国連安全保障理事会は3月17日夜、①カダフィ政権軍によるリビア民間人への攻撃を防止するため「あらゆる必要な措置を講じる」②そのためにリビア上空に「飛行禁止空域」を設けることを認める―とする決議を採択した。これにより、米英海軍は地中海配備の艦艇から巡航ミサイル120発以上をリビアの防空施設などの目標に命中させ、仏空軍機も反政府派の本拠地ベンガジを包囲中の政府軍戦車などを爆撃した。これに対しカダフィ大佐は「侵略者の十字軍による帝国主義・植民地主義の企てを粉砕するため、全市民が武器を持って戦う」と徹底抗戦の意思を宣言した。
この国連決議1973は一方で外国軍によるリビア占領を意図しないことをうたっており、外国地上軍のリビア派兵の可能性は排除されている。決議採択の前夜には反政府派の“首都”ベンガジ目指して反攻する政府軍が迫っており、反政府派は絶体絶命のピンチに立たされていた。米欧軍のリビア介入により、国民評議会を名乗る反政府派暫定政権は間一髪のところで救われたわけだ。今後のリビア情勢は、ベンガジを中心とする東部キレナイカ地方と、首都トリポリを中心とする西部トリポリタニアの伝統的対立を背景にした内戦が続くことになりそうだ。
チュニジア、エジプトの民衆蜂起を受け、2月半ばにベンガジで決起した反カダフィ・デモはあっという間に広がり、反政府側は僅か2週間ほどで地中海沿岸の東部全域を制圧した。この勢いを見て寝返った政府軍将兵多数を巻き込んだ反政府勢力は中部の重要都市を次々と攻略し、首都トリポリなど西部でも反政府デモを起こした市民と呼応して、いったんはカダフィ政権を脅かす勢いとなった。しかし3月に入ると、戦車、重火器、航空機などの兵器を持つ政府軍が巻き返し、短期間に中部諸都市を奪還して東部に迫った。こうした経緯から見ても、今後に内戦の帰趨を占うのは非常に難しい。
反政府側は空からの援護を受けられる分だけ余裕ができたが、もう一度政府軍を追い詰めるところまで挽回できるかどうか。飛行禁止空域によって制空権を奪われた政府軍は空軍機の作戦能力を失うだけでなく、空から飛んでくる欧米軍の最新兵器の攻撃に地上軍の活動も阻害されることになる。しかし外国の地上軍の介入はあり得ず、まだ軍事力としては整備されていない反政府軍だけが地上戦闘の相手だから、戦略的には有利だ。したがって新段階のリビア内戦は長期戦になるという予測がつく。
内戦が長期化するということは、カダフィ政権が相当期間持ちこたえるということだ。米英仏は反カダフィ・デモ発生以来、一貫してカダフィ退陣を主張してきた。この3カ国が先陣を切って軍事介入に踏み切ったのもそのためだろう。しかしカダフィ退陣を本当に実現するには、西側諸国の地上軍の介入を覚悟せねばならない。国連決議1973が地上軍派遣の道を閉ざしたのは、まず米国がイラク、アフガンに次ぐ第3のイスラム国に対する戦争を避けたかったからだ。オバマ大統領は口を開けば「カダフィ大佐は反政府デモを鎮圧するな」「市民の自由を奪っているカダフィ大佐は退陣すべきだ」と叫んでいるが、英仏に押されて軍事介入にまでは踏み切ったものの、米国には「カダフィ追放」のために対リビア長期戦を戦うつもりはさらさらない。
介入に最も積極的なのは、キャメロン英首相とサルコジ仏大統領である。英仏両国は、カダフィ政権が反政府派に対する本格武力反攻が始まった2月末から、国連安保理で飛行禁止空域の設定決議を通す工作を積極化していた。欧州にとって地中海の対岸にあるリビアの存在感は大きいし、確認埋蔵量で世界8位の石油資源国との付き合いは重要だ。かつてレーガン大統領に「アラブの狂犬」と名指しされたカダフィ大佐のような人物でなく、欧州の価値観に合った人物と代わってもらいたい、というのが正真正銘の本音である。フランスは早くもベンガジの国民評議会(暫定政府)を承認し、カダフィ政権と絶縁したくらいである。
