ご無沙汰しております。バルセロナの童子丸です。
久しぶりのスペイン情勢の記事を仕上げましたので、お知らせいたします。
近ごろ日本でもポデモスについての関心が高まっているようですが、彼らが本領を発揮するのは、おそらくこれからだと思います。今月26日の「やり直し総選挙」でどこまで支持を伸ばすのかわかりませんが、今年に政権の一角を担うようになるとは、私は予想していません。むしろ野党として、青年党首パブロ・イグレシアスが言う「熱い秋」の抵抗運動を演出するほうが、長い目で見るとこの党のためになるのではないかと感じています。
なお、文章中でもご紹介しておりますが、『2016年3月以降に明らかにされたスペインの政治腐敗』は、本来この記事の中に入れるつもりでしたが、あまりにも長くなるので、別ファイルにしてウエッブ上にアップしています。
ご拡散のほど、よろしくお願いいたします。
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http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-3/Spanish_re-election_and_EU.html
緊縮財政、難民問題、TTIPが待ち構える
6月26日スペイン「やり直し総選挙」
私がスペイン関係で前回の記事をアップしてから3か月が過ぎてしまった。この間、どの政党も首班指名を経て新政府を作ることができず、文字通りの「無政府」状態が延々と続いた。そしてついにこの5月4日に、昨年12月の総選挙で選出された者たちによる議会は解散し、この6月26日に「やり直し総選挙」が実施されることとなった。
現在のところマリアノ・ラホイの国民党が「暫定(機能延長)政府」を作っているが、立法権は機能せず委員会による審議も行われず、事実上の政治空白が続く。もしその選挙でも前回同様の結果なら、いったいこの国はどうなるのだろうか。この状態に最も神経をとがらせているのが、トルコや北アフリカを経由する「難民」の大量受け入れと、TTIP(Transatlantic Trade and Investment Partnership:大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)、そして、過激な緊縮財政(公的部門縮小、増税、労働改革による社会保障と福祉の切り捨て)の実施を、一日でも早く新政府に強制しようと手ぐすねを引くEU本部とIMF、欧州中央銀行の「トロイカ」であることは言うまでもない。
そんな中、政治腐敗の追及やパナマ文書の公開によってその悪業の数々が明らかにされた国民党、党首ペドロ・サンチェスの指導力と求心力の無さをあらわにした社会労働党は、ともに内部の深刻な分裂を露呈する。新興勢力のポデモスは統一左翼党(元スペイン共産党系)と合同会派を作り、社会労働党を追い落として第2勢力になろうとしている。その一方で、カタルーニャ州はマドリッド政府との駆け引きを続けながら「独立」の形を整えようと試みている。
そんないまのスペインの様子について、少しだけ詳しくお知らせすることにしたい。
●小見出
《4月いっぱい続いた「無駄な抵抗」》
《ポデモスと統一左翼党の連合》
《西欧型福祉社会の破壊を目論む?EU》
《6月26日「やり直し総選挙」でも続きそうな政治空白》
政治腐敗の告発とパナマ文書関係の情報については、この記事と一緒に扱うと非常に長くなるので別記事にしているが、こちらの内容と深い関係を持っているので、次のページに進んでご覧いただきたい。
『2016年3月以降に明らかにされたスペインの政治腐敗』
《4月いっぱい続いた「無駄な抵抗」》
前回の記事『果てしなく続くのか?スペインの「無政府」状態』で、国民党と社会労働党の「左右大連合」が消滅し、ポデモス(Podemos)の「左翼+民族派連合」案を拒否した社会労働党が、新興右派のシウダダノス(Diudadanos)と組んでポデモスに「協力」を要求したことなどをお伝えした。ポデモス党首パブロ・イグレシアスはこの無礼な要求を拒絶し、3月4日に行われた国会の首班指名投票でこの2党の連立政権作りは圧倒的多数で否決された。
