バルセロナの童子丸開です。
先日のカタルーニャ州議会選挙については日本語ニュースでもかなり取り上げられており、私からも速報でお知らせしたとおりです。今回はその前後の状況と分析、今後の見通しなどを含めて、記事としてまとめました。いつもながら長いものですが、お時間の取れますときにでもごゆっくりとお読みいただけましたら幸いです。
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http://bcndoujimaru.web.fc2.com/spain-3/Suiciding_nationalism_in_Spain-6.html
自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(6)
こんな異常な状況にある社会の中で生きていくというのは、このカタルーニャに住む者にしか味わうことのできない歴史的変化の目撃者となる、ある意味で“幸運な”ことなのかもしれない。関西弁に「おもろい」という言葉があるが、当事者として、時には危険に巻き込まれることをも覚悟して、目の前で起こっていることにぶち当たり認識を深めていくときにしか言うことのできない表現だ。その意味で「おもろい所に住んでしまったなあ」というのが、筆者の正直な感想である。
2017年12月21日にカタルーニャ州議会選挙が行われたが、これは、今から始まる本当の大混乱の序曲に過ぎないのだろう。この選挙とその前後の状況をここでまとめておき、また新たな展開があれば引き続き書いていくことにしたい。
2017年12月26日 バルセロナにて 童子丸開
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●小見出し一覧
《カタルーニャがスペインを叩き潰した!?「傭兵軍団」の大勝利》
《12月21日カタルーニャ州議会選挙の結果》
《シウタダンスの躍進とポデモス系党派の退潮》
《謎の「失策」と中央政界の大激震》
《難しい選択肢:独立派はどうする?》
《鍵を握るのは司法機関と警察機構》
【写真:12月21日のカタルーニャ州議会選挙での二人の「勝者」:左はシウタダンスの筆頭候補イネス・アリマダス、右はJxCAT(ジュンツ・パル・カタルーニャ)筆頭候補カルラス・プッチダモン(ラ・バングァルディア紙)】
《カタルーニャがスペインを叩き潰した!?「傭兵軍団」の大勝利》
スペイン憲法155条適用による自治権剝奪状態で行われた2017年12月21日のカタルーニャ州議会選挙の2日後、12月23日に、マドリードのサンチアゴ・ベルナベウ球技場でレアル・マドリードとFCバルセロナ(バルサ)のサッカーの試合が行われた。世界的に注目を浴びた12月21日の選挙では日本語ニュースでも報道されていたとおり、カタルーニャ独立派が大方の予想に反して議席の過半数を制したが、それについての詳細は次からの項目で語ろう。最初に、現在のスペインの状況を最も象徴的に示しているこのサッカーの試合について触れたい。
スポーツに政治を持ちこむなという人々がいるが、それは競技場での選手たちによる試合だけを見ての理想論だ。スポーツは政治・経済・社会・言論・文化の全体に幅広く深くその根を持っており、選手と試合だけを取り出して他と切り離す方がおかしい。特にサッカーの試合はナショナリズムや地域主義が最も強く発露される場である。各国代表チームの試合は、程度の差はあれ、戦争とほとんど同じ意味合いを持たされてしまう。国内リーグのクラブチームの試合にしても同様なのだが、『スペインとカタルーニャの「代理戦争」』でも書いたように、世界中にあるクラブチームの中でレアル・マドリードとバルサの2チームは特別に強くその性格を持っている。
