覇権争いか共益追求か-今後の米中関係を問う : 胡錦濤主席19日から公式訪米

朝鮮半島の緊張激化、劉暁波氏のノーベル平和賞をめぐるごたごたなど、世界第2の経済大国になった中国への世界的関心が高まる中、胡錦濤国家主席の公式訪米が1月19日に始まる。衰えつつあるとはいえ、米国が依然として軍事・経済とも世界唯一の超大国であることに変わりはない。日の出の勢いで国力を急上昇させているとはいえ、中国の軍事力、経済力がまだ米国に到底及ばないことも間違いない。しかし上り龍(中国)がこれまで天下を睥睨していた虎(米国)に挑みつつあるということも現実だ。果たして太平洋をめぐる龍虎相打つ覇権争いになるのかどうか。それを占う上でも、今度のオバマ・胡錦濤会談はこれまでの米中首脳会談以上に注目すべきだろう。

この米中首脳会談準備のため、楊潔篪外相は1月3日からワシントンを訪問してクリントン国務長官、オバマ大統領らと会談。ボズワース北朝鮮担当特別代表は1月6日、北京で武大偉6カ国協議議長と会談。さらにゲーツ国防長官は1月9日から14日まで訪中して梁光烈国防相ら中国軍首脳と会談する。双方とも準備怠りなく首脳会談に臨むわけだ。

過去2年弱の間にオバマ・胡錦濤首脳会談は既に5回も行われている。第1回は2009年4月ロンドンで金融サミットが開かれた時。2回目は09年9月胡錦濤主席が国連総会出席のためニューヨークを訪れた時。3回目は09年11月オバマ大統領が中国を公式訪問。4回目は2010年4月胡錦濤主席がワシントンの核安全保障サミットに出席した時。5回目は10年11月ソウルでG20サミットが開かれた時だ。これ以外にも電話会談も開かれており、両首脳は互いに相手の性格や立場を承知しており、腹蔵なく対話ができる関係ができているはずだ。

ブッシュ前政権のように口には出さないが、オバマ政権が北朝鮮を「ならず者国家」と見ているのは間違いなかろう。その「ならず者」の生殺与奪の権を事実上握っている中国に北朝鮮を、おとなしくさせとくれと要求しているのがオバマ政権の立場だ。北朝鮮の核問題を解決するための6カ国協議は2008年末から中断したまま。北朝鮮がブッシュ政権末期に「テロ支援国家」指定解除の見返りに約束した核施設の無能力化は果たされず、これを引き継いだオバマ政権は金正日政権に強い不信感を持っているからだ。

オバマ大統領が「核兵器のない世界」を目指すプラハ演説をした09年4月5日、北朝鮮は長距離弾道弾ミサイル実験を行い、さらに第2回核実験で追い打ちをかけた。不意打ちを食らった形の中国もこれには怒り、6月には北朝鮮に対する制裁を盛り込んだ国連安保理決議の採択に反対しなかった。この決議に怒った北朝鮮は6カ国協議からの離脱を宣言した。ここで中国は米朝間の板挟みのような立場に置かれ、6カ国協議議長国の面目を潰された形となった。

さて10年3月25日に発生した韓国海軍の哨戒艦「天安」沈没事件で、朝鮮半島の緊張が高まった。その後北朝鮮を睨む韓国海軍独自の演習と米韓合同海軍演習が断続的に行われる中、11月23日には韓国領延坪島に北朝鮮軍が砲撃を行い、韓国軍民に死傷者を出す騒ぎとなった。「天安」沈没箇所と砲撃された延坪島は、朝鮮戦争休戦以来韓国側が主張する黄海のNLL(北方限界線)以内の海域にあるが、北朝鮮はNLLを認めていない。日米韓側は「天安」沈没事件と延坪島砲撃事件で北朝鮮を非難する国連安保理決議を採択しようとしたが、今度は安保理常任理事国の中国が頑として応ぜず、決議はお流れとなった。

韓国と米国は「天安」沈没を北朝鮮の潜水艇による雷撃の結果だと発表したが、北朝鮮はこれを否定している。中国とロシアは、この米韓合同発表を「眉唾」と見ている。だから北朝鮮を非難する安保理決議には事前に暗黙の拒否権を発動、米韓側も諦めた。米韓はしかし例年にも増して北朝鮮を仮想敵とする海軍演習を行った。中国は7月の黄海での合同演習に強く反発、このため母港横須賀から出港した原子力空母ジョージ・ワシントンが参加した合同演習は黄海でなく日本海で行われた。

この一件で「対中弱腰」と批判されたオバマ政権は11月末、今度はジョージ・ワシントンを黄海に入れて米韓合同演習を行った。中国外務省報道官は事前に「中国の排他的経済水域(EEZ」内でいかなる軍事行動にも反対する」と述べただけだった。このことは「天安」沈没事件後と延坪島砲撃事件後とで、中国が対応を変化させたことを意味する。つまり「天安」事件の対応では米国に強く主張したが、延坪島事件ではおとなしく出たというわけだ。前者では北朝鮮に落ち度はないと中国は判断し、後者では北朝鮮が余計な緊張激化をしたと判断したのではなかろうか。

