去る4月19日、『ちきゅう座』書評に本稿筆者が掲載した『原子力公害』(タンプリン、ゴフマン共著、河宮信郎邦訳、明石書店)は、20世紀を刻する最高水準の名著のひとつであり、必読に値する。とはいえ、いくつか重要な補足をする必要がある。
本書の著者は、アメリカ原子力委員会から運河の掘削や地下資源開発に核爆発を用いる(プラウシェア計画)場合に生じる生物学的影響の研究を依頼された。その専門家のひとり、生物医学・核物理学の研究者ゴフマンはローレンス放射線研究所副所長に迎えられ、豊富な資金、人材、資料を与えられ、研究を始めた。ところがゴフマン達が最終的に到達した結論は原子力委員会が望んだ結論とは正反対であり、それは核技術開発が人類史的な破滅への道であるという結論であった。彼らは、このことを原理的・実証的に解明し、あらゆる確度から掘り下げ、未来への危険に警告を発して、研究者の良心を貫き通した。その勇気ある決意性は本書の行間に満ちあふれている。
タンプリン、ゴフマンが、アメリカ政府の計画した壮大な人類史的無謀を事前に阻止することができた理由は、彼らの反核理論の先駆性にあった。核開発の危険性がウラン採掘労働者のガン疾患や「コロラド高原の悲劇」(ウラン鉱滓による環境汚染と被曝事故)に始まり、放射能の本質的毒性、開発の技術的欠陥、許容線量論の矛盾、公衆衛生論・安全論の欺瞞性、廃棄物処理の不確実性など、あらゆる角度から推進派を圧倒する論理構成を確立することができたからである。あとは実際に、無残な原発過酷事故が起きてしまったことによって、その緻密な論証が確かめられるという痛苦な歴史を我々は経験した。その意味でも、本書は核開発の危険と無謀性を未来に向けて予言した書であり、きわめて原理的な論理を提示していた。
ただし、本書は1960年代に書かれたものであり、一部のデータに未確定な部分が用いられていた。だからといって、それが本書に対する評価を損なうものではまったくないが、是非補足しておきたいことがある。
以下は本書の引用である。
「最終的には放射性ヨウ素の放射能崩壊によって甲状腺が強く照射される。われわれが心配していたように、子どもの甲状腺被曝は、ついには最悪の結果として15年後に甲状腺がんをもたらしている」(本文p.97)。
この記述「15年説」は、当時の支配的な常識ともいえる「定説」に基づいて書かれたものであり、記述自体は必ずしも誤りではない。幼少時(被曝時年齢0-4歳)に被曝した小児甲状腺は15~20年後にも高い罹患率を示しているし、それ以後においても全世代において発症し続けているからである。ただし、厳密には次のような注釈と補足が必要である。
潜伏期間の問題を含めた被曝論の定説が、劇的な変化を遂げたのは1986年のチェルノブイリ事故以降である。被曝による甲状腺ガン発症に関しても、若年世代でみていくと、すでに被曝事故1~2年後からはじまり、4~5年後から急増している。その後も発症は自然罹患率を越えて15~20年後においても増加を続けている。この事実がはじめて明らかになったのはチェルノブイリ事故以後であった。そのために「広島、長崎の原爆資料は、偽造され、間違ったものである」(ホリシュナ)と批判されることになった。
実際に、チェルノブイリ事故5年後に現地に入った国際調査団は、1年間の調査を経て次のような声明を世界に向けて発信した。その意図は明らかに原発事故を極力過小に評価するためであったと思われる。
「汚染にともなう健康影響は住民には認められない。もっとも悪いのは放射線を怖がる精神的ストレスである」(国際チェルノブイリプロジェクト調査団長・重松逸造)。
「広島・長崎の原爆資料によれば、小児甲状腺ガンは10~15年後でなければ発症しないことになっている。事故影響とは考えられない」(メットラーIAEA専門官のアメリカ議会証言)。
ところが、先の国際チェルノブイリ調査団に参加した日本調査団は、プロジェクト声明を出した直後に帰国し、広島で報告会を開催した。その際、報告者全員が「多発」を認めていたし、新聞報道もされた。にもかかわらず、国際機関は事故影響による多発事実を否定し続けるというあからさまな欺瞞をおし通した。その後ようやく、事故10周年国際会議において自らの「多発なし」説の誤りを正式に認め、「事故影響による多発の事実」を認めることになった。
その背景には多発という圧倒的な事実やさまざまな調査研究の成果があった。その他の理由としては、事故影響を否定する根拠がなくなったことがあげられる。放射性ヨウ素131の半減期は「8日」であり、事故後この放射線がなくなった時期に生まれた子どもの小児甲状腺ガンの罹患率は、ほぼ事故前の小児甲状腺ガン罹患率の水準に戻った。被曝がなくなると多発も消えたので、多発が被曝影響であることがわかったのである。
いま、福島事故後3年間の集団検診の結果、112件(5年後の累計166人)の小児甲状腺ガン発症が明らかになった。この発症結果の詳しい分析作業は、いまわれわれに手によって進行中であるが、大まかな結果は明らかになっている。検診時年齢階層別にみると、
① 0-4歳集団の事故後の罹患率は、事故前罹患率とほとんど変わらない。
② 5-9歳集団の罹患率は事故前の数倍も増えはじめている。
③ 10-14歳、15-19歳、20-22歳集団の罹患率は、急激に軒並み事故前の数十倍の多発を示している。
④ この増加傾向は、短期間であるといえどもチェルノブイリ事故と非常によく似ている。これは、両者が、事故影響という要因を共有しているためとみてよい。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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