エル・クラシコと呼ばれるレアル・マドリード対バルサの試合は、スペインとカタルーニャの「傭兵軍団」による「代理戦争」である。スペイン(カスティージャ)・ナショナリズムにとってエル・クラシコでのレアル・マドリードの勝利は、傲慢な反逆者のカタルーニャを叩き潰し足下に従えることに他ならない。同様にカタルーニャ・ナショナリズムにとってバルサがレアル・マドリードに勝つことは、カタルーニャが暴虐を極める支配者のマドリードを打ち破って自らを解放することなのだ。昨シーズンに欧州と国内で二重のチャンピオンに輝いたレアル・マドリードだが、今シーズンは不調が続き現在のところ国内リーグで4位と不本意な成績である。しかしこのエル・クラシコは特別な試合である。
ところが12月23日にレアル・マドリードの本拠地で行われた試合で、前半のレアル・マドリードによる猛攻撃をしのぎ切ったFCバルセロナが、後半に効率の良い攻撃で次々とゴールを奪い、0対3で派手な勝利を収めた。わずか2日前のカタルーニャ州議会選挙での予想を裏切る独立派過半数確保に続いて、スペイン・ナショナリズムにとってはまさに屈辱的な敗北だった。それも、前半の圧倒的な優勢の中で主力選手が見せた無様なミス、後半に起こった致命的な守備の混乱と反則によって、世界中の7億人がTVで視聴する中、これ以上は無いほどの惨めな姿で敗北したのだった。
この試合の後、記者団のマイクを向けられたレアル・マドリードの主将セルヒオ・ラモスは次のように言った。「バルセロナじゃ、俺が刑務所に入らなければならないと言うだろうな。プッチダモンと同じようにね。」ラモスはこの試合中に上腕でバルサの主力選手ルイス・スアレスを思いっきり、明らかに意図的に、ぶん殴ったのだ。目の前でそれを見ていた主審はラモスに警告のイエロー・カードを出したのだが、マドリード寄りのメディアですら「あれはレッド・カードの一発退場がふさわしかった」というほどのひどい暴力で、哀れなスアレスは顔を抑えたままピッチにうずくまってしばらく起き上がることができなかった。「紳士のチーム」を自称するレアル・マドリードはピッチ上の暴力と汚さで有名であり、往々にして審判団の不公平な判定によって助けられる。このような姿はスペイン支配階級の使用人である国民党にそっくりだが、あのフランシス・フランコが熱愛したチームであり、会長(事実上のオーナー)があのフロレンティノ・ペレスなのだから、それも当たり前かもしれない(ペレスについては《真の権力者はどこにいるのか?》参照)。
先ほどのセルヒオ・ラモスの言葉は、もちろんだが、カタルーニャ独立派の先頭に立ち現在ベルギーの首都ブリュッセルに滞在中の前カタルーニャ州知事カルラス・プッチダモンのことを語っている。12月5日にスペイン国家から出されていた彼に対する欧州逮捕状が取り消された後も、スペイン国内に戻った瞬間に逮捕・投獄されるはずの身である(《プッチダモンへの欧州逮捕状を取り下げたスペイン国家》参照)。ラモスの言葉を多少補うと次のようになる。「カタルーニャ人たちは、俺がスアレスに対してやったことを見て、俺が逮捕され刑務所に入らなければならないと言うだろうな。ちょうど俺たちがプッチダモンを逮捕して刑務所に放り込めと言っているようにね。」彼は、自分がスペインとカタルーニャの代理戦争を戦う傭兵であることを十分に自覚している。
一方のプッチダモンは、マドリードの刑務所で拘留中の独立主義者4人へのツィッターによるクリスマス・メッセージの中で次のように語った。「我々は最高の1週間を、スポーツでの歓喜と共に、たっぷりと過ごしている。」もちろんこの「スポーツでの歓喜」はFCバルセロナがレアル・マドリードを完膚なきまでに打ちのめしたことであり、州議会選挙での独立派の勝利、とりわけ彼の政党JxCAT(ジュンツ・パル・カタルーニャ)が予想を裏切る多くの議席を得た勝利と並んで、彼に「最高の1週間」をもたらしたのである。彼もまたバルサがカタルーニャ・ナショナリズムの傭兵軍団であることを十分に知っている。ちなみに、憲法155条がカタルーニャ州に適用されプッチダモンがブリュッセルへと逃れる直前の10月29日にもやはり、彼の出身地ジロナ市のジロナFCがレアル・マドリード相手に大逆転劇で勝利している(《突然ブリュッセルに現れたプッチダモン》参照)。この2カ月の間にスペイン・ナショナリズムは度重なる堪え難い苦汁を味わわされてきたわけだ。
