を担いだだけ
一昨7日、本欄で取り上げた、日鉄が米「USスチール」社を買収する問題は、今月3日にバイデン大統領が出した買収中止命令に対して、日鉄側が6日、米連邦控訴裁判所に同大統領をはじめ対米外国投資委員会(CFIUS)、同委議長のイエレン財務長官、それにガーランド司法長官の4者を相手取って買収中止命令を無効にし、再審査を求める訴えをすでに起こしており、新しい段階に移った。
7日に記者会見した日鉄の橋本英二会長は買収を「諦める理由も必要もない。中止命令は到底受け入れることは出来ない」と訴訟に臨む姿勢を明らかにした。
同会長によれば、ことの経過は以下のごとくーー
「当社(日鉄)の米国参入を拒否したいクリーブランド・クリフス(USスチールとライバル関係にある米鉄鋼メーカー)とそのCEOがまことに不可解なことだが、USW(全米鉄鋼労組)のマッコール会長と連携し、組合の強大な政治力を利用してバイデン大統領に働きかけをした。そして対米外国投資委員会(CFIUS)での手続き(安全保障上の懸念の有無の調査)が適正におこなわれないまま、大統領の合併中止命令に至った。到底受け入れられない」
別の報道によれば、この間、クリーブランド・クリフスとUSW側からバイデン大統領に対して、大統領選での「支持」が見返りとして約束されたという。
なるほど、と思わせる経過である。というのは、今回のことで素人が真っ先に感じる疑問は、なぜバイデン大統領は退任直前にいたって、あえて中止命令を出したのかという点であろう。しかし、大統領選での支持を見返りとして約束した取引であれば、「候補者交代から敗戦」という結果になったにしても、とにかく在任中に決着をつけずに、トランプ大統領に交代し、なにかの折に依頼者側からこの件が明らかにされた場合、どうにも具合が悪いことになるので、それを避けてとにかく大統領としてのけりをつけた、ということで納得がいく。
ただ問題は「買収中止命令」の理由が、行きがかり上とはいえ「安全保障への懸念」となった点である。
世界では今日もウクライナ、中東で戦火が飛び交っている。このうち、ウクライナは異論はありうるにしても、ことのよって来たる所以(どっちが悪いか)ははっきりしている。しかし、中東についてはイスラエルに対する米の姿勢の故に、明確なコンセンサスは得られていない。
はっきり言えば、すでにネタニヤフは4万数千のパレスチナ人の生命を奪いながら、なおその手を休めようとしない。それを米は非難さえしない。それでいて、民間会社、それもいかに歴史があるとはいえ、今や世界では24位の会社の売り買いに大統領が「国の安全保障」を持ち出すのはあまりにアンバランスかつ安易ではないだろうか。
米に「ユーラシア・グループ」という政治リスク調査会社があり、その会社が6日、今年の「世界10大リスク」を発表した(1月7日『日本経済新聞』)。そしてその1位には「深まるGゼロ世界の混迷」が挙げられた。「Gゼロ」とは、「大国によるリーダーシップの空白(無極化)」だそうである。大国、つまり米は大国らしく、どっしり落ち着いていて欲しい、ということであろう。頼まれたからとはいえ、民間会社どうしのいがみ合いに「国の安全保障」を振り上げて口を出すのは、大国の大統領らしくないとは誰しもみとめるところのはずだ。
しかもこの調査によると、2位「トランプの支配」、3位「米中決裂」、4位「トランプノミクス(トランプの経済政策)」と今年は米の政治中枢に世界の不安の目が集中している形である。確かにこれから4年、ホワイトハウスでなにが起こるか、心配は心配だなあ。
初出:「リベラル21」2025.01.09より許可を得て転載
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-category-7.html
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye5879:250109〕