補論:労働深化・資本技術進歩・AI資本の自律性と TFP の再解釈

先の論稿では、ハロッド中立型技術進歩の議論を通じて、長期成長における労働の役割や、労働価値論の経験的妥当性を確認する観点が中心であった。ここではそれを補う形で、**労働深化と資本技術進歩の区別**、さらに**ICT・AI資本の自律性**とそれが成長会計やTFPに与える示唆について整理する。

 1. 労働深化と資本技術進歩の区別

ハロッド中立型技術進歩は、その整った形式ゆえに長期成長議論を簡潔にまとめるには便利である。しかし実際の生産現場を見ると、生産性上昇の担い手が労働なのか資本なのかを慎重に区別する必要がある。

たとえば、従来より圧倒的に精度の高い工作機械やCNC装置を導入し、同じ作業を行っているにもかかわらず労働者一人あたりの付加価値が大きく上昇した場合、労働の内容自体は本質的に変化していないので、生産性上昇の源泉は**資本財の側の技術進歩**にあると解釈するのが自然であろう。

これに対し、労働深化とは、同じ労働者が、熟練度や判断力、暗黙知の蓄積、教育訓練などを通じて、同じ投入量でより多くの付加価値を生む場合を指す。つまり人的資本の蓄積である。

 2. 成長会計・TFPからみた技術進歩の内訳

成長会計では、労働・資本で説明できない部分が TFP(全要素生産性)として残差に計上される。現代の生産性上昇の大部分がこのTFPに帰属することが知られているが、TFPの中身は、従来の「組織改善」「教育水準向上」といった人的要因だけではなく、**ICT・AI資本による純粋な効率改善**を含む可能性が高い。

現実の技術進歩は、労働を介さずに資本自体が進化する性質を持ち始めているため、技術効果を単に「労働効率」として表現することは、無理があるように見える。

 3. ICT・AI資本の自律的進化

現代の資本は、従来の物理的資本から、計算能力やデ-タ、ネットワ-ク外部性を持つ情報的資本へと変貌している。この資本は次の特徴を持つ:

1. **自律的改善**:大規模言語モデルや強化学習システムは、デ-タ量や計算量の増加に応じて性能が自動的に向上する。

2. **ネットワーク外部性**:利用者が増えるほど性能が向上する。

3. **非物質性**:複製容易で限界費用がほぼゼロ。

こうした性質は、従来の「資本深化」やハロッド中立型の想定では捉えきれない。

 4. 労働効率型への吸収の限界

ソロ-成長会計では、資本の技術進歩(b₍t₎)は労働増強型技術(a₍t₎)に吸収され、集計量レベルでは労働増強型として議論できるとされてきた。しかし、AI資本の自律的進化が顕著になるにつれ、この吸収は現実的でなくなりつつある。労働効率に吸収される形式だけで説明することは、現代の生産性成長を過度に単純化することになりかねない。

 5. 結び

労働深化と資本技術進歩を区別しつつ、TFPの中身を丁寧に解析することは、長期成長理論の現代的更新に不可欠である。特に、ICT・AI資本が自律的に進化する状況では、

* 従来のハロッド中立型技術進歩

* 労働増強型技術の集計量レベルでの表現

といった枠組みを超え、**“情報的資本の進化”**という新たな概念を導入する必要があるかもしれない。TFPの残差に含まれるこうした要素を明確化することが、21世紀の成長理論の課題になろうとしている。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.ne
〔study1366:251109〕