しかしオバマ政権は一貫して武力介入に消極的で、ゲーツ国防長官などはリビアに飛行禁止空域を設定するために、米空母機動部隊を派遣する余裕はないという議会証言をしたほどだった。それが一転国連決議賛成に回ったのは、第1にクリントン長官、ライス国連大使の女性コンビが1994年のルワンダ虐殺事件の時、国際社会の不介入が80万人虐殺の悲劇を招いたことを強く訴えたこと。第2にアラブ連盟が3月12日に決議支持を表明したこと。第3に政府軍がベンガジに迫って国民評議会の危機が切迫したことだった。この間、英仏が安保理に緊急提案してから決議採択までに22日間を要した。
決議は中国とロシアが拒否権を行使せず、棄権に回ったため採択された。中露の他にインド、ブラジル、ドイツの計5カ国が棄権した。米英仏とNATOの同盟国であるドイツが賛成しなかったことはかなり意味深長だ。賛成したのは米英仏の他、日本、トルコ、メキシコ、レバノン、南アフリカ、ガボン、ボスニア・ヘルツェゴビナの計10か国。
米国はアラブ23カ国が加盟するアラブ連盟が決議支持を決めたことで、ようやくリビア軍事介入を決断した。中東では今、バーレーンやイエメンの親米政権が民主化を求める民衆蜂起を武力鎮圧している。しかしバーレーンやイエメンに「飛行禁止空域」をつくろうという話は出ない。アラブ諸国が望まないからだ。同じように反政府デモを鎮圧しても、親米政権には武力行使をしないという米国の「2重基準」への批判は、アラブ連盟を盾にして免れることができるというわけだ。
それでも武力行使の翌日、ロンドンの英首相官邸前に繰り出した反戦デモ隊は「バーレーンやイエメンに飛行禁止空域を設けないのは何故か」とのプラカードを掲げた。このデモは、バートランド・ラッセル卿らが1958年に結成した由緒ある反戦組織CND(核非武装運動)などが呼びかけたものだ。「正しく合法的かつ人道的な武力行使だ」と国民に説明するキャメロン首相のおひざ元で、2重基準を告発する声が上がったのだ。さらに英紙ガーディアンには、アラブ人ジャーナリストの「2008年末から2009年初にかけて1400人もの民間人が虐殺されたガザの上空に、何故飛行禁止空域が設けられなかったのか」との投書が掲げられた。
最後に、今回の武力介入に対するアラブ世界の反応をいくつか紹介しておこう。チュニジアの新聞「アシュルーク」はリビア爆撃に反対の立場から「西側の武力介入はマグレブと中東に緊張を持ち込み、この地域を帝国主義勢力の前進基地にする危険をはらんでいる」として「西側の武力介入はカダフィ腐敗政権に対するリビア人民の闘いを汚すものだ」と断罪した。アルジェリアの新聞エッサバーは「今回の武力介入は、リビアの石油に貪欲を掻き立てられた西側の画策」と切り捨て、また同国エルコバール紙の「石油がリビアの血に混じる時」と題する社説は「真の戦争は石油戦争だ。リビア人民には全く関係ない」と断じた。
やはりアルジェリアの夕刊紙ソワールの主張は正反対だ。カダフィは1カ月以上もの間人民蜂起に血の弾圧を加えたと強調した上で「良きアラブ、良きイスラム教徒とは、最後の一人になったベンガジ住民が、西側が地域の再分割を策しているとの口実でカダフィが撃ち込むロケット弾にさらされるのを黙って見ている人のことか」と論じた。またアラブ首長国連邦の新聞ガルフ・ニューズは「世界はとうとう反カダフィに動き始めた」と祝福の大見出しを掲げた。カタールのアルラヤ紙は「カダフィはチュニジアとエジプトの教訓に学ばなかった」と指摘した。
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