下記は、マスコミ報道が皆無で、有権者・国民・市民に全くと言っていいほど交渉をめぐる状況が伝えられないまま、秘密裡に交渉が進められている「新サービス貿易協定」(TiSA)に関するレポートです。ご参考までにお送り申しあげます。
「日本の医療を取り巻く外患・内憂:TiSAと安倍政権の成長戦略」は、岩波月刊誌『世界』(2014年8月号)に掲載されたもので、著者は日本医師会総合政策研究機構研究員の坂口一樹氏です。主として、TiSA(秘密)交渉によって、日本の医療にどのような(悪)影響が及ぶかについて詳細に論じられています。まことに信じがたいことですが、あれだけ秘密交渉であることの批判を浴びたTPPを尻目に、そのTPPを更に上回る秘密主義で貫かれた交渉が行われる「新サービス貿易協定」(TiSA)が、いよいよ日の目を見る段階に差し掛かっているというのです。
以下、岩波月刊誌『世界』論文の一部をご紹介し、また、その論文の中で言及されている関連レポート「TiSAと公共サービス」についても、ごく簡単にご紹介いたします。
● 日本の医療を取り巻く外患・内憂(坂口一樹 『世界 2014.8』)
https://www.iwanami.co.jp/sekai/
(一部抜粋)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
では、TPP交渉が行き詰まりつつある現在、それらの懸念も解消されつつあると言えるのだろうか。結論を先取りすれば、懸念は全く解消されていない。むしろ、日本の医療を取り巻く状況は、まさに「外患・内憂」と呼ぶのが最も適切な事態に陥っている。米国政府とその背後にいる企業ロピイスト、多国籍企業らは、難航するTPP交渉の次の一手としてTiSA(Trade Service Agreement:新サービス貿易協定)という新たな枠組みをすでに仕掛けている。
並行して、日本国内では、「これまで成長分野と見倣されてこなかった分野の成長エンジンとしての育成」、あるいは「国民の健康寿命の延伸」をキャッチコピーとして、医療の市場化・産業化政策を政府が推進している。しかしその内容を見ると、後に示す通り、地域医療を担う病院・診療所の経営を支援するという視点に欠けており、民間医療保険や金融・投資・ICT(情報通信技術)その他の周辺サービスの市場創出策に偏っている。しかもそれが、アベノミクスの第三の矢、すなわち「成長戦略」 の目玉のひとつだというのだから理解に苦しむ。
米国が主導して立ち上げられたこのTiSA交渉こそ、難航するTPP交渉に次いで、日本の医療の市場開放に向けて米国政府が放ってきた「第二の矢」と捉えるべきである。サービス貿易のさらなる自由化を目指すTiSA交渉の対象には、当然、医療サービス本体、そして関連する民間医療保険や金融・投資・ICTその他の周辺サービスも含まれる。これらのサービス産業は、現在、米国が競争優位性を持つ主要産業であり、ロビイングも活発である。そして、保険や金融・投資・ICTといった医療関連サービス分野の日本市場の開放は、一九八五年のMOSS協議以降、現在まで継続して米国側の主要な関心事項のひとつであり続けている。
TiSA交渉とは、WTO加盟の有志諸国と地域によって、サービス貿易のさらなる自由化に向けた新しい協定の策定を目指し、WTOドーハ・ラウンド交渉とは別の取り組みとして始まった交渉である。2013年6月28日にスイスのジュネーブで交渉が始まり、現在、日米を含む二三の国・地域が参加している(日本、米国、EU、カナダ、オーストラリア、韓国、香港、台湾、パキスタン、ニュージーランド、イスラエル、トルコ、メキシコ、チリ、コロンビア、ベルー、コスタリカ、パナマ、パラグアイ、スイス、ノルウェー、アイスランド、リヒテンシユタイン)
次頁の図表3は、6月10日に「日本再興戦略」の改訂版骨子案として示された、医療・介護分野に関わる「戦略市場創造プラン」と銘打たれたメニューである。TPPやTiSA推進の背後にある多国籍企業と企業ロビイストたちの意図を、まるで歓迎するかのように、日本の医療および周辺サービスを市場化・産業化する政策が項目として並び、しかもそれが新・成長戦略の目玉のひとつということになっている。民間サービス事業者の視点に立って、上記のリストを改めて眺めてみると、次のような政策アイデアに見えるだろう。
(1)日本の公的医療保険の給付範囲を縮小あるいは固定化し、給付範囲外になった部分を民間医療保険その他関連サービス産業の新たなマーケットとするための政策
(2)現状では、原則、非営利で運営され、医師個人しか出資者になれない医療機関経営への出資規制の緩和に繋がる政策
(3)医療・介護分野におけるビッグデータの活用など、ICTサービス産業のマーケット拡大政策
