退学者の提訴によって明らかとなった「防大生の下級生イジメ」

昨日(3月21日)防衛大学校の卒業式が行われた。壇上正面に大きな日の丸。学問の自由とも、本来的な意味での教育とも無縁のこの場である。「日の丸」も「君が代」も、そして安倍晋三の出席も違和感がない。

安倍晋三が自衛隊最高指揮官として、かなり長い訓示を述べた。
「卒業、おめでとう。諸君の規律正しく、誠に凛々しい姿に接し、自衛隊の最高指揮官として、心強く、大変頼もしく思います。」から始まり、最後は「御家族の皆様。大切な御家族を、隊員として送り出して頂いたことに、自衛隊の最高指揮官として、感謝に堪えません。お預かりする以上、しっかりと任務を遂行できるよう、万全を期すことをお約束いたします。…平素から、防衛大学校に御理解と御協力を頂いている、御来賓、御家族の皆様に、心より感謝申し上げます。」と締めくくられている。

軍隊大好きのアベ訓示には美辞麗句が連ねられているが、防衛大学校の学生とは、どうも「規律正しく、誠に凛々しく、心強く、大変頼もしい」存在ではなさそうなのだ。また、自衛隊最高指揮官や大学校当局が、「学生をお預かりした責任に万全を期している」とは到底言い難い。安倍晋三は、「御家族の皆様」に感謝ではなく謝罪しなければならない立場にあるようだ。

今年の防大の卒業生は419人。その中での卒業後自衛官への任官を辞退する「任官拒否者」は47人、11%に達した。昨年に比べ2倍近い。このことが戦争法の影響と話題になっている。入学時は500人程度であったはず。卒業に至らなかった80人ほどの退学の理由にも関心をもたざるを得ない。しかし、格段に大きな衝撃は、防大生間の陰湿なイジメが明らかになったことである。しかも、そのイジメの内容が半端なものではない。こんなイジメをする連中には、およそヒューマニズムの片鱗もない。反知性的で、反社会的で、凶暴きわまりない。武器を扱う者たちの本性がこれだとすると、自衛隊とは恐るべき暴力集団と警戒を要する。

これまでも、自衛隊内の上官から部下に対するイジメが話題となったことはすくなくない。そのことによる自殺もあった。しかし、隊内エリート育成機関でのイジメは、これと質を異にする。自衛隊という組織の基本性格を形づくるものと指摘せざるを得ない。

この卒業式に先立つ3月18日、20代の男性が3697万円の損害賠償を求めて福岡地裁に提訴した。提訴後、この若者の母親が、記者会見して訴状の内容を語っている。

原告は、上級生のイジメ(正確には暴行あるいはリンチというべきだろう)に遭って、退学を余儀なくされた元防大生。被告は、国と暴行実行の上級生8名である。

朝日によれば、提訴の内容は以下のとおりである。
「防衛大学校(神奈川県横須賀市)の学生だった福岡県内の20代男性が、上級生らから暴行や嫌がらせを受けてストレス障害になり退学を余儀なくされたとして、当時の学生8人と国に計約3697万円の損害賠償を求めて18日、福岡地裁に提訴した。
 訴状によると、男性は2013年4月の入学直後から、上級生らに「学生指導」と称して殴られたり、アルコールを吹きかけ火をつけられたりする暴行を繰り返し受けたほか、写真を遺影のように加工して通信アプリ「LINE」に流されるなどした。男性は「重度ストレス反応」と診断され、14年8月から休学。昨年3月に退学した。
 男性側は「教官も学生間の暴力行為やいじめを認識していたのに、対策を怠った」などと主張。防衛大を設置する国にも賠償を求めている。
男性は14年8月、上級生や同級生計8人を傷害容疑などで横浜地検に刑事告訴。同地検は昨年3月、うち3人を暴行罪で略式起訴し、横浜簡裁が罰金の略式命令を出した。防衛大は今年2月、新たに関与が判明した学生を含め3~4年生12人と、当時の教官ら10人を処分した。
 男性の母親(50)が18日、福岡市で会見し、『息子は自衛隊員になりたくて防衛大に入った。こんなことがあると知っていたら行かせなかった』と語った。防衛大学校は『再発防止に取り組んでいますが、訴状の内容を確認しておらずコメントは控えます』としている。」