この社会労働党の惨めな失敗を横目に見送ったマリアノ・ラホイの国民党は、一方で「やり直し総選挙」に向けての作戦準備をしながら、他方で社会労働党に対して「国民党+シウダダノス」の右派政権作りに協力するように誘いかけた。ポデモスのパブロ・イグレシアスはサンチェスに対して「ペドロ、君と僕だけが残っているのだぜ」と、左翼連合政権作りを再考するように促したが、社会労働党はポデモスを警戒してシウダダノスとの連立に固執し続けた。
彼らは多くの地方都市でのポデモスとの連立市政が危険にさらされると脅し、ポデモスの内部分裂とイグレシアスの指導力低下を画策した。ポデモスはそんな社会労働党の態度を厳しく非難し、党首のイグレシアスは「左翼連合が可能なのに、社会労働党は逆方向に向かっている」と嘆いた。社会労働党はアンダルシア州でシウダダノスとの連立州政府を形作っているが、州知事のスサナ・ディアスの背後にポデモスを忌み嫌う大御所フェリペ・ゴンサレス元首相が控える。彼は党首のサンチェスに「君は悪魔と協定を結んではならない。私がスサナ(・ディアス)を引き受けているのだから」と呼びかけた(命令した)。この「悪魔」が何を指すか、説明の必要もないだろう。
第1勢力である国民党では、4月8日に元首相のホセ・マリア・アスナールが「ポデモスとのいかなる連合も民主主義に対する脅威だ」と語って、主要な敵をポデモスと定めた。同様にラホイ政権副首相のソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアも(社会労働党首の)サンチェスには国民党との連合か新たな選挙かの二つの選択肢しかないと語り、社会労働党がポデモスと連合する可能性を封じた。もちろんアスナールの言う「民主主義」とは、フランコ体制終了後に伝統的な利権・支配構造を維持したうえで冷戦時の欧米連合に加わるために作られた「78年体制」(当サイト)を指す。国民党と社会労働党はその中でしか存在できないのだ。
4月末に迫った首班指名最終期限に向けて、サンチェスは再度ポデモスにシウダダノスとの連立への協力を呼びかけたが、これが「無駄な抵抗」でしかないことは明白だった。この3党は哲学や政治への基本姿勢はもとより、経済政策や外交、カタルーニャ独立運動への姿勢で致命的な相違を抱える。しかし社会労働党は「(国民党政権からの)変革を妨害している」とポデモスを非難した。これに対してポデモスは判断を一般党員の投票にゆだね、党員の88%という圧倒的多数がイグレシアスの方針を支持した。
ポデモスに対する工作が失敗に終わった社会労働党のサンチェスは、とりあえず国民党との「対話」を試みたが、足元を見透かすラホイは「まず自分の失敗を認めることだな」と突き放した。もはやいかなる方策を用いても首班指名の期日に間に合わせて連合工作を行うことは不可能だった。こうして、議会招集の儀式上の責任を負う国王フェリーペ6世は4月26日に首班指名が不可能なことを最終的に認め、国会の解散が決定し、全ての党派が6月26日の「やり直し総選挙」に向けて走り始めた。
こうして12月20日の総選挙結果は無に帰することになったが、この事態をスペイン国民自身はどう思っているのだろうか。4月5日のプブリコ紙が採り上げた国家統計局の調査によれば、「政権が決まらないこと」を心配している国民はわずかに3.1%である。国民の関心事は、第1に失業の問題(回答率77.1%)、第2に政治腐敗(同44%)である。国民の圧倒的多数は、こんな「同盟工作」のスッタモンダには冷ややかな視線しか向けていないのだ。
《ポデモスと統一左翼党の連合》
いまスペインで最も注目される党派がポデモスであることは言うまでもないだろう。国民党もシウダダノスも、長期にわたって二大政党制の一翼を担い続けた中道左派の社会労働党ではなく、ポデモスを最大の敵とみなしてキャンペーンを張りつつある。そのポデモスは、昨年の選挙で「喧嘩別れ状態」となっていた(参照:「パブロ・イグレシアスが語る」)統一左翼党(旧スペイン共産党系)と協定を結び、統一会派を作って6月26日の選挙に臨むこととなった。その経過を簡単にご紹介したい。
