言うまでもなく、花と花見は別物である。
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上野は飽くまで花見の名所であって、花の名所ではないと思われがちだが、なかなかそうとも言いがたい。けっこう、多くの花があり珍しい花もある。上野の桜通りは封鎖されて今年の花見はできないが、今年も花は美しく咲いている。ソメイヨシノが主役の座を下りたいま、まばらな人影が、多様な花の美しさを堪能している。
上野の山には、56種の桜があるそうだ。ジュウガツザクラやオオカンザクラなど冬に咲くものもあるが、多くは今が盛り。不忍池の畔は、カンザン、イチヨウ、ウコン、シロタエ、コウカなど里桜の競演が見事である。ベニユタカの盛りは過ぎたが、ヤエベニトラノオ、エイゲンジ、バイゴジジュズカケザクラ、ギョイコウなど、珍しい品種もある。上野にこそふさわしいランランもあれば、かつてはソメイヨシノの片親と言われたコマツオトメ、あるいはアマノカワ、ソノサトキザクラ、フクロクジュなどという目を楽しませてくれる桜もある。イモセ、オモイカワ、マイヒメなどという小粋なネーミングのものも。
珍しい桜の多くは、この辺に出没する何人もの薀蓄オジさんに教わったもの。薀蓄を語るオジさんは桜に限らない。蓮の華の薀蓄を語る人、水鳥の生態について薀蓄をかたむける人、最近は立派なカメラを携えたカワセミの薀蓄おばさんにしばしば会う。教えを乞う姿勢さえあれば、この辺りは薀蓄に満ちている。
桜の下で究極の薀蓄オジさんに出会ったのはいつのことであったろう。真っ赤な夕日が本郷台のビルとビルの間に沈もうとしているころ。小柄で大きな帽子をかぶった、つよい東北なまりの雄弁おじさんに捕まった。薀蓄オジさんには、こちらから声を掛けての出会いが常で、向こうから声を掛けられたのは初めての経験。
客観的には明らかにアヤシいオジさん。それを意識してか、この方、「恥ずかしながら自分は文化庁の歴史審議官」と繰り返して名乗られた。そんな役職があるのかどうか、確かなことはいまだに分からない。最初はいいかげんに聞いていたが、いやいろんなことをよく知っている。ここ東叡山寛永寺の由緒から始まって、蕩々と江戸時代の各地の大名の内政外交、江戸の町の変遷、明治維新の経過、大東亜戦争の将官たちの評価、戦後の東京23区の成り立ち、NHK大河ドラマの裏話等々、語るところ面白く日はすっかり沈んで真っ暗になるまで桜の下での特別講義を拝聴した。
寒くなって来たのでお礼もそこそこに急いで帰ったが、翌日目覚めて以来、あれは本当にあったことなのか、桜に化かされたのではないだろうか。犬も歩けば棒に当たる。ときには、こんな薀蓄オジさんにぶつかることもあるのだ。もっとも、まだ、憲法を語る薀蓄オジさんにはお目にかかっていない。
(2020年4月9日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2020.4.9より許可を得て転載
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〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion9630:200410〕