米軍事費削減に取り組むゲーツ国防長官  -辞意表明で軍産複合体に肩透かし- 

 このところゲーツ米国防長官の言動に注目している。長官は8月16日(米東部標準時)公開された米外交専門誌「フォーリン・ポリシー」とのインタビューで、来年のいずれかの時点で国防長官の職を辞するつもりだと語った。これより先、長官は8月9日の記者会見で約5800人が所属する統合戦力軍の1年以内の廃止と、文民と軍人双方の幹部ポスト削減を柱とする国防総省・軍の組織改革案を発表した。これはかねてから長官が主張してきたように、イラク、アフガン戦争で歯止めの利かなくなった国防予算を本格的に削減しようとする具体化計画の一端である。

 国防長官と言えば、アメリカの政治経済を動かしてきた悪名高い「軍産複合体」の中枢中の中枢とも言うべきポストである。国防予算をどんどん増やして、軍需産業の巨大ビジネス、天下りの退役軍人、軍需工場を誘致している各州の政治家たちを喜ばすのが、仕事の実態と考えられてきた。ところがゲーツ長官は、膨れ上がった国防費の削減に真正面から取り組んでいる。ワシントンの軍産複合体は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっているが、そこへ飛び込んだのがゲーツ長官辞意のニュースだった。連邦議会から州議会などになどに張り巡らされたネットワークを通じて長官に反撃しようとしたロビーは肩透かしを食らった格好である。

 ロバート・ゲーツ氏は1943年9月25日カンザス州ウィチタ生まれの66歳。インディアナ大学卒業後ジョージタウン大学で博士号取得、1966年CIAに入り、冷戦真っ盛りの時代アメリカの情報活動に従事、CIA副長官を経て1991-93年(父)ブッシュ政権のCIA長官を勤めた。その後はテキサスA&M大学の学長職にあったが、2006年の中間選挙で苦戦した(息子)ブッシュ政権が、イラク戦争で不人気のラムズフェルド前国防長官を更迭した際に乞われて、2006年12月国防長官に就任した。(父)ブッシュ政権時代のベーカー国務長官の推薦が物を言ったという。共和党政権下の閣僚だったにもかかわらず、2009年1月発足の民主党オバマ大統領の下で留任、イラク、アフガン戦争に対処してきた。

 オバマ政権の国防長官としてゲーツ氏が脚光を浴びたのは2009年7月、最新鋭のステルス戦闘機F-22の調達中止の決定だった。連邦議会をはじめ軍産複合体の各方面から、航空機産業関連の雇用確保や制空権確保を理由にF-22生産継続を求める声が相次いだ。日本の防衛省も同機種の調達を希望して米側に働きかけたが、これらの要望はゲーツ氏に撥ねつけられた。ゲーツ長官は09年7月16日、オバマ政権の姿勢を明確にするためとして大統領の地元シカゴで演説、非正規戦への対応が求められている冷戦後も国家対国家の伝統的戦争を想定した兵器調達が続けられてきたことを批判。特に必要な調達改革を阻んできた『抵抗勢力』として、議会、軍需産業、軍を挙げ「彼らは三位一体となって現状を維持してきた」と軍産複合体を厳しく批判した。

 ゲーツ長官の軍事費カットの姿勢は、オバマ大統領を喜ばせている。2008年9月のリーマン・ショックで表面化した世界的金融危機を救うために、不本意ながら膨大な財政支出を迫られ、米国史上最悪の財政危機にあえぐオバマ政権としては、軍事費削減に大ナタを振るってくれるゲーツ長官の存在は有り難い。まして民主党政権では「外様」の共和党の人材であるゲーツ氏が、軍産複合体の反撃の矢面に立ってくれているのだ。大統領は長官の辞意表明に先立ち「国の安全保障を強化するゲーツ長官の努力を称賛する」との声明を発表している。

 ゲーツ氏は前記「フォーリン・ポリシー」とのインタビューで「大統領選挙の年の初めまでやる仕事ではない。2012年まで辞職を待つと思うのは間違いだ」と述べ、2012年11月の次期大統領選挙で予想される党派対立の前に、身を引く考えを明らかにした。2012年の再選を目指すオバマ大統領が再選戦略を立てる上で、次期国防長官の人選をオープンにしておこうとの配慮があったに違いない。さらに2011年中の長官辞任の前に軍事費削減の大筋を決めておこうとする決意も秘められているようだ。

 ゲーツ長官が8月9日記者会見で明らかにした国防総省のリストラ案はかなりドラスチックだ。今後1年以内の廃止を決めた統合戦力軍は太平洋軍などと並ぶ10統合軍の一つ。文民と軍人の計2800人、民間請負業者約3000人が所属し、戦術や装備の実験、即応兵力の確保が主な任務とされている。さらに長官は文民と軍人の幹部職について、総数を2010会計年度(09年10月~10年9月)の水準で凍結する方針を明らかにした。その上で2001年の9・11事件以降に増えたポストを半減させるため、文民は最低150人、軍人は50人分の役職を2年以内に削減する方針だ。

 このほかにゲーツ長官は、国防総省内で働く外部委託の民間請負業者を2015年までに3万3000人削減する方針を明らかにした。さらに装備品調達の見直しも進め、5年間で1000億ドル(約8兆5000億円)の調達予算削減を目標として掲げた。長官はこれ以外にも、冷戦終了後20年も経った現在、カネのかかる原子力空母打撃艦隊11群や原子力潜水艦群を今後も維持する必要があるのかという疑問を発している。

 アフガン、イラク戦争にのめり込んで、大穴を開けたブッシュ政権の後始末をする役回りに追われているオバマ政権だが、共和党出身の国防長官がここまでやってくれるのは予想外だったに違いない。軍産複合体は今後あの手この手を駆使してゲーツ長官に抵抗するだろうが、11月の中間選挙を前にしたアメリカ有権者は、軍事費削減に踏み込んだオバマ政権にどう反応するだろうか。

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