翻訳「さよなら国際法」(ローレンス・デヴィッドソン)、ならびに訳者によるコメント「放射能汚染時代の国際法」

■放射能汚染時代の国際法

ホロコースト、イスラエル、パレスチナにかんする非常に多くの論考を発表している米国の中東研究者(ウェストチェスター大学教授)ローレンス・デヴィッドソンの「さよなら国際法」を拙訳ですがお届けします。その意図をすこし述べさせていただきます。

一昨年12月、戦争犯罪と人道に対する罪で逮捕状を請求され英国に入国できなかったイスラエル前外務大臣ツィピ・リブニを、検事総長の承認なくして立件されないという英国政府の法変更によって、この10月6日彼女ツィピ・リブニを入国させ英外務大臣ほか閣僚が「歓迎」したと報じられました。一方では3ヶ月前、パレスチナのイスラーム運動指導者シェイク・ラエド・サラー(Sheikh Raed Salah)が英国政府によって逮捕収監されています。
●ブログ・中東モニター:Abdul Bari Atwanによる同趣旨の記事参照。http://www.middleeastmonitor.org.uk/articles/middle-east/2912-british-justice-is-exposed-as-a-sham

著者ローレンス・デヴィッドソンは、第二次大戦後につくられたジュネーブ条約などの「普遍的な法の支配」が、イスラエル国家の横暴と米、英などその同盟国のダブルスタンダードによって、つぎつぎと反故にされ衰退してきたことを指摘し、「つぎのホロコースト」が「ここ西洋で」起きるだろうと警告しています。

ひるがえって、原発や放射能汚染にかんして、人権を軸とした「普遍的な法の支配」が存在するでしょうか。

現在私たちが当面しているのは、子どもや女性など住民をさらに危険にさらす被ばく線量や食品汚染などの政府のあまりにもご都合主義的で責任回避以外の何ものでもない「基準値」です。その政府、東電、原発推進派が参照する正当性の根拠は、IAEAおよびICRPの「基準」や「勧告」以外にありません。しかしその「安全基準値」は、DNAが発見される以前につくられたもので内部被ばくを十分には考慮せず晩発性がん障害の因果関係から放射線被ばくを除外することで成り立っている無責任なものです。ここには、核兵器および核(原子力)発電推進のための必要「措置」はあっても「人権を守る普遍的尺度」はまったく顧慮されていません。

そのことは、彼らIAEAやICRPの「報告」とチェルノブイリの被害の実態を比較すれば明らかです。いまだに死者数約4000人などと公表しているIAEAとWHOの談合合意と比較して、ゴフマンおよびバーテルの推計がほぼ同じだというヤブロコフ/ネステレンコの研究によれば、チェルノブイリ大惨事の1986年4月から2004年までの期間の全体の死者数は、合計死者数985000人と推定されているのです。

同じ積算根拠をもちいたクリス・バズビー博士は、フクシマの200キロメートル圏内の住民のがん患者を「40万人」と予測しています。またベラルーシのバンダシェフスキー教授は、とくに食品体内摂取からのセシウム137による傷害プロセスは「多くの生命維持に重要なシステムの組織的・機能的障害を誘発する。その主たるものが心臓血管系である。」と(その他の臓器・内分泌系などについても)科学的に論証し警告しています。ベラルーシでは「住民の死亡率が出生率を2倍以上上回るという人口統計上の大惨事」を招いていると指摘しています。そこには、甲状腺、白血病、すい臓、前立腺、肺、皮膚、骨、実在するあらゆるタイプのがんが含まれます。食物から永久的・慢性的に摂取されると、放射性核種セシウム137は甲状腺、心臓、腎臓、脾臓、大脳など、生命活動のために重要な臓器に蓄積され、これらの臓器が受ける影響の度合いは様々である、といいます。

これは人道に対する犯罪、戦争に匹敵する恐るべき人権状況だというべきです。この状況から避難(回避)すること、予防することが個人の責任に任され、その補償は制度的には市民が闘い取るほかないという理不尽な不安と負債が数百万人に襲いかかっているのです。しかもこの放射能汚染は、何十年、何百年のスケールで人類を襲い、アラモゴードもセミパラチンスクもビキニもサハラもファルージャもチェルノブイリもフクシマも同様に地球規模で襲われています。

問題は、ICRPの「安全基準値」からはこれらの疾病が予測されず、従って予防されず、因果関係が認められず、従って補償されない、という恐ろしい事実です。一方、イスラエルの核兵器は事実上容認し、イランや北朝鮮の核を誇大に敵視し日本などの大量のプルトニウム保有を隠蔽容認して不公正な国際的「二重規準」を振りまいている組織がIAEAです。こうしたIAEA/ICRP体制に対し、ECRR欧州放射線リスク委員会をはじめ、IPPNW核戦争防止国際医師会議、ドイツ放射線防護協会、ベラルーシの放射線防護研究所、フランスの独立系放射能研究団体クリラッドなどの市民による独立系放射線防護組織のおかげで私たちは真実を知ることができるのですが、ECRRの勧告やレスボス宣言はまだ国際法的な拘束力をもちません。つまり、放射線被ばくにかんする人権擁護の「普遍的な法の支配」はまだ確立されていないのです。

