自衛隊に人質救出が可能か?

イスラム国(IS)に依る日本人人質惨殺事件後に、急遽焦点になったのが自衛隊の人質救出目的の海外派遣です。 安全保障論議の範疇でどのような論議が尽くされるのかが焦点になっていますが、安倍首相の発言では、理解しにくい点が多々ありますので、その意図が集団的自衛権拡大のための口実にあるのか、それとも人質救出目的で実際に自衛隊を派遣したいのかが分かりません。 ともあれ、報道に依りますと「安倍首相は1月29日の衆院予算委員会で『領域国の受け入れ同意があれば、自衛隊の持てる能力を生かし、救出に対して対応できるようにすることは国の責任だ』と語り、任務の拡大に意欲を示した。」とあります。

 

アングル:自衛隊の邦人救出、人質事件で今国会の論点に急浮上 2015年 02月 1日 23:26 JST ロイター

 

其処で、憲法論議と安全保障論議をさて置きまして、自衛隊にイスラム過激派等に依る人質の救出が可能であるのかどうか、を考えてみたいと思います。 どうも、私には、安倍首相が自衛隊の能力を過大評価されておられるように見受けられましたし、人質救出を安易に考えておられるように思いましたからです。

最初に要点を書きますと、自衛隊にイスラム過激派等に依る人質を救出出来るとは考えられず、また、総合的に観てそのような人質救出作戦が可能な能力は、日本は、少なくとも現時点では有していない、と考えています。

以下に具体的に考えてみました。

第一に、救出作戦を実施するとして、最初に人質の所在地を精確に勾留場所の地点まで確かめる必要があります。 それは、勾留されているのが収容施設であるとして、人質の各自が何処の部屋に入れられているかについてまで厳密に確かめることが必要であると言うことです。

そのためには、エシュロン等の盗聴機構と軍事偵察衛星に依る偵察と併せて、捕虜が居る場合には、彼等からの情報と併せて、スパイ等に依る内部情報と総合的に考えて合理的判断を適正にしなければなりませんので、自衛隊出動までには、他の情報機関と外交機関の協働に依る情報・諜報作戦が成功しなければならないのです。 勿論、それには諸外国の同種機関の協力が必要なことは云うまでも無いことでしょう。

その情報が無いまま、作戦実施すれば、昨年の米軍のように失敗する確率が高くなります。 米政府の発表では、釈放された他国の人質からの情報にのみ依拠し「賭け」のような作戦を実施したところ、人質は既に他の収容施設へ移されていた、とのことでした。

 

米の人質救出作戦失敗、情報不足が命取りに―イスラム国は数日前に人質を移動 WSJ

 

第二には、救出作戦実施地点確定後に、同地点の偵察と精密な作戦実施に必要な人質の居る部屋等の確定と敵対勢力の偵察、並びに作戦実施時の航空機(特殊部隊を乗せたヘリコプター等)の侵入や対地攻撃等の誘導等陸上援護のために少数精鋭部隊を現地へ派遣し隠密に偵察しなければなりません。 勿論、この時点でも一部派遣部隊は危険水域に入ったことになり、同時に、救出作戦実施部隊の集結と最終準備のために、作戦実施地域の近隣に基地を確保し、救出作戦実施部隊と掩護部隊とともに、必要な機材等の集結が必要です。

作戦参加部隊は、可能ならば現地施設の模型を実物大にした場、乃至、近似した施設で演習を反復し、また予期し得ない場合にも対処可能なように準備して置く必要があります。 例えば、作戦が失敗して撤退する場合の注意事項です。

そして、愈々、作戦実施です。 その時には、通常は陸上接近戦が生起し、人質を必ず奪還出来る、と云うものではありません。

現実にも、昨年「12月6日、米政府は、イエメン南部の村で拘束されていたアメリカ人フォト・ジャーナリストを救出するため、米海軍特殊部隊『シールズ』を送って救出作戦を実施しました。しかし作戦は失敗し、人質となっていたアメリカ人ルーク・サマーズ氏は、一緒に拘束されていた南アフリカ人ピエール・コーキー氏と共に犯人グループに殺害されました。」と報道にあるとおりです。

 

相次ぐ人質殺害で揺れるアメリカの「人質救出政策」 国際政治アナリスト・菅原出

2014.12.17 17:00 The Page

また、幸運にも作戦実施が成功しても、作戦部隊の側に犠牲者が出る場合もあります。

人質救出作戦に成功した数少ない事例の内のシエラレオネでの事例では、作戦実施部隊の隊員一人が死亡しています。

 

British Special Forces SAS Documentary – Operation Barras  You-tube

 

シエラレオネ人質救出作戦 Wikipedia

 

最後に、それでは自衛隊には、米国のシールズ(海軍)や英国のSAS(陸軍)等のような特殊部隊があるのかどうかです。 あることはある、と言えますが、その作戦実施部隊としての能力は未知数で、実力の程は計り知れないのです。 それに、作戦実施は特殊部隊の武力行使は最終段階でのことであり、それまでの情報収集・諜報戦、兵站、外交等の成功があって始めて総合的に成果が上がるものです。 安倍首相のように自衛隊さえ派遣すれば人質を救出出来る、と考えるのは単純極まる発想、と思えます。

 

特殊作戦群 Wikipedia