《12月21日カタルーニャ州議会選挙の結果》
12月21日に行われたカタルーニャ州議会選挙結果について詳しく見てみよう。この選挙によって新たな州政府が形作られるときが、スペイン中央政府による憲法155条適用の終了と自治権の回復を告げるものであるはずだ。少なくともその建前としては…。ラホイ政権が10月27日に国家が地方の自治権を剝奪するこの155条適用を決定し12月21日に州議会選挙を行うと発表したことについては《バルセロナの55日》を参照のこと。
カタルーニャ州議会の議席総数は135、過半数は68。選挙は小選挙区比例代表制。
候補者名簿を提出した主要政党・政治グループは、
★JxCAT(ジュンツ・パル・カタルーニャ:民族主義右派):前州政府知事カルラス・プッチダモンを筆頭候補にする
★ERC(カタルーニャ左翼共和党:民族主義左派):前州政府副知事ウリオル・ジュンケラスを筆頭候補にする
★CUP(人民連合党:民族主義強硬派・反資本主義):前州政府与党と独立に関して共闘した
【以上★3党が独立派政党】
◎CatCP(カタルーニャ・シ・カ・アス・ポッ・イ・プデム:非民族主義的な左翼):全国政党ポデモスと共同歩調をとる
【一方的独立には反対、155条適用にも反対の「中間派」】
■PSC(カタルーニャ社会党:非民族主義、中道左派):全国政党PSOE(スペイン社会労働党)と共同歩調をとる
■C’s(シウタダンス:反民族主義、中道右派):全国政党C’s(シウダダノス)のカタルーニャ支部
■PPC(カタルーニャ国民党:反民族主義、中道右派):全国政党PP(国民党:現中央政府与党)のカタルーニャ支部
【上記■3党が反独立派政党、155条適用を推進】
それぞれの政党の獲得議席数と得票%を見よう。( )は順に前回2015年と前々回2012年の州議会選挙結果だが、JxCATとERCは前回は合同会派JxSi(62議席、得票率39.54%)を作っており、各党の数値は不明である。また得票%の数は23日(99.89%開票時)のものであり、外国からの投票などが加わった100%のものではない。なお、投票率は81.98%(前回74.95%、前々回67.76%)と、カタルーニャ州議会選挙での記録的な数字である。
★JxCAT 34議席(-、50議席) 21.65%(-、30.68%) ※前々回はCiU(集中と連合)
★ERC 32議席(-、21議席) 21.39%(-、13.68%)
★CUP 4議席(10議席、3議席) 4.45%(8.20、3.48%)
【独立派合計: 議席数70(過半数)、 得票率47.49%】
◎CatCP 8議席(11議席、13議席) 7.54%(8.94%、9.89%) ※前々回はICV‐EUiA(左翼・環境主義政党)
【ここは「中間派」】
■PSC 17議席(16議席、20議席) 13.88%(12.74%、14.43%)
■C’s 36議席(25議席、9議席) 25.37%(17.93%、7.58%) ※
■PPC 4議席(11議席、19議席) 4.24%(8.50%、12.99%) ※
※ 12月23日時点(99.89%開票時)ではC’sが37議席、PPCが3議席となっていたが、24日になって外国からの投票が加わった時点でPPCが1議席増えてC’sが1議席減った。
【反独立派合計:議席数57、 得票率43.49%】