毎日新聞の報道も同旨。以下は抜粋。
「防衛大学校の学生寮(神奈川県横須賀市)で起きた暴行事件を巡り、被害者で福岡県内に住む20代の元男子学生が18日、『上級生らからいじめを受け、大学側も適切な対応を怠った』として、国と上級生ら計8人に慰謝料など計約3690万円の賠償を求める訴訟を福岡地裁に起こした。
 自衛隊内の暴力を巡っては、海上自衛隊呉基地(広島県呉市)の2等海尉が自殺未遂した問題で、両親が先月、山口地裁に提訴したばかり。
 防衛大の教官については『暴行を認識しつつ、助けたり予防したりする対策をとらなかった』として安全配慮義務違反を主張している。元学生は体調を崩し14年8月から休学し、15年3月に退学した。」

本日(3月22日)付赤旗の報道がさらに具体的な内容を伝えている。
「原告の元学生が本紙の取材に応じ、胸中を語りました。
 元男子学生は2013年4月に入学し、学生寮に入寮。しかし同年6月から14年5月にかけて上級生らから受けたのは『指導』と称して殴る、蹴るなどの暴行と、ロッカーにある私物を荒らされるなどのいじめの繰り返しでした。
 『指導』は上級生らの気分しだいで繰り返されるといいます。元男子学生が、なかでも耐えられなかったことは、放課後に上級生から『風俗店にいき、写真をとってこい』という「指導」でした。
 元男子学生が「行けない」と拒むと、「罰」がまっています。仰向けに寝かされ、上級生らが上から足で思い切り踏みつけてきます。
 こうした暴行には「ネーミング」があります。例えば「○○ファイヤー」。下半身にアルコールをふりかけ、それに火をつけるという蛮行です。
 熱さと痛みに耐えられず消そうとすると「まだ我慢しろ」と上級生の罵声が襲ったといいます。
 理不尽ないじめと暴行に、思い悩んだ末に学校のカウンセラーに相談しましたが、返ってきたのは「1カ月我慢すればなくなる、辛抱しろ」という言葉でした。」

 元男子学生は、振り返ります。「あのときはもうだめだ、と思った。最後の頼みの綱が切られた」。心身ともに絶望のふちに立たされ、『重度ストレス反応』と診断されました。14年8月、家族とも相談し休学しました。あわせて上級生ら8人を横浜地検に刑事告訴しました。同地検は15年3月、上級生3人を暴行罪で『略式起訴』し、残りの5人は起訴猶予にしました。横浜簡易裁判所は3人に罰金を命じました。
 元男子学生は、防衛大を昨年3月に退学しました。被害体験から自衛隊への見方、考え方も大きく変化したといいます。

 「実家の福岡が水害にあったときに、自衛隊が住民の救援のために働く姿をみて共感、自分も自衛官になると考えた。高校卒業で国立大学も合格していたが防衛大学校を選んだ。しかし入学して厳しい上下関係を利用した陰湿ないじめ、暴行の限りを尽くす上級生。これを容認する学校側の体質は許せなかった」

原告の元学生は2013年の入学である。この年彼をいじめた2年生が、今年(2016年)卒業している。神妙にアベの訓辞を聞き、帽子を投げた372人(任官拒否者は卒業式に出席できない)のなかに、彼に暴行を働いた者がいる。被告となっている者もいるはずだ。おそらくは、別の場面で別の下級生にイジメを行っていた者もいるに違いない。

「防衛大学校は、自衛隊のリーダー(幹部自衛官)を育成する日本で唯一の大学教育機関です。」と同校ホームページが言っている。卒業して任官すると直ちに曹長となり、半年で三尉となる。下級生をいじめた者が、そのメンタリティをもったまま、兵を指揮する立場に立つことになるのだ。必然的に、隊全体がイジメの体質をもつことになる。

こういう、隊内のイジメの体質は、旧軍時代からの傳統の受継というべきものなのだろう。軍隊とは、戦争をするための組織。戦争はお互いに相手を殺し合うこと、人間性や人権意識があってはなし得ることではない。敢えて不合理な蛮行を日常化する体質や感覚が必要なのだろう。仮に、旧軍からの傳統の受継でなければ、「軍隊というものは、理不尽に慣れなければならない。ようやく自衛隊幹部も一人前に理不尽なことができるようになってきた。それでこそ本来の軍隊に近づいてきた」と言うことなのだ。
(2016年3月22日)

初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2016.03.22より許可を得て転載

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