経産省・電力による国家転覆計画が始まりました。
東京電力の総合特別事業計画(以下、事業計画)がこのまま実施されれば、この国の根幹を腐らせていきます。すでに、この計画が放つ異常な腐臭が漂っているのに、政治家もメディアも鼻づまりなのかもしれません。
5月9日に、政府は、東京電力(以下、東電)と原子力損害賠償支援機構(以下、賠償支援機構)が策定した事業計画を承認しました。メディアは、家庭向け電力料金引き上げや柏崎刈羽原発の再稼働を前提にしていることばかりに目を奪われています。
確かに、そのこと自体が問題なのは言うまでもありません。しかし、この事業計画の枠組みの根本的な問題点を見る必要があります。この東電の事業計画は、国会決議を公然と無視し、福島県の除染事業を放棄させ、賠償負担を長期にわたって電力料金に乗せていくものだからです。
国会決議を公然と無視した文章
まず、事業計画を素直に読んでみましょう。
http://www.ndf.go.jp/press/at2012/20120509.html
(原子力損害賠償支援機構webページ)
事業計画の「(5)財務基盤の強化」(88頁)に、2011年6月14日の閣議決定(「東京電力福島原子力発電所事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の支援の枠組みについて」)を引用しつつ、それを踏まえて、取引金融機関に「追加与信」を要請しています。
そして、事業計画の参考資料の冒頭に、この6月14日の閣議決定をそのまま掲載しています。
この再掲された閣議決定の中の「具体的な支援の枠組み」には、「援助には上限を設けず、必要があれば何度でも援助し、損害賠償、設備投資等のために必要とする金額のすべてを援助できるようにし、原子力事業者(東電)を債務超過にさせない」という内容が含まれています。
つまり、政府がこの計画を認定すれば、東電を「債務超過にさせない」ので、取引金融機関はおカネを貸して下さいと要請しているように読めます。
しかし、原子力損害賠償支援機構法が国会決議されるに際して、この「債務超過にしない」という規定が問題になり、国会の附帯決議第10条において、この閣議決定の「具体的な支援の枠組み」の部分は「その役割を終えたものと認識し、政府はその見直しを行うこと」を求めています。その旨、国会でも、海江田経産大臣(当時)の答弁でも確認されています。そして「機構法」自体に「国民負担の最小化」と「利害関係者全ての負担」が盛り込まれることになったのです。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/177/f422_080201.pdf
(参議院webページ内・PDF)
つまり、事業計画は、役割を終えて見直しを求められたはずの閣議決定を公然とそのまま掲載しており、この事業計画は国会決議を無視したものになっているのです。実際に、東電と賠償支援機構は、「社債」保有者に対して一切「協力」=「負担」を求めることはせず、銀行にも債権放棄を求めませんでした。これを国民の立場に立って読めば、私たち利用者はどこまでも東電を救わなければならないことになります。
にもかかわらず、国会議員たちからもメディアからも批判の声はあがってきません。
これによって引き起こされる事態はどのようなものでしょうか。
まず、ゾンビ企業の東電に銀行がずるずると貸し込んで引き返せなくなってしまい、東電というゾンビ企業を公的資金や電気料金という国民負担でどこまでも救い続けなければならないという事態です。
もちろん、こうした点を金融機関が全く考慮していないわけではありません。今回の計画では、メインバンクをはじめとして取引金融機関は、原則として「無担保」での貸し出しとなりリスクが高いため、「担保」を取れる「私募社債」の発行が議論されているからです。
しかし金融機関が、福島県民への「賠償金」支払いよりも返済の優先順位が高い「私募社債」でなければ引き受けないとすることは、深刻な倫理的問題を引き起こします。この事業計画は銀行利害を優先したもので、「賠償優先」との看板に偽りがあることになります。そして金融機関自身も、福島県民への賠償も満足に支払えないゾンビ企業に対して、一切の債権放棄を拒んで、自らの資金回収だけを優先させて追い貸しをする「吸血鬼」のごとき存在として社会的に指弾されることになりかねません。