独立3党派(JxCAT、ERC、CUP)の合計は、得票率(23日時点)で過半数にやや足りないものの、議席数では過半数を突破している。しかしながら、JxCATとERCは一方的な「共和国建設」の方針撤回を打ち出し、CUPは即時の「共和国建設」に固執している。独立派内部での歩調を合わせることは難しいだろう。一方で、反独立3党派(PSC、C’s、PPC)の合計は57議席で、独立に積極的に反対する勢力は得票率では独立勢力をやや下回る程度の勢力を保持している。しかしその中でPSCは独立には反対するもののカタルーニャの権利拡大とスペインの多様性の容認を主張しており、スペイン(カスティージャ)ナショナリズムへの順応に固執するC’sとPPCとは対立するため、反独立派も到底「一枚板」にはなりえない。
《ナショナリズムに囲い込まれるスペイン社会》で述べたように、選挙直前の世論調査によるほとんどの予想では、独立派も反独立派も議席数で過半数に達しないと思われていた。ただ世論調査での問題点は「未定」層をどのようにとらえるかだろう。独立派にせよ反独立派にせよ、何があろうとも最初から「ここ!」と決めたところに必ず投票する強固な層がある。そうではないいわゆる「浮動票」が問題だ。そこで、投票率が上がれば反独立派が有利だろうと予想されていた。ところが、投票率が前回よりも7%も上がった結果、反独立派の期待を裏切って、「未定」層の多くが独立派に投票したと思われる。
また議席数で第1党となったのがシウタダンスであり、中央政府与党の国民党がわずか4議席と、まるでバルサに惨敗したレアル・マドリード状態になったことは大方の予想を超えた。同様に独立派内部で、JxCATがERCを上回ったこととCUPが惨敗したことも予想から外れた。独立、中間、反独立のそれぞれの陣営で何が起こり、今後どうなりそうなのかについては、次からの項目に譲ろう。
《シウタダンスの躍進とポデモス系党派の退潮》
大躍進で第1党になったシウタダンスを牽引したイネス・アリマダスについてはこちらのNews Weekコラムニスト木村正人氏のお書きになった文章に詳しい。このコラムにはアリマダス自身についてと共に、このカタルーニャ問題に潜む多くの事実が挙げられているので、非常に良い参考になると思う。このシウタダンス(全国党派名はシウダダノス)は、《ポデモスとシウダダノス》および《再び、ポデモスとシウダダノス》に書いたようにその背後に不明な点があり、私としては信用することができない。しかし木村氏が書かれているとおり、最も先鋭的に独立阻止に向けて動くシウタダンスへの投票が、大都市部の労働者階級の意識を代表していることは確かだ。選挙結果を市町村別に見ると、バルセロナ、ウスピタレッ・ダ・リュブラガッ、バダロナ、タラゴナ、リェイダなど、人口が集中し商工業の盛んな都市で、ほぼ間違いなくシウタダンスが最大の得票をしている。そこは以前なら社会主義者の強固な地盤だった。
都市労働者たちの多くはアンダルシアなどの貧しい地域から近代産業の発達したカタルーニャに移り住んだ人々かその子孫だ。たとえばバルセロナでは人口の半数以上が非カタルーニャ人とその子孫たちである。その人々の存在抜きにカタルーニャの産業と経済を語ることはできない。先ほどのイネス・アリマダスにしてもアンダルシアのカディス市出身の弁護士であり、カタルーニャ社会の下層部を形成する人々の心を知りぬいている。
余談だが、私が知っている多くの(純正)カタルーニャ人のバルセロナ市民たちは、バルセロナのすぐ隣にあるウスピタレッ・ダ・リュブラガッやサンタ・クロマ・ダ・グラマネッに足を踏み入れたがらないし、そこの人と付き合いたがらない。そのような都市では非カタルーニャ人とモロッコ人、パキスタン人、中国人などの外国人の割合が高いのだ。バルセロナ市内でも伝統的に多くの非カタルーニャ人労働者たちの居住地域になっているノウバリス地区などで住みたいとは思わないだろう。日本の「同和地区」のような差別がそこに厳然として存在する。これもまた、まぎれもないカタルーニャの現実なのだ。
