野田佳彦首相は6月4日の内閣改造で、防衛相に森本敏氏(拓殖大学大学院教授)を起用した。一川股夫氏、田中直紀氏と2代にわたる〝素人防衛相〟の不手際を反省した人事と言えようが、国の命運を握る大臣に民間人を登用したことに、疑念を呈する声は強い。民主党議員に適材が見当たらないため、野田首相は〝窮余の一策〟で「自衛隊の最高指揮官は首相である。指揮監督権はきちんとしているから、文民統制(シビリアンコントロール)上の問題はない」と森本氏を口説いたという。
「集団的自衛権」容認が気がかり
森本氏は防衛大学卒業後、航空自衛隊を経て外務省に勤務。麻生太郎・自公政権下では「防衛相補佐官」も務めた。退官後は防衛・安全保障政策に明るい論客として知られている。自民党人脈との交流が深く、民主党政権の防衛政策にはかなり批判的だった、最近では、インド洋への自衛隊派遣問題、尖閣列島での中国漁船衝突問題などへの対応の拙劣さを指摘していた。
安全保障のエキスパートしての発言の中で、特に気になるのは「集団的自衛権」容認の姿勢である。長年その是非につき論争の続いてきた憲法上の大問題だが、森本氏は「国家の権利として行使できるのは当然」との立場を強調してきた。大臣就任後の記者会見では「持論を封じる」ように慎重な発言をしていたが、なお気がかりである。
普天間移設、オスプレイ配備など難題山積
また、今秋沖縄に配備が決まったオスプレイ(垂直離着陸機)に関し、モロッコでの墜落事故検証報告を米側に強く求めたいと語っており、今後の対応を注視していきたい。これ以上に注目されるのが、米軍普天間飛行場の辺野古移設問題の行方である。軍事評論家の前田哲男氏は「今さら森本氏が沖縄県内移設を求めても、県民の反応は冷ややかだろう」と指摘していた。米海兵隊一部のグアム移転時期を含め、問題は山積しているのだ。
文民統制上の問題を抱える
文民統制の問題に詳しい纐纈厚・山口大教授は「市民に密接な国家安全保障問題を扱う大臣には政治家が就いて、民意を反映する必要がある」(朝日新聞5日付朝刊)と述べている通り、森本氏は懸案打開に苦悩するに違いない。
石破茂元防衛相は「どんなに優秀であろうと、軍事的な出来事に責任を負えるのは選挙の洗礼を受けた政治家だけ。民間人起用は禁じ手だ」と厳しく批判していた。政府は「文民統制上なんら問題はない」と繰り返しているが、与党内からも「心配なのは、防衛相は最高機密機関を抱え、(ミサイル発射などの)決断もしなければならないことだ」(下地幹郎国民新党幹事長)との懸念の声が漏れてくる。
評論家の立場と、防衛政策の決断を迫られる大臣の立場は全く異なる。米国主導による「日米軍事一体化」の動きが急ピッチで進んでいる今、森本新大臣の責任は重大だ。従来の防衛政策を抜本的に見直し、日ごろ蓄積してきた知恵を生かして、対等な「日米同盟」構築に妙手を見せて欲しいものだ。
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