ポデモスの党首パブロ・イグレシアスは3月から4月にかけて困難な時期を過ごした。社会労働党への協力を拒否したことで、ナンバー2のイニゴ・エレホンとの間に亀裂が入り、またエレホンの影響が強いマドリッドなどの地方でイグレシアスに対する反発が強まっていたのだ。しかしイグレシアスは一歩も引かず、ある意味強権的ともいえる手段ですぐさま反対派の力を封じ指導力を確立させた。イグレシアスは「やり直し総選挙」が避けられなくなった4月後半にエレホンをナンバー2から退け、それまで路線の違いから距離を置いていたパブロ・エチェニケを右腕に据えた。その代わりエレホンには「選挙対策の責任者」としての立場を与えたのだが、この対立は後々まで尾を引くことになるかもしれない。
首班指名の見通しが消え総選挙のやり直しが決定的となった4月20日に、ポデモスは統一左翼党との連合会派結成を発表した。もちろんだがそれよりもずっと以前から根回しが続いていたはずだ。昨年、イグレシアスはこのなじみ深い政党と同世代の党首アルベルト・ガルソンを手厳しく非難し続けたのだが、社会労働党の態度に業を煮やし、自らが第2党、あわよくば第1党になることを狙っているのだろう。小選挙区比例代表制(ドント方式)の特徴で、党派がまとまれば得票率以上に議席を確保できる。実際に、昨年12月20日の選挙でこの2党がまとまっていれば社会労働党とほぼ同数の議席を得ていたはずなのだ。さらに、55歳未満の有権者の間では「第1党」となる調査結果もある。
この合同会派結成の方針に対して、統一左翼党の一般党員の84.5%が、またポデモスの一般党員の98%が支持を与えた。こうしてこの5月半ばになって、6月26日の総選挙に向けた「ウニドス・ポデモス(Unidos Podemos:‟まとまれば可能だ”というほどの意味)」が本格的に活動を開始することとなったのである。統一左翼の党首アルベルト・ガルソンはマドリッド州選挙区で名簿順位5番目という「屈辱的な地位」を与えれれているが、12月20日の選挙でわずか2名の当選者しか産まなかった同党は、もし得票率が同じなら、この合同会派結成によって全国で7名の議員を送り込むことが可能になるだろう。
統一左翼党の中でも、前党首ガスパール・ジャマサレスはポデモスを快く思わないのだが、それでもこの合同会派での選挙戦への協力を語っている。また元党首で独裁政権時代にスペイン共産党の地下活動を担ってきたフリオ・アンギータがパブロ・イグレシアスへの支持を掲げたことは重要な意味を持つだろう。ただこれがイグレシアスとエレホンの間の亀裂をさらに深めているのだが。またポデモスは昨年12月の選挙と同様に、ホセ・フリオ・ロドリゲス元スペイン軍参謀総長を候補者名簿の上位に据えており、統一左翼には疑念を抱く人々もいる。
ポデモスは、もし26日の選挙で政権に加わることができれば、EUから押し付けられると予想される緊縮財政の無理難題と全面対決することを明らかにしている。そしてもし野党の立場に回った場合には、国会内での活動と同時にEUを反民主主義と規定して街頭での活発な反緊縮財政の運動を展開する「熱い秋(otono caliente)」を作り出す「プランB」 を用意している。
おそらくこれから選挙までの期間、国民党、シウダダノス、社会労働党によるポデモス潰しのキャンペーンが激化するだろう。その目玉はベネズエラの故チャベス元大統領とポデモスを結び付けて悪魔化する策謀である。すでに4月から、チャベス時代にベネズエラ政府から現在のポデモス関係の人物に多額の資金が渡されたという何の署名も裏書きも無い怪しげな文書が保守系マスコミを中心に飛び交っている。さらに内相のフェルナンデス・ディアスはポデモスとベネズエラを結びつける「証言者」を見つけるために、国家警察の経済犯罪捜査班(UDEF)の捜査員をニューヨークに派遣したようである。よほど怖いのだろう。