一方で、本来ならそういう労働者たちにとって最も頼りにされなければならないはずのポデモス系党派(CatCP)は、前身のICV時代と比べてすら支持を失っている。「独立か、反独立か」という二者択一の罠にはまってしまい、本来の反資本主義的左翼が持つべき階級的視点を失ってしまっていることが原因であろう。私は『パブロ・イグレシアスが語る』や《「ポデモス旋風」は消えたのか?》などの中でポデモスに対する期待と不安を書いてきたし、《スペインは、ポデモスは、いったいどこへ?》や《ポデモスの未来は?》、《ポデモスはどこに行くのか?》でその不安が次々と現実になっている様子を書き留めた。特に党首のパブロ・イグレシアス自身が持つ欧州左翼としての悪弊と限界がこの党を「根なし草」へと追いやってしまっているように感じる。
当サイト『左翼のリベラル化と極右の台頭』に欧州で労働者階級が右翼によって束ねられていく様子が説明されているが、これは本来なら労働者階級の側に立つべき左翼政党が中産階級のリベラルな運動に引きずられ、根なし草になっていったせいだ。欧州左翼はもはや中産階級のインテリ運動でしかない。社会労働党はその根を基本的にスペイン(カスティージャ)・ナショナリズムに置いている。以前は「片足」を突っ込んでいたが今は「両足」だ。もはやこの党は中道左翼ですらありえない。資本家の利害を代表し腐敗の度を強める国民党から都市労働者たちが離れるのは当たり前だ。しかし、その支持を吸収するのは、残念ながら、より先鋭化するナショナリズム、つまり右翼運動なのである。
カタルーニャ独立の動きは、基本的にこの地の農民や地元資本家と中産階級の運動でる。私は以前《独立騒動の影で進行する厳しい現実》の中で次のように書いた。
『見せかけだけの「景気回復」のなかで進行する貧困の増大と社会の「上下2分極化」こそ、スペイン人とカタルーニャ人が手を結んで解決しなければならない最も重大で最も緊急の問題のはずである。歯止めの利かないナショナリズムを焚きつけて人々を分裂させることは、やはり、この最も重大で最も緊急の問題を永久に解決できないようにさせる罠、詐欺ではないかと思う。』
「スペイン人とカタルーニャ人が手を結んで…」、もっと言えば、「スペイン人とカタルーニャ人の労働者が手を結んで、農民や中産階級を巻き込みながら…」ということだが、残念ながらポデモスはそのような動きを作ってまとめるような器では無かったようだ。その代わりに新興右翼が「歯止めの利かないナショナリズム」をますます焚きつけつつある。
《謎の「失策」と中央政界の大激震》
それにしても、『自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(4)』の中で書いたことだが、ラホイ政権はどうして12月21日を州議会選挙と決めたのだろうか? 先ほども述べたように、独立派にも反独立派にも、何が起ころうとも自分が最初から決めている方針で投票する強固な層がある。そんな中で反独立派を過半数に導こうとするなら、浮動票の部分と「中間派」であるポデモス系の支持者を反独立の方向に向けていく必要がある。しかしそれが、憲法155条適用のわずか55日間で実現できると本気で考えていたのだろうか? 意図的な「失策」でないとしたら、とんでもない甘い見通しだったと言わざるを得ない。一体誰がそんな決断をラホイにさせたのだろうか? 副首相のソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアかもしれないが、今のところはっきりしない。