1949年のジュネーブ条約が第二次大戦の大量の一般市民の惨禍、とりわけナチによるホロコーストの経験からつくられたことは言うまでもありません。しかしパレスチナを占領地とするイスラエルの米欧による擁護は数々のダブルスタンダードを生み出し、ジュネーブ条約および国際刑事裁判所の「法の力」を弱体化させてきました。ダブルスタンダードは、隠蔽と責任回避の構造です。しかしジュネーブ諸条約は現に存在し、194カ国の加盟国を擁しています。再生の鍵は世界の民衆のちから以外にはありません。

ところが地球上の全生物に遍く降り注ぐ放射能汚染―これこそあからさまに隠蔽と責任回避の構造ですが―から人間および全生物を予防、保護し、核兵器、劣化ウラン兵器、原子力産業を規制・禁止し、人道に対する罪として裁く国際法、「普遍的な法の支配」はいまだ存在しません。欧米など一部大国による核管理体制、イスラエル擁護の体制こそ人道に反するダブルスタンダードを生み出している根源です。世界市民のちからで、放射能汚染時代の国際的人権法をつくるべきときです。それがヒロシマ、ナガサキ、スリーマイル、チェルノブイリ、フクシマを経験した人類の努めであり、ダブルスタンダードを乗り越える唯一の道です。

国際常識とかけ離れた「基準値」を国内常識に押し付けるのは、この原発・放射能問題だけではなく女性の人権や難民問題など古くからのこの国の政府のやり方です。これからの放射能との長い闘いを考えると、人権擁護の国際条約が必須に思えてなりません。以上が本論考を訳出した意図です。

======以下訳文======
Lawrence Davidson Goodbye to International Law
Posted: 29 Sep 2011 04:41 AM PDT
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by Dr. Lawrence Davidson

■さよなら国際法

ローレンス・デヴィッドソン

パート1―衰退する普遍的な法の支配

2011年2月12日に、私は普遍的な法の支配というテーマを分析してみた。これは、その記事の最初のパラグラフである。

「第二次世界大戦の終結に続く真に進歩的な行動のひとつは、普遍的な法の支配(UJ=Universal Jurisdiction)(あるいは普遍的管轄権)という原理が創設されたことである。これらの違反行為が国境の外で侵犯された場合でさえ、UJは、(ジュネーブ諸条約のような)さまざまな国際条約および協定がこれらの条約の違反者を訴追するために諸国家に与えている合法的なプロセスである。とりわけ被告人の属する当事国政府が、この疑わしい違反行為を裁く意思がないと見なされる場合に適用される。この原則の背景にある前提は、犯される犯罪があまりにはなはだしい人間性全体に対する犯罪と見なされているということである。ナチのホロコーストおよび他のこうした人間性に対する犯罪の結果として、UJは、ほとんどすべての西側諸国によって不可欠かつ積極的な法的手段として承認されてきた。」

第二次世界大戦が終了して66年がたち、(シオニストによる政略的なツールとしての呪文を除けば)強制収容所の記憶も色褪せた。またカンボジア、ルワンダ、ボスニアのようなあとに続く大虐殺は、大国の政治的な考え方における人間性に対する犯罪の中心ないし表面の問題を維持させるには十分ではなかった。ヨーロッパ世界の周縁あるいははるか遠くで犯されたこのようなじつに恐るべき犯罪が、ナチのホロコーストがそうであったと同じようには象徴的な重大性をもつとは見なされなかったということが歴史的な事実である。したがって人は注意をはらうことをやめてしまう。それがこれらの犯罪に対するUJのような予防手段の衰退をもたらしているのだ。

さて、この衰退のプロセスを証明してみよう。2011年9月15日、英国は、英国の裁判官によって発せられた普遍的な司法権を証明しているどんな逮捕礼状にも拒否権を行使するため、検事総長という人物において政府に許可を与えることによって、そのUJ法を変更した。その意味することは、人道に反する犯罪が英国の強力な味方の代理人によって犯されている場合、政府はそのような人物が英国の地を訪れている間どんな逮捕のリスクをも否認することができるということである。これは、たまたま2009年に前外務大臣ツィピ・リブニのようなイスラエルの要人に出された逮捕令状に対する英国政府の反応である。英国のUJ法は、ジュネーブ第四条約に調印している英国の美徳として存在しているのだが、それは問題ではないようだ。イスラエルとの友好関係のために、英国政府は喜んで国際法における義務を現実味のないものに変えているのだ。