しかしこれで逆に、それぞれの党の正体が浮き彫りになる。シウダダノスのアルベール・リベラはわざわざベネズエラに出かけ、反チャベス=マドゥーロ勢力の中心でネオリベラルの富豪エンリケ・カプリレス・ラドンスキーらと接触して大いに意気投合したのだ。またCIAが画策した2002年の反チャベス・クーデターの際に、クーデター派を断固として支持していたのがアスナール国民党であり、また社会労働党のフェリペ・ゴンサレスである。彼らは銀行と大企業、オプス・デイの人脈を通して中南米の利権構造に深くかかわっている。現在、ベネズエラのマドゥーロ政権は哀れにも原油価格の暴落によって滅亡のふちに追い込まれ、ポデモス悪魔化の出汁に使われている。(ベネズエラに関しては、当サイトよりこちらの記事、こちらの記事、こちらの記事を、またエンリケ・カプリレスについてはこちらの記事の前書きを参照。)
《西欧型福祉社会の破壊を目論む?EU》
現在、ブリュッセルのEU本部はヨーロッパ全体に、トルコやリビアを経由する「難民」の受け入れと、米国との「自由貿易協定」であるTTIPを強要しようとしている。(「難民問題」に関しては、当サイトのこちらの記事(特にこの部分)やこちらの記事、またこちらの記事を参照。)これらは、構造調整・緊縮財政とともに、西欧風の福祉国家制度を滅亡に追いやるものである。
TTIPに関しては今年5月にグリーンピースが秘密協定の一部を暴き出したため、その危険性が欧州各国民の目に曝されることとなった。スペインでもポデモスは明確にその反対の姿勢を示し、選挙戦の間にそのキャンペーンを行おうとしている。しかし社会労働党は今回の暴露に最も戸惑っているだろう。欧州の社会民主主義政党はあれこれと「抵抗」するふりをしながら、要するにこの巨大資本による完全統治の政策を欧州に導入しつつあるのだ。この党は過去にもNATO加入問題で国民への約束を裏切った経緯がある。
「難民問題」ではどの国のどの党派も腰が引けている。ラホイ政権は16万人の「難民受け入れ」をEUに約束しているが、現在までにスペインに来たのは200人にも満たず、ブリュッセルはいらだちを隠さない。彼らは難民を受け入れない政府に厳しい罰則を科することを計画 している。 ポデモスのパブロ・イグレシアスだけは「イスラム国の資金源であるサウジアラビアやトルコ」について言及しているが、それも「テロ問題」に関連してのことであり、根本原因を明らかにしたうえで「難民問題」に対処するという姿勢はどの党派も打ち出していない。欧州では「難民の無条件受け入れ賛成」を言わなければ即刻「極右」「ネオナチ」という罵声が飛んでくる雰囲気が作り上げられているため、「触らぬ神に祟り無し」といったところなのだろうか。
EUがスペインに強制しようとしている緊縮財政の強化については、本来なら選挙戦最大の争点になるべきものだろう。しかしこれにしても各政治勢力の対応を望むことはできまい。国民党、シウダダノス、社会労働党は、減税などの絵に描いた餅を掲げながら 、選挙戦の目玉をカタルーニャ問題とポデモス悪魔化にすり替えて国民の視点をはぐらかそうとするだろう。ポデモスにしてもEUの攻勢に対してどう具体的に対処するのか、もう一つはっきりしたものを打ち出していない。ただこれについていくつかの事実を踏まえておきたい。
まず、年々増え続けていたスペインの公的債務額が今年1月になってついにGDP(国内総生産)を超え1兆8百億ユーロ(約132兆円)に達してしまった。公的な赤字額の総計も90億ユーロ(約1兆1千億円)台に乗り、その分はさらなる借金で補わなければならないのである。それには年々膨らむ年金や他の社会保障に、超巨大な「金食い虫」となっている建設バブル期の遺物の維持費が加わる。ラホイ国民党政権は一昨年以来「経済の回復」を「経済危機は去った。それはすでに歴史となった!」と豪語するまでに強調してきたが、実態はこの通りだ。(スペインの建設バブルについては、当サイト『バブルの狂宴:スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウン』、『バブルの狂宴が終わった後は』、および《公営事業は野獣の餌場》、《腐りながら肥え太ったバブル経済の正体》を参照。)
加えてスペインの代表的な銀行が抱える赤字額は270億ユーロ(約3兆3千億円)に上っている。それもそのはずで、バンコサバディュ、バンコポプラル、BBVA、カシャバンク、サンタンデールの大手5銀行は、2007年まで続いた建設バブルの負の遺産である不良債権を、公表されているものだけで、いまだに1千億ユーロ(約12兆2千億円)を超える規模で所有しているのである。ありがとう!アスナール!すべては君から始まった!(参照:『アスナールの「土地法改正」』)