また従来なら国民党の地盤だった地区が、社会労働党の旧来の地盤と同様に、軒並みシウタダンスに奪い取られている。これには二つの見方が可能だろう。一つは、反独立派にとってさえも「カタルーニャの地元」が第一であり、マドリードからの押し付けはご免だというある種のカタルーニャ・ナショナリズムの現れ、という考え方だ。シウタダンスは今でこそ全国政党シウダダノスとなっているが、本来はカタルーニャ独自の政党だった。もう一つは、独立派に対する国民党中央政府の対応の誤りという見解だ。中央政界でシウダダノスは10月1日の住民投票以前、9月中の憲法155条適用を強く主張していた。バルセロナなどの大都市圏で独立派と対峙する独立反対派の危機感と緊迫感は並大抵ではなかったのだ。国民党はみすみす住民投票をやらせてしまったうえに、投票阻止にほとんど有効ではなかった弾圧によって、国際的非難と、地元企業や外国人観光客への不安を掻き立てた。すでに3000を超える企業がカタルーニャ外に本社を移し、外国からのカタルーニャへの投資が25%も減少し、観光客も大幅に減少した原因の一端が、中央政府とラホイ国民党政権の対応にあると考える人は多いはずだ。
私としては後者の見解が的を得ているように思う。独立反対派にとって、どうせやるなら手遅れにならない段階で徹底的にやっておくべきだったのに、ということだろう。ダラダラと時間を引き延ばして、あたかも予め擦り合わせていたかのような10月27日の独立宣言と憲法155条適用決定のタイミング、プッチダモンをみすみすブリュッセルに逃したこと、そして意味不明な州議会選挙の日程、等々、独立運動に危機感を持つ人々を中央政府不信に陥れる要素はいくらでもある。もちろん反独立派の願望通りに中央政府が動いていたら、それこそ「フランコ主義スペイン」の国際的な大非難がスペイン国家を追い詰めていただろうが、しかしそれを望むのがナショナリズムなのである。
おまけにせっかくの憲法155条適用は国民党にとって何一つ有利に働かなかったばかりか、逆に独立派の反骨精神に火を付けてしまった。加えて、10月16日に逮捕されて以来獄中にいる二人の民族主義団体代表者と11月2日に逮捕・投獄されたままの二人の前州政府幹部の存在が、この選挙に向かう独立派の反逆心を維持する大きなエネルギー源となった。それは間違いなく、今まで投票場に向かわなかった人々を「アンチ‐反独立」へと向かわせただろう。独立派の現実を超越した思考と行動による失敗を、ラホイ政権のあまりにも稚拙で間の抜けた対処によってチャラにしたばかりか、国民党中央政府の未曾有の危機を導くという「おまけ」まで与えてしまった。
いずれにせよ、今回の選挙結果は国民党とラホイ政権の中に非常に深刻な分裂をもたらすことになるだろう。いまはクリスマス休暇中で「停戦状態」なのだが、それが終わるといろんな炎が噴き出してくるに違いない。特にカタルーニャへの対応を担当し「対話路線」を進めてきた副首相サンタマリアへの攻撃が強まるものと考えられる。すでにホセ・マリア・アスナール前首相が率いるシンクタンクFaesは表立ってサンタマリア非難を開始しており、首相府事務室長だったホルヘ・モラガスが辞任した。サンタマリアとの対立が原因とされるが、彼には国連代表部の座が決まっており、辞任の意思をかなり前から固めていたのだろう。また国民党ナンバー2で総書記のマリア・ドローレス・デ・コスペダルとの「熱い戦争」が開始されそうな雰囲気である。
またシウダダノスの勢力拡大が全国規模で起こることは十分に考えられる。国民党は今後この新興右派政党への敵対を強めていくだろうが、それは議会運営に相当の影響を与え、ラホイ政権の身動きが取れなくなる可能性が高い。また社会労働党でも地方特権の拡大を主張するPSC(カタルーニャ社会党)に調子を合わせたペドロ・サンチェス執行部の方針を見直す動きが強まっている。
《難しい選択肢:独立派はどうする?》
カタルーニャ人たちの実際の心情はどのようなものだろうか。独立に反対する人々については先ほどの木村正人氏の記事で紹介されている。心情的に独立に傾くカタルーニャ人たちの気持ちは、ウエッブ日本語スポーツ誌fotbalistaの11月21日付『なぜカタルーニャは独立を望む? カタルーニャ人記者の複雑な胸中』に書かれていることが最も良い参考になるだろう。スポーツ誌とは思えない優れた内容の記事である。これを読めば、なぜ深刻化する経済問題が独立派の「転向」を促進しにくいのかの理由が分かるだろう。この問題の根っこにはもっと多くの複雑な要因があり、暴力で脅すことでもカネで釣ることでも解決不可能なのだ。