砲撃事件で一挙に高まった緊張激化に、中国は6カ国協議の首席代表会議を招集して緊張緩和を図ろうとした。首席代表会議は米韓日の反対で開かれなかったが、砲撃事件以後1ヶ月半を経て北朝鮮、韓国の双方は互いに相手を非難し合いながらも、互いに対話の用意があることを声明するなど、緊張は明らかに緩和している。また10年12月に私人として訪朝したリチャードソン・ニューメキシコ州知事に北朝鮮側は、①以前に追放した国際原子力機関(IAEA)の査察官を受け入れる②核燃料棒1万2000本を第3国に売却する用意がある-と伝えるなど、6カ国協議再開を促す提案を託した。

北朝鮮をめぐる米中の立場の違いは大きいが、朝鮮半島の緊張緩和と非核化を進めたいという点では一致している。昨年は「天安」事件と砲撃事件により1953年の朝鮮戦争休戦以来の緊張が走ったが、オバマ、胡錦濤両政権にとって朝鮮問題を学習した年でもあった。中国が北朝鮮に強い影響力を持っていることは間違いないが、だからと言って金正日政権を意のままに動かせるわけでもないことをオバマ政権も学ぶべきだろう。また北朝鮮が「瀬戸際外交」のため挑発を仕掛けることはあっても、本気で戦争をする気もないし、中国が戦争を許すわけもないことが分かっただろう。こうした理解を前提に米中首脳が朝鮮問題を率直に話合うことは、東北アジアの安定にとって有益だ。

10年1月末米政府が台湾への64億ドルの武器売却を発表したこと、さらに2月中旬中国政府が敵視するチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世をワシントンに迎えてオバマ大統領が会談したことで、09年11月のオバマ訪中で生まれた米中友好ムードは一遍に消し飛んだ。同年5月に予定されていたゲーツ国防長官の訪中は中国側からキャンセルされ、米中軍事実務者協議もストップした。10年7月ハノイで開かれたASEAN地域フォーラム(ARF)で、クリントン国務長官が南シナ海の自由航行確保は「米国の国益」だと強調したのは、南沙諸島など南シナ海でASEAN諸国との領有権紛争を抱えている中国が、南シナ海を中国の「核心的利益」とする方針を示したことを拒絶するものだった。

中国経済の躍進に比例した軍事的膨張、特に海空軍力の増強はアジア全域に警鐘を鳴らしている。中国海軍は、東シナ海(琉球列島の西側)と台湾東部沖、フィリピンの西側、南シナ海(ボルネオ島からベトナム沖合)をつなげた海域を「第1列島線」として設定、第1列島線から中国の海岸の間は中国の「影響海域」であり、他の国々の領有権主張や軍事進出、資源探査を許さないという方針を打ち出した。ASEAN諸国に恐怖が走り、ARFを機に米国に泣きついたのを受けたクリントン発言だった。

こうした背景を見ると、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件以後の中国の居丈高な対応も理解しやすくなる(了解するわけではないが)。さて10年3月訪中したスタインバーグ米国務副長官らに中国側は、南シナ海は台湾やチベットと並び、領有権や海洋権益をめぐり絶対に譲れない「核心的利益」であるとの方針を伝達した。さらに5月北京で開催された「米中戦略・経済対話」の席で戴秉国国務委員がクリントン国務長官に政府の立場として、このことを正式に伝えたという。それが10月になって、中国は米国に3月のスタインバーグ副長官に対する発言を取り消し、事実上取り下げることを伝えてきたというのだ。(以上は10月22日ワシントン発共同芹田記者電による)

これより先9月末国連総会出席のためニューヨークを訪れた温家宝首相は、オバマ大統領と会談し、ゲーツ国防長官の訪中を歓迎すると伝えていた。尖閣沖衝突事件で日本に対しては居丈高な姿勢を誇示して見せた中国だったが、米国に対しては強硬一本槍でないことがはっきりしている。「中国は覇権を求めない」と言い続けている中国だが、日本やASEAN諸国など、相手が弱いと見ると強硬姿勢を見せるのが、最近の中国の特徴だ。かと言って日本やASEANの背後から「唯一の超大国」の米国が顔を出すと、中国は穏健対話姿勢に戻るのだ。それだけ中国は現実の力関係をよく見ている。1935~45年代の日本帝国よりはるかに現実的だ。

古今東西の歴史を顧みると、ある覇権国が勢威を張ると周辺諸国は怖れ伏す。しかしその覇権国の勢威は永続することはない。必ず辺境と見られていた辺りで勢力をつけた国が覇権国に挑戦し、衰亡し始めた覇権国は結局新興勢力に滅ぼされる。21世紀の米中関係も、こうした歴史的必然を免れないとする論者が多い。しかし太平洋をめぐる米中の覇権争いが起きると仮定したら、最大の犠牲をこうむるのはわが日本である。

ウン千年の歴史を通じて中国文明の恩恵を享受してきた日本。19世紀後半、中国より早く目覚めたために西欧列強に植民地化されずに近代化を遂げた日本。その日本が西欧列強のサル真似をして中国侵略を始め、広い大陸の泥沼に浸かったのが昭和日本の悲劇の始まりだった。そのことゆえに史上最大の犠牲者(広島、長崎にとどまらず)を出した日本こそ、平和憲法の精神で米中覇権争いを止めなければならない。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

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