貧困-米墨壁建設について

ジャ-ナリスト伊藤力司氏の『トランプ大統領の強情がアメリカをさらに分断-メキシコ国境の壁を建設にあくまで固執-』(ちきゅう座)を読んで,田中宇氏の論考『◆米国「国境の壁」対立の意味』を思い出した。

移民の労働力の質と安さについては前回の『Brexitの英国,ポ-ランドそして日本』で触れさせて戴いたが,小生が知っている1970年代の米国では移民を雇うことは違法であった。ある議員が手伝いさんを移民であることを知らずに雇っていた過度で訴えられた時代であった。いつの頃よりそれが合法になったのか知らないが,壁はすでに存在していた。移民受け入れずのトランプ氏に対する風当たりは強くなっていった。

今回伊藤氏の文章でどの辺に建設するのか良く分かった。ところで大統領トランプが米墨国境の壁建設にこだわる件に関して賃金の安さ以外の理由を論じる専門家がいない。非常に残念であると思っていたところ,田中宇氏が彼のブログで『◆米国「国境の壁」対立の意味(2019年1月15日)』と題して,トランプが米墨国境の壁建設に拘る,3つの戦略の組み合わせを紹介している:

(1)米経済覇権体制の破壊。NAFTA潰しやTPP離脱、米中貿易戦争ともつながる経済的孤立化戦略。

(2)民主党と共和党主流派(軍産エスタブ)が政府閉鎖の長期化を嫌って壁建設問題でトランプに譲歩した場合、トランプの政治力が強まり、次期大統領選挙でトランプの勝算が高まる。

(3)民主党が譲歩せず政府閉鎖が長期化すると、米政界の混乱がひどくなり、米国(軍産)は覇権運営どころでなくなり、同盟諸国の米国離れや中露イランの台頭など多極化に拍車がかかる。

(1)と(3)は田中氏の常連読者でないと意味が良く分からない。しかし(2)で壁建設が,トランプの次期大統領当選に向けた戦略だということは分かる。

しかし田中氏に安い賃金とかの視点はない。慧眼だと思う。現に賃金は以前より上昇しており,不法移民がさらに入ってきたとしても「直ち」に賃金が相当に下がるほどではないからである。ただ多くの路上生活者やより低い低賃金生活者にとっては壁建設は強い味方であろう。

田中氏の「米国『国境の壁』対立の意味」で論じられていないことが一つあると思う。それは誰が不法移民を生み出したかという問題である。毎年約150万人もの不法移民を生み出す根本原因が分かれば,あるいは米国民が考えるようになれば,「壁を建設をしなくても済むのではないのか」という視点である。これはトランプの視点だと言ってもよいだろう。

不法移民を生み出したのはスペイン支配に遡るが,近代では多国籍企業のプランテ-ション政策(コーフィ-などの単一作物栽培),米国の政権転覆,殊にCIAの陰謀である。中南米で米軍やCIAの介入がなかった国はないのではないのか。特に解放の神学の牧師6人が暗殺されたのはCIAの仕業であろう。故・加藤周一は『遥かなるニカラグア(『夕陽妄語』)』で,ロ-マ・カトリック教会は一度は解放の神学を破門した。しかしロ-マはその誤りを認めて謝罪した,ことを紹介している。その理由はうろ覚えだが,「貧困が政治によって引き起こされた以上,宗教が政治に関与せざるを得ない」という理由であった。解放の神学は復権し,現職の大統領さえいることは周知の事実である。

トランプが米墨国境の壁建設にこだわるのは,米国民に多国籍企業やCIAによる悪行の数々を勉強し,考え直せと言っているように小生には思われる。