イスラエル軍の蛮行と兵士の限界
ハマスの急襲から始まった今回の軍事衝突は3ヶ月が経過し、イスラエル軍によるパレスチナ人の大量殺戮という事態に至っている。死者数は、ガザのパレスチナ人220万の1%余りの2.3万人に達している。イスラエル軍はわずか3ヶ月で、東京23区の6割程度の面積に住むパレスチナ人の、おもに女性・子どもの殺害を続けているのだ。蛮行というほかない。南アフリカ政府が、国際司法裁判所にジェノサイド行為であるとして、対応を要請したのも当然である。
イスラエル軍の攻撃や兵士たちの行為は、ベトナム戦争のアメリカ軍を想起させる。空爆は、国連機関の運営する難民キャンプや学校などを含めてほとんど無差別に行われ、日々多くの犠牲者を出している。兵士たちは人質になっていたイスラエル人さえ見誤って射殺するほどに攻撃的になっている。ガザに侵攻したイスラエル兵にとっては、一般人とハマス構成員との区別はつかないだろう。ハマスは軍事組織だけではなくガザの行政を担っているのだ。男性とみれば見境なく銃口を向ける心理状態となっていることが想像できる。
ベトナム戦争時、「良いベトナム人は、死んだベトナム人」というアメリカ兵たちの間に流布した言葉があった。すべてのベトナム人はベトコン=共産主義者=Redであり死んだ=Deadのベトナム人だけが安全だという意味である。この心理は、ほとんどが老人・女性・子どもばかりであった村を包囲して村人のほぼ全員500人余りを殺害した事件=ソンミ村虐殺事件につながった。多くのイスラエル兵も似たような状況に置かれているだろう。
ガザ地区ばかりではない。300万人余りのパレスチナ人が住むヨルダン川西岸地区では、国連決議を無視しながら、イスラエル市民が政府の支援を受けながら入植活動を展開し、パレスチナ人を迫害している。政治家ネタニヤフは常に入植者支援を公約に掲げてきた。すでに70万人以上のユダヤ人が定住しているといわれる。今回の軍事衝突発生以来、西岸地域でもイスラエル兵と入植者によるパレスチナ人への攻撃が激しさを増している。
実際の虐待や虐殺の光景の様子が、時には防犯カメラなどの映像がSNS上に拡散されることがあり、イスラエル軍はその都度、当該兵士を除隊させたりしているが、それは氷山の一角である。西岸入植者たちとイスラエル兵は、パレスチナ人への蛮行を日常的に、また広範囲に繰り返しているのである。
イスラエル兵たちの間では、精神的なリミッターが外れ、暴力行使にまったく躊躇しなくなっている様子がみてとれる。ベトナム戦争の帰還兵たちの多くが、家庭内を含む暴力行為を止められず、平穏な市民生活に戻れなかった。この戦争がどのような形で終結するか不透明であるが、多くの兵士が精神の平衡を喪い、除隊後、平常の市民生活に戻ることが困難になる可能性がある。
経済活動の失速
ネタニヤフ首相は、戦争は年内を通して継続されるとしている。しかしイスラエルがこの戦争を続けることは困難である。その一つが、労働力不足と経済の失速である。イスラエルは男女ともに兵役を課し、少年と高齢者を除いた多くの市民は、いつでも現役の兵士となる予備役であり、40歳まで応召する義務がある。今回も軍事衝突直後に30万人が動員されている。このほかに、陸海空軍の17万人の常備兵力をもつ。
イスラエルの人口は940万人、そのうち170万人はイスラエル国籍のパレスチナ人で兵役は免除され、ユダヤ教の宗教学校生なども免除される。20,30代の各年齢人口はそれぞれ11万人程度であり、そのうち動員できるのが7割程度とすると約150万人という計算になる。そのうち社会基盤に欠かせない医療・教育分野の従事者あるいは公共交通機関、ガス・電気・水道などの従事者を軍務に動員するわけにはいかないから、動員可能な人口の5割前後はすでに動員していることになる。
一般企業の従業員を中心に動員されており、労働力不足が深刻化しているといわれる。イスラエルの基幹産業のひとつはIT分野であるが、軍事紛争以降、その生産能力は5割程度にまで下がっているといわれる。そのうえ、農場などで働いていた外国人労働者の多くも、戦争を避けるために帰国している。現在の動員体制を続ければイスラエル経済の失速は避けられない。
政権内の極右勢力と厭戦気分
ここにきて、一部の閣僚たちが戦争終結後のガザをイスラエルの直接支配下に置くことを提案している。なかには、ガザのすべてのパレスチナ人を域外に強制移送することも主張している者もいる。とくに強硬なのはイタエル・ベングビール治安相らである。ベングビールは自動小銃をイスラエル市民に無償配布するなどしてきた極右政治家である。彼らは戦争終結後、ガザを全面占領し、パレスチナ人を追放すべきだと主張している。しかし、これはあらゆる意味で不可能な選択肢である。
まず、最大の支援国であるアメリカはイスラエルとパレスチナ国家(ヨルダン川西岸とガザ)の2国家体制を目指す国連決議を支持している。イスラエルがガザを占領し、パレスチナ人を追放し、ユダヤ人の入植活動を始めることは、アメリカをはじめとする国際社会のほとんどすべてを敵に回すことになる。しかし極右閣僚を罷免すれば、ネタニヤフの連立政権は崩壊する。これではネタニヤフ政権の命脈は尽きる。
また、国民の戦争継続に対する支持はまだ強いとはいえ、人質の解放を優先させるために停戦を求める国民の声も無視できない。さらには、ネットや海外メディアの報じるイスラエル軍の行為に嫌悪感をもつ一部の市民の停戦を求める示威行動も生まれている。これらの厭戦気分は、戦争が長引くほど広がっていくだろう。
ネタニヤフ政権の終わり
そもそも今回の軍事紛争が始まるまで、ネタニヤフ自身が収賄容疑などで検察の捜査対象となっていた。その追求から逃れるため、裁判所の判決を議会決議によって変更できるよう、憲法の変更案を議会に提出しようとしていたといわれる。さすがに国民の反発は強く、大規模なデモも繰り広げられていた。そのさなかの戦争の始まりであった。
ネタニヤフ政権は戦争が終結すれば、ハマスの襲撃を防げなかった責任をとって退陣せざるをえない。ネタニヤフ自身が収賄容疑などで被告人として裁かれることを避けるためにも戦争を長引かせるとすれば、イスラエルという国はさまざまな意味で混乱と衰退の道を進むことになろう。
現地の国連幹部は、ガザ全域が人の住める場所ではなくなっていると指摘している。イスラエルは自らの軍事行動によって徹底的に荒廃させたガザを目の前にしている。これに対し、どのような行動に出ても国際社会から批判を浴び国際的孤立は強まる。国内的にはパレスチナ人たちに残虐行為を加えることに慣れ、精神的荒廃の進んだ国民を抱えたイスラエルに明るい未来があるとは思えないのである。
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