普通のサラリーマンが酔っ払い運転をして人身事故を引き起こせば刑務所入りですが、福島第一原発事故という重大事故を引き起こした社会的犯罪企業であるにもかかわらず、経営者を交替させただけで経営責任も問われません。貸し手責任も一切問われません。これは、かつての銀行の不良債権問題とそっくりの構図です。この国は、新たな「失われた30年」になりかねない危機的状況にあります。
福島県民を見殺し
たしかに、事業計画の表面の文章だけを見ていると、東電は賠償を進めるかのように読めます。また廣瀬新社長は賠償担当だったので賠償重視の姿勢に変わったという報道さえ見受けられます。
しかし、事業計画の参考資料をよく読めば、東電は明らかに自らの賠償費用という赤字を削減するために、福島県民への被害対策を行わない方針を打ち出しています。
・「冷温停止」宣言を(撤回せずに)続けることで、事故収束を前提として事故処理費用を過小に見積もるとともに、避難費用を減らしています。
・つぎに、避難指示解除準備区域を含めて20mSv未満は住民が全員帰宅することを前提に賠償費用の再計算を行っています。しかも除染費用を一切計上していません。
その結果、事業計画は4,344億円の賠償費用を削減する再計算をしています。
これは、放射性物質を自然減衰に任せ、20mSv未満の低線量長期被曝は放置するのだと宣言したのと同然です。つまり東電と賠償支援機構は、福島県民の意思を無視して勝手に放射線量20mSv未満を補償しないと決めてしまったのです。
こうして見ると、原子力安全委員会や放射線審議会がたびたび放射線量の安全基準を緩めてきた背景がよりはっきりしてきました。
学校・幼稚園の校庭の放射線量の許容水準を1 mSvから20 mSvに引き上げたことも、
当初、福島第一原発周辺地域の除染目標を20 mSvにしたことも、
食品の安全基準を500Bqから100Bqに引き下げることを必死に妨害したことも、
すべて、ずっと言ってきたように、東電の賠償費用・除染費用を削るためなのです。
いま、福島第一原発周辺地域も中間処分場ができないことを理由に本格的な除染活動を一切行わず、米の全量検査のためのベルトコンベア式検知器を購入せず、福島県のバイオマス発電を利用した森林除染もストップしています。
この国は、社会的犯罪企業の東電を何が何でも救うために、福島県民を見殺しにしようとしているのです。こうした国家的犯罪を許していいのでしょうか。
残る福島原発も動かすつもり?
さらに、事業計画のうち「廃炉」計画を見ると、福島第一原発1~4号機の「廃炉」費用として1兆1,510億円だけしか計上されておりません。メルトダウンした1~3号機の状況を見るかぎり、「廃炉」にする技術的見通しはまったく立っていません。いくらかかるか、誰もわからないのです。
福島第一原発事故も収拾できない状況であるにもかかわらず、中越地震の影響が残り、かつ使用済み核燃料プールも満杯に近い柏崎刈羽原発を動かそうとしているのが非常に問題なのは言うまでもありません。
しかし、なぜそうしようとするのでしょうか。拙著『原発は不良債権である』(岩波ブックレット)で書いたように、安全性が担保できない原発は損失を生むだけの不良債権になっているからです。不良債権の原発を動かすことはきわめて危険な行為ですが、いまは利益優先・安全無視でも動かさないと東電はやっていけない不良債権企業なのです。
問題はそれだけではありません。福島県知事が要求している双葉町にある福島第一原発5,6号機も、福島第2原発も、廃炉費用が含まれていません。
その理由は、2つしか考えられません。
一つは、東電はカネがないので、廃炉費用を適切に積んでいない(つまりツケの先送りをした)か、
いま一つは、残る福島原発をすべて動かそうとしているのか、
どちらかです。
賠償費用は誰が負担するのか
では東電は賠償費用をどのようにして支払うつもりなのでしょうか。
東電はすでに賠償支援機構から約2.5兆円の交付を受けています。
しかし、今後10年間を見通した東電の事業計画では、賠償支援機構からの2.5兆円の交付金でさえも返済する予定はありません。東電は3兆円あまりの経費節減をすると言っていますが、それは事故処理費用や不良債権=原発の赤字補填に使われるのでしょう。少なくともリストラ・経費節減を行って賠償費用を支払うことにはなっていないことは確かです。
実は、東電はその賠償費用をこっそり国民の電力料金に上乗せしようとしているのです。