もちろん、英国政府はその執行についてそのような説明はしない。司法長官ケネス・クラークは、政府は「国際的義務にかんしては潔白である」と力説している。法におけるこの変更は要するに、「国際法の場合、起訴が成功裡に導かれるだろうという信頼できる証拠を基礎にしたときだけ手続きが実行される…ことを確実にする」ため、入念に計画されているのである。パレスチナ人に対するイスラエルの犯罪は最も多くの証拠文書に記録されているという事実は、クラーク(訳者註:John Hessin Clarke:米国の法律家、最高裁判事、1857~1945)の司法の世界の一部ではないようである。もっとはっきり言えば、英国の駐イスラエル大使マシュー・グールドによれば、戦争犯罪および人道に対する罪としてイスラエルに対して出した逮捕令状は、かえって英国司法制度が「政治的理由のため」実行した「誤用乱用」ということになる。

パートⅡ―ダブルスタンダード

じっさい英国政府がしたことは、ダブルスタンダードの制度化である。ちょうどカッサム旅団(ハマス武闘派)のトップがだれか病気の友人を見舞いにヒースロウにやってきたら何が起こるか想像してみよう。英国のシオニストは一時間以内に逮捕令状を裁判の争点にし、英国政府は何の疑問もなくそれを執行するだろう。そこで、ほぼ同時にイスラエル軍少将ヨアフ・ギャラントが着いたと想像してみよう。ギャラントは、国際法のもとで(しばしば彼ら自身によっても)禁止されていた新兵器をテストするため、ガザを「理想的な訓練地帯」に変える作戦だと公然と述べたキャスト・レッド(溶けた鉛)作戦最中のイスラエル軍参謀総長であった。このUJ法の新たな修正によって、ギャラントにはまったく何も起こらないであろう。そのダブルスタンダードは、完全に「政治的理由のため」という機能を果たしているというわけだ。

これは、他の国々がほぼ間違いなく英国の例に続くであろうから、破滅を招く前例となる。ところで、これが国際法の衰退にかんする唯一のケースではない。公海上の行動を標準にしている国際法に対して、最近その争点を強要したと思われる異議を唱えた国があった。またしてもイスラエルである。すべての主要大国および国連が、公海上における非武装のトルコ人の船を攻撃し9人の乗員を殺害したイスラエルの責任を放免しようとしたことを証明したのだが、これは事実の一部である。唯一トルコだけが、国際法の見解における立場をとった。ついで、国際刑事裁判所(私の分析:「国際法と施行の問題」2011年6月4日を参照)にかんする米国の腐敗が存在している。パレスチナ人に対する日々の犯罪を犯し占領地に自分の住民を移動させることで国際法に違反していても、その同盟国―またしてもイスラエル―を守るために、米国は安全保障理事会で繰り返し拒否権を発動しているのである。

パートⅢ―結論

一般的に言って、大国あるいはその同盟国の一員であれば、政府は、自分の国境内で自分の国民のためにそれをするかぎり、まさに望むあらゆる残酷なことでもすることが出来るということになる。したがって、もしヒトラーが大国の首相として、すべての最後のドイツ・ユダヤ人、コミュニスト、知的障がい者などの殺害に執着していれば、彼はほとんど確かに罰を受けずに済んでいただろう。それが統治権力ということだ。もしサダム・フセインが米国の同盟国として、何万人というイラクのクルドおよびシーア派の殺害に彼自身が専念していたなら、誰も邪魔立てはしなかったであろう。しかし、これら双方のケースでは、独裁者は露骨な自衛以外の理由で国境を横切ることによって、大国の激怒を招く誤りを犯した。

ところでイスラエルは、この基準(あなたが虐殺をするなら自分の領土に釘付けになる)は気ままなものであるということを示した。彼らは、いつどんな時でも(彼らの大国のパトロンがするように)国境を横切る。私の推測は、イラクと違ってイスラエルはクェートに侵入できて、何の罰も受けなかっただろうということだ!それがまさしく彼らが米国によって守られているという事実以外の何ものでもない。ワシントンは同盟国をコントロールしない。同盟国がワシントンをコントロールしているのだ。AIPACのようなイスラエルの前哨組織が、「地上の超大国」の政府にたいして関係する中東外交政策を命令し情報の流れを支配している。両院合同決議、ネタニヤフ好みのスタンディング・オベィション、「イスラエルはヨルダン西岸を併合する権利を有する」という馬鹿げた宣言、このような流れが米国議会の議場から途切れなかった理由である。

これは異常である。われわれすべてと次のホロコーストとの間に立って存在するものは、普遍的な法の支配という国家間協定の対策および国際法である。しかし誰が管理するのか?米国や英国ではない。ましてシオニストでもない。違う…。記憶はあせる。ダブルスタンダードは、結局、普遍的な人間の弱点である。それは再び起きるのは、もはや時間の問題である。バルカンやアフリカや極東のような遠く離れた場所ではなく、この西洋で再び起こるであろう。まるで第二次世界大戦の一般市民に対する大惨事などまるでなかったかのように…。

(松元保昭訳)
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
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