スペインには250億ユーロ(約3兆円)規模の追加の構造調整が必要であり、EUが要求する赤字の割合を達成するには経済危機の時よりももっと厳しい緊縮財政を行わねばならないだろう。IMFもまた、スペイン経済の回復をあまりにも遅くか弱いものとみなして、その構造的な危機を警告しているのだが、政府はその赤字の削減を地方自治体に押し付けようとして猛反発を食らっている。
ラホイ政権のノーテンキぶりはもちろん国内向けの駄法螺に過ぎない。ブリュッセルはもはや堪忍袋の緒を切らせている。2016年の赤字率の予想はEUに約束した2.8%を大幅に超える3.6%であり、この赤字削減の不履行に対して20億ユーロを超える厳しい罰則が予想される。この5月18日にラホイはEU委員会と掛け合って、2.9%までの赤字削減の期限を2017年まで1年延長してもらい、もし国民党が総選挙で勝てば緊縮財政を実施するとEUに約束して、罰則を課するかどうかの決定を総選挙後に伸ばしてもらったようだ。
しかしIMFはスペインの経済成長の脆弱さと早急の調整措置の必要性を指摘し、さらにドイツ財務省の抗議を受けたEU理事会は赤字削減の期限延長を認めず、即刻の罰則と強力な緊縮財政の開始を求めた。彼らは力を合わせてスペインを「新たなギリシャ」にしたがっている。ブリュッセルは、次の2年間に80億ユーロ分の構造調整を実現させるために、スペインの次の政権が何であれ、赤字削減のための9種類の措置を要求(=命令)している。
すでに国内ではEUとIMFの意を汲む財界の動きが明らかになっている。5月17日にスペイン経営者協会会長のフアン・ロセイュは「正規雇用と社会保障は19世紀の概念だ」という、耳を疑うような言葉を平然と公言した。手厚い社会保障制度に保護される正規雇用のシステムを廃棄処分しようという意味だ。それにしても「19世紀の概念」とは! さらに6月3日にスペイン中央銀行会長のルイス・マリア・リンデは正規雇用労働者の権利を削減する労働改革の実施を要求した。それによって非正規雇用者を減らすことができる(??)という詭弁を用いてである。これは現在、労働者の猛反発を押し切ってフランス社会党政権が実施しようとしている労働改革の、さらにもう一歩先に進むものだ。このように、スペイン社会は「1%のための天国」に向けて欧州の先陣を切って突っ走らされることになるだろう。
確かに「1%」の者たちにとって、権利を要求しカネがかかってうるさいだけのヨーロッパの中下層民は最大の頭痛の種だろう。福祉社会はネオリベラルにとって打破すべき最大の敵である(参照:『ネオリベラル経済による福祉国家の破壊』)。たとえTTIP導入が失敗に終わっても、経済を崩壊させて福祉社会を破壊することは彼らにとって十分に可能な目標だろう。また文化も言葉も習慣も異なってまとまることのない寄せ集めの下層労働者は、その政策を進めるにあたって不可欠の条件となるだろう。中東・アフリカからの「難民」流入は実に好都合であるように思える。(参照:『現在進行中 2005年に予想されていた現在の欧州難民危機』)
さて、スペインでポデモスと中下層の国民がこんな忌まわしい時代の流れにどのように立ち向かうことができるのか、6月26日のスペイン総選挙でこの国の歩むどんな方向が示されるのか、注目したいところである。
《6月26日「やり直し総選挙」でも続きそうな政治空白》
スペインのもう一つの大問題であるカタルーニャ独立問題については稿を改めて検討したいが、ここで一つのことだけを取り上げてみたい。カタルーニャ州政府が独立に向けた体制づくりのために作った州条例について、スペインの憲法裁判所が片っ端から「違憲」の判決を下して阻止ししている。その中で注目されるのが「フラッキング禁止条例」と「エネルギー貧困救済条例」だ。
イベリア半島にもいくつかの場所でフラッキングによる石油や天然ガスの採掘が可能な場所があると言われる。スペイン政府はカタルーニャ州内にある石油・ガス田を確保しておきたいのだ。その技術を持っているのはどうせアメリカの企業だから、国民党政府としてはTTIP導入とセットにしたいのだろう。エネルギー貧困に関しては、さすがに選挙戦に不利になると見たのか、政府と憲法裁判所は部分的に歩み寄る姿勢を見せているが、どうせ選挙が終わったら「無かったこと」にするだろう。