しかし今はそれを掘り下げる余裕はない。選挙後の独立派政党の予想される動きについて語らねばならない。JxCAT(ジュンツ・パル・カタルーニャ:民族主義右派)、ERC(カタルーニャ左翼共和党:民族主義左派)、CUP(人民連合党:民族主義強硬派・反資本主義)という、水と油と水銀のような根本的に混ざり合わない三つの勢力が、今からどのようにして新しい州政府を作るのだろうか。それに対して中央政府はどんな対応をしてくるのだろうか。
はっきりいって今後、どんな情勢がどのように作られていくのか、誰も何も分からない状態である。三つ合わせて「多数派を取った」とはいうものの、JxCATとERCはすぐに「共和国作り」に取り掛かる気は持たない。この点でCUPとは決別せざるを得ないだろう。では前2党で州政府ができるのかというと、そうは簡単ではない。第一、筆頭候補のプッチダモンはスペインに戻ることができず、ジュンケラスは刑務所から出ることができない。彼ら以外にもJxCATの名簿上位者2名が獄中で2名が国外、ERCも2名が国外にとどまったままである。それに加えて、《「非合法」の意味が分からない独立派》で書いたように、今後のグアルディアシビル(国家治安隊)や検察庁、裁判所の判断次第で、独立派政党の主要な人物たちが逮捕・投獄される、政党自体が非合法化される可能性すらある。
まずプッチダモンが州知事に立候補できるだろうか。しかしそのためには彼自身が(4人の前州議会議員をひきつれて)スペインに戻る必要がある。州議会選挙後の22日にJxCATの幹部で選挙対策委員長を務めたアルサ・アルタディがブリュッセルに飛んだが、プッチダモンのスペイン帰還の準備という観測も流れた。しかしそうなれば「国家反逆罪」による即刻の逮捕が待っており、保釈金を積んでの仮釈放が認められる可能性はほとんど無く、実質上首班指名に臨むことは無理だろう。同様のことはERCの党首で獄中にある前州政府副知事のウリオル・ジュンケラスにも言える。
プッチダモンがブリュッセルにとどまったまま、国外からカタルーニャ州政府を操るつもりではないかという観測もある。この場合、新しい州政府をアルタディとERCの候補者名簿第2のマルタ・ルビラが主になって型作ることになるだろう。そしてプッチダモンらは国外で実質的な「亡命政府」を形成するはずだ。このプランにはもちろん多くの困難があるが、他の欧州諸国への働きかけには案外と便利かもしれない。何せ、スペイン国家は「国家反逆罪」という重罪の内容を他国の裁判所から精査されることを恐れて慌てて引っ込めたくらいだ(《プッチダモンへの欧州逮捕状を取り下げたスペイン国家》参照)。中央政府が何かやるたびにプッチダモンはEU各国民に直接に呼び掛けることができる。
選挙結果が判明した直後、プッチダモンは中央政府首相のマリアノ・ラホイに対して「無条件の会談」を申し込んだ。彼は、一方的独立宣言を取り下げて(現時点での)共和国建設を諦める代わりに、ラホイが検察庁に圧力をかけて国内に戻っても逮捕されないような保証を求めるという交渉をする予定なのだ。「三権分立」の原則はここでも無視されているのだが、もちろんプッチダモンはそんな原則など学校教科書の文字でしかないことを十分に知っている。そしてラホイは、対話の相手になるのは第1党になったシウタダンスのイネス・アリマダスのみだと語って、プッチダモンの提案を一蹴した。今後、独立派内部と独立派‐中央政府の間でどのような駆け引きと決断が行われるのか注目されるが、いずれにしても一筋縄ではいかない極めて面倒なものになるはずだ。