以上の三つである。TiSA推進派の外国資本にしてみれば、願ったりかなったりという状況だ。彼らのビジネス拡大のために、国を挙げて「市場創造プラン」を推進してくれているのだから。
医療サービスの中心を担う病院・診療所に対するマネジメント支援は軽視され、安倍政権の成長戦略は医療周辺サービス産業の市場創出策に偏っている。この状況を生み出しているのは、保険や金融・投資・ICTなど周辺サービス産業の思惑だけではない。社会保障に関わる公費を節減したい日本の財政当局、同じく社会保険料の負担をなるべく節約したい経済界の思惑も絡んでいると思われる。
さらに、時を同じくして国内では、医療が政府の掲げる成長戦略の目玉となり、その実、医療周辺サービス産業の産業振興策ばかりが並ぶという状況が発生している。そのウラには、将来の公的医療保険給付にかかる税金と社会保険料を節減したい財務当局と経済界の思惑と、公的給付を削減した分を民間医療保険などのマーケット拡大策としたい外資を含む関連業界の思惑とが一致した構図が透けて見える。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<関連URL>
● TiSAと公共サービス
● 外務省 新サービス貿易協定(TiSA)交渉の進展
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press6_000387.html
また、上記URLのレポートは、この『世界』の論文の中でも紹介されているもので下記のように書かれています。
(日本の医療を取り巻く外患・内憂(坂口一樹 『世界 2014.8』)より一部抜粋)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「現時点において、TiSAについての国内報道や論文などはほとんど存在せず、日本語での情報は限られている。しかし、4月28日にPSI(Public Service International:国際公務労連)というフランスに本部を置く国際労組団体が、『TiSAと公共サービス』と題した貴重なレポートを公表している。
このレポートは、PSIから依頼を受けた二人の研究者が、TiSAについての文献調査および、ジュネーブでの内密の関係者インタビューを基にまとめたものだ。TiSAに関する基本的な情報提供に加え、TiSAによってもたらされるサービス産業の自由化・規制緩和・民営化などが公共サービスに与える影響を中心に検討を加えている。本稿の問題意識に照らせば、同レポートの次のような点には、特に注目すべきである。
第一に、TiSA交渉は、TPP交渉に負けず劣らず、秘密主義で進められているという点である。TiSA交渉の場はすべてのWTO加盟国に開かれているわけではなく、オブザーバー参加すらも許されない。また、交渉内容の秘密は「TiSA協定の発効日から五年間、協定が実施されない場合は交渉終結から五年間」機密扱いにされる(米国提案)という、TPP交渉を上回る秘密主義の徹底ぶりである。
第二に、TiSA推進の背後には、多国籍企業団体と企業ロビイストの存在があるという点である。そもそも、TiSAの枠組み自体、米国サービス業連合(Coalition of Service Industries:CSI)の元会長口バート・ヴァスティン氏の発案によるものだという。WTOドーハ・ラウンドの行き詰まりが明白になった2010~11年頃から、多国間サービス産業のロビー団体であるグローバルサービス連合(Global Services Coalition:GSC)を通じて活動するなかで、他の企業ロビイストたちからもTiSA構想への支持を獲得していった。GSCの文書では、TiSAが「サービスに関するドーハ・ラウンドの行き詰まりに対する企業側の失望を和らげるために」考え出されたものであると言及している。
第三に、TPP同様、TiSAにもスタンドスティル条項(現行の自由化・規制緩和水準を一律に凍結する条項)と、ラチェット条項(将来にわたって自由化・規制緩和を固定する条項)が含まれるという点である。これらの条項により、TiSA加盟国は一度規制緩和や自由化をしてしまったが最後、容易に元には戻せなくなる。また、新しいサービス(まだ存在してないサービス)も、自動的にTiSAの対象範囲になるという。
以上をまとめると、TiSAは、TPPと同様に秘密主義で交渉が進められており、多国籍企業と企業ロビイスト主導で推進されてきた。彼らの論理で構築されたTiSAの枠組みに入った途端、彼らのビジネスの障害となるような公共の規制を新たに設けることは将来にわたって不可能になる、ということである。
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion4913:140716〕