ところで、昨年12月の総選挙の前に、国民党、社会労働党、ポデモス、シウダダノスの4党代表者による討論会が、スペインの民間メディアの尽力で実現した(参照:『スペインの政治動向を演出するTVショー』)。ただしその際に国民党から出席したのは副首相を務めるソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアだった。しかしこの6月13日に、党首のマリアノ・ラホイが直々に出席しての4党党首による討論会の開催が正式決定した。大いに注目したいところだが、前回の討論会とはちょっと異なる雰囲気になりそうだ。
昨年12月7日の討論会を主催したのは、ポデモスとシウダダノスという新興勢力をフィーチャーし続けたアトレスメディアだったが、今回の4党首脳討論会ではこれに国営放送のTVEと中道保守系のTV局テレシンコが加わっている。特にアトレスメディアの一角を担うラ・セクスタTV(パナマ文書をすっぱ抜いたICIJのメンバー)が排除された格好となった。このTV局は国民党の政治腐敗追及の中心になっており、前回の討論会でもこの局から選ばれた女性司会者が実に的確に(国民党にとっては嫌な形で)仕切っていたのが印象的だった。おそらく国民党がこの討論会にラホイを出席させる際にラ・セクスタの排除を要求したのだろう。
ここで、最新の世論調査による各党の支持率を眺めてみたい。6月4日にエル・ムンド紙が公表したシグマ・ドス社の調査では、国民党が31.0%(130議席)、ウニドス・ポデモス(ポデモス+統一左翼)が23.7%(80議席)、社会労働党が20.3%(77議席)、シウダダノスが14.0%(37議席)となっている。この中道右派系の新聞は国民党が前回よりも7議席を増やすという予想を発表するが、スペイン下院の過半数は175議席であり、やはり国民党+シウダダノスで過半数をとることは難しそうだ。
一方、同じ6月4日にエル・パイス紙が公表したメトロスコピア社の調査では、国民党29.9%、ウニドス・ポデモス23.2%、社会労働党20.2%シウダダノス15.5%(議席予想は無し)であり、シグマ・ドス社の調査とおおよそ似通っている。またこの数字と、投票する党をすでに決めている割合を考慮に入れてエル・パイス紙が算出した投票予想によると、国民党28.5%、ウニドス・ポデモス25.6%、社会労働党20.2%シウダダノス16.6%である。
いずれの予想でも、前回の選挙結果と同様に、国民党+シウダダノス、あるいは社会労働党+ウニドス・ポデモスで過半数をとることは難しい。12月から今までと同様の政治空白が、7月以降もさらに続くというのだ。12月20日の選挙後に国民党と社会労働党の「大連合」にあからさまな色気を出した元首相フェリペ・ゴンサレスは、今回の選挙では「大連合」を拒否する発言を行っており、スペインの「無政府状態」を終わらせる気はなさそうだ。もっともこのド狸のことだから実際にはどうなるか分からない。なにせ、ポデモスと統一左翼党の選挙協力によって、いままで二大政党制を支えてきた社会労働党が第3党に落ちぶれる可能性が高いのである。
しかしそうなってしまうと、もうこれ以上は待つ気を持たないEU、IMF、欧州中央銀行の「トロイカ」がいったいどう動くのだろうか。ひょっとすると、少なくとも経済政策だけでも、担当官を派遣して「トロイカ」による「直接統治」を行うことになるかもしれない。またひょっとするとそれが、外務大臣ホセ・マニュエル・ガルシア‐マルガジョの望むように、欧州連合内で国家をなくして連邦制を作っていくための布石になるのかもしれない。(参照:『スペインは「欧州連邦」創設の急先鋒!?』)
Bueno. Vamos a ver! (まあ、見てみよう。)
2016年6月5日 バルセロナにて 童子丸開
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3476:160606〕