カタルーニャ州議会と首班指名について今後の日程を見てみよう。新しい州政府が決まるまでは憲法155条の適用によって中央政府が州議会の動きを命令することになる。まず選挙後20日以内、つまり1月11日までに議会の形態を決めて1月23日までに総会が開かれなければならない。次に、2月6日までに首班指名を行う。もしそれで指名ができない場合には2月8日までに2回目の首班指名が行われる。しかしそれでも新たな州知事が決まらない場合、4月7日を限度として新知事を決める交渉と作業を行い、その日を過ぎて新知事が誕生しない場合には自動的に議会が解散され、5月か6月にふたたび州議会選挙が行われることになる。
《鍵を握るのは司法機関と警察機構》
しかし今後のスペインとカタルーニャの変化で最大のカギを握るのは、何よりも司法委員会、憲法裁判所、検察庁、裁判所といった司法機関、そしてグアルディアシビル(国家治安隊)や国家警察などの警察機構だろう。州議会選挙前の12月12日に最高裁判所は、マルタ・ルビラ(ERC)、アルトゥール・マス(JxCAT)、アナ・ガブリエル(CUP)と民間民族主義団体の責任者など多数を、新たな取り調べの対象として検討していることを発表した。容疑は一方的独立宣言をカタルーニャ議会が採択したことに対する国家反逆罪などである。
また選挙が行われている最中の12月21日にグアルディアシビルは、9月20日に州政府経済局事務所から押収したジュゼップ・マリア・ジュベーの日誌から得た情報を元に、マス、ルビラなどの他にマルタ・パスカル(JxCAT)、ジュアキム・アルファッ(CUP)など多数への嫌疑を発表した。さらにグアルディアシビルは、2013年にまで遡って9月11日の「カタルーニャの日」に行われた巨大なデモも「共和国建設計画」の一部として捜査の対象にすると述べた(『世界からつながる「独立の鎖」』参照)。しかしこのような平和なデモが「犯罪」とされるのなら、それはもうファシズム以外の何物でもあるまい。
そして選挙結果が出た12月22日、最高裁判事パブロ・ジャレナは、アルトゥール・マス、マルタ・パスカル、マルタ・ルビラ、アナ・ガブリエル、ミレイア・ボヤ(CUP)、ネウス・リョベラス(AMI:市町村独立連合)を新たに国家反逆罪などで取り調べの対象とすると発表した。これで、前州政府首脳部の13人(うち2人は拘留中、5人は国外脱出中)、議長団の5人、そして市民団体の2人(拘留中)に加え、新たに6人が被告として取り調べ(逮捕含む)を受けることとなったわけだ。その人たちの多くは今回の選挙で州議会議員となる予定であり、いつ裁判所への出頭命令が出るのか、またそこで条件付き釈放となるのかそれともそのまま刑務所で拘留されるのか、予想は難しい。そのタイミングによってはカタルーニャ州議会と首班指名に大きな影響を与えることになる。
さらに、グアルディアシビルが暴走してもっと多くの個人を逮捕し、検察庁が政党・団体を非合法化するように裁判所に要求するようなことにでもなれば、我々は、1975年に死んだはずのフランコがいまだに生きていることを、目の前の事実で具体的に実感することになる。すでにマリアノ・ラホイは、必要とあらば憲法155条を再び適用すると明言している。副首相のサンタマリアは、国民党とラホイの力でジュンケラス達が刑務所に入りプッチダモンらが国外逃亡したと述べて、政府と与党が裁判所や検察庁を動かしたことを白状している。こんな全体主義・独裁国家が現在の欧州でEUメンバーになっていられるのなら、そのEU自体が存在意義を問われなければならないだろう。
【『自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(6)』 ここまで】
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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