電力11社は賠償支援機構に一般負担金を支払っています。東電の場合は、それに加えて電力料金値上げであがる収益から特別負担金を支払っています。
電力11社が10年間で支払う金額は合計約2兆8000億円、うち東電は約1兆7000億円と想定されています。仮に計画期間内に返済するとすれば、東電の負担金だけでは2.5兆円には足りないので、電力会社全体で支払うことになるのかもしれません(ただし、一般負担金の目的は賠償の備えであり、東電以外の電力会社からの一般負担金を流用することはその趣旨から逸脱します)。
問題は、一般負担金をその他の電気事業費用に入れ、総括原価主義のもとに電気料金に上乗せしたうえに、東電はさらに電力料金の値上げであがる収益から特別負担金を支払おうとしていることです。つまり、今回の電気料金引き上げは、一般家庭や、名ばかりの「自由化」で値上げを受け入れざるを得ない企業の負担で、賠償費用を支払うことを意味しているのです。
一般家庭用電気料金値上げに関する経産省の「特別審査」は、保安院の安全審査と同じ。茶番です。東電に一定のリストラをしたふりをさせて、電気料金の引き上げ額を多少抑えて、国民負担で事故処理費用と不良債権原発の損失を賄うだけです。
つまり、リストラ・経費節減で賠償費用を賄うわけでもなく、国民をあざむいて東電の賠償費用を一般家庭や企業の電気料金にこっそり上乗せしてしまうつもりなのです。
しかも、今のところ、新たに支援機構から注入される一兆円は返済を予定されておりません。これは電力料金をさらに引き上げて、危ない原発を動かさないかぎり返済できないと考えられます。「日本人は忘れっぽい」から、数年すれば何とかなると考えているのかもしれません。
このように、東電と賠償支援機構による事業計画は、「原子力損害賠償支援機構法」が国会で審議される過程において重視された「国民負担の最小化」ではなく、「利害関係者の重視と国民負担の最大化」が公然と図られているのです。
東電の解体・売却を
では、どのようにしたらよいのでしょうか。
・くしくも、「原子力損害賠償支援機構法」の「附帯決議」には、1年を目処として、事故の検証の結果を踏まえ、国の責任の明確化と原賠法改正の議論を含めて、必要な措置をとることを定めています。改めて国会決議に立ち返って、決議無視の事業計画を見直し、より「国民負担の最小化」を図る施策は何か、国会が議論をするべきです。
・経営者の責任を問うことが不可欠です。そのためには経営者は退任でなく解任すべきです。同時に、金融機関の貸し手責任を問うべきです。金融機関にとっても、かつての不良債権問題の二の舞にならならいために債権放棄に応じ、早い段階での損切りが必要です。中長期的には追い貸しをするよりは、その方が望ましいはずです。
・東電は発・送配電の分離を「社会カンパニー制」でごまかそうとしています。発電と送配電について所有権を分離する形をとるべきです。そのうえで、それを直接売却するか、新会社の株式を売却して、賠償費用・除染費用を捻出すべきです。
・それでも事故処理費用や賠償費用は不足します。その分は、原子力予算を大胆に組み替えて捻出する以外にありません。高速増殖炉もんじゅは、15年間も動かずに1兆円も費やしています。六カ所村の再処理施設は、計画から20年経っても稼働の見込みが立たないのに、建設費と運転費用を合わせて3兆円以上が費やされています。福島県民およびその隣接地域は甚大な放射能被害を受け、これほど苦しんでいるのに、こうした無駄な事業を継続することは倫理的に許されるはずがありません。
2012年5月9日は、国会決議を公然と無視しても、福島第一原発事故を引き起こした犯罪企業=東京電力を全国民の負担で救済することを政府・経産省が決めた日です。そして、東電の賠償費用節約のために福島県民の放射能被害を放置し、国民の命と健康を守らない国家であることを公然と宣言した日なのです。
これは戦争と同じくらい異常な事態です。
いまや「昔、陸軍、今、電力」なのです。
これをこのまま認めていけば、この国は根幹から腐っていきます。
許してはいけません。
http://blog.livedoor.jp/kaneko_masaru/archives/1644517.htmlを転載。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye1946:120517〕