連戦連勝を支えた首相のメディア対策チーム  この危機を乗り切ったら現代史に名を残すだろう

著者: 村上良太 むらかみりょうた : ジャーナリスト
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  安倍首相のメディア対策チームは世界的に見ても最も成功したエキスパート集団かもしれない。2012年12月に安倍政権が発足して以来、アベノミクスを大々的に打ち上げ、好景気を演出し、アメリカのノーベル賞経済学者らの支持も取り付けて大々的にメディアでアピールした。2011年の東日本大震災と福島原発事故の痛手でしゅんとしていた日本人にとっては久々に打ちあがった花火のように見えた。

  2013年に始まったアベノミクスは新たに就任した黒田東彦日銀総裁による「黒田バズーカ」の威力とともに当初は上り龍の勢いだったが、2014年春に消費税を5%から8%へと引き上げたために景気は悪化し、さらにその秋には法務大臣だった松島みどり氏が選挙区で無料でうちわを配っていた件が国会で問題視されて辞職。さらに経済産業大臣だった小渕優子氏に政治資金規正法違反の疑惑が週刊誌で浮上した。この件は証拠となるハードディスクがドリルで穴をあけられ破壊される、という「ドリル事件」として国民に衝撃を与えた。この結果、小渕優子氏は不起訴となった。

  これらの景気悪化や一連のスキャンダルの結果、首相の任命責任も含めて安倍政権の支持率はじりじりと下がっていった。第二次安倍政権以来最初の危機となったこの2014年の秋、安倍首相は支持率が低下して自民党内のライバルから引きずり降ろされる可能性もあった。ところが、この時、安倍首相は国民をぎょっと驚かせる奇策に出た。衆院を解散して、総選挙を行うと宣言したのだった。だが、いったいなんのための選挙なのか?この時、メディア対策チームは安倍首相をNHKのニュースウォッチ9に生出演させ、こういう言葉を吐かしめたのだった。

 「税は議会制民主主義の基礎である」

  いったい何のことだ・・・と今でも思う人は少なくないだろう。安倍首相は消費税の引き上げ時期を1年半後(2017年)に先延ばしするが、その時は何があっても必ず10%に引き上げるからそんな安倍政権を信任するかどうか、国民に問う、と宣言したのだった。そんなことで総選挙を行う必要があるのか?と多くの人は思ったのではないだろうか。だが、この時の選挙ではマスメディアが「あまりにも無意味な選挙」と批判したことで、多くの若者たちが投票せず、この時点で戦後史上最低の投票率となった。白票を勧める人もいた。本来は2013年12月に強行採決した特定秘密保護法の是非を国民に問うことでもできた選挙である。ところが、この選挙には意味がない、というムードが新聞を通して世間に蔓延したのだった。その低投票率の甲斐あって自民党は勝利を収めた。この時も首相のメディア対策チームはあっと驚く手を使って野党や野党支持者を圧倒したのである。

  その後の税の経緯については周知のとおりだ。2017年になっても消費税は景気の悪化のため、10%に上げられることはなかったのである。「税は議会制民主主義の基礎である」ということだったが、この時は再延長してよいかどうか国民に真意を問うことはなかった。それでは2014年の選挙はいったい何のための選挙だったのか、と国民は思っただろうが、安倍首相にとって肝心なことは2014年の秋をなんとしてでも乗り越えることにあり、2017年になったら状況も変わっているし、国民は覚えていないだろうと思ったに違いない。

  そして2014年末の「無意味な選挙」で勝った安倍政権は長期政権の可能性を視野に入れ、満を持して翌年の2015年5月、自衛隊が海外で戦えるように自衛隊法など一連の法改正を含めた安保法制を国会に提出した。もちろん、この法案のことは「無意味な選挙」の争点にはならなかった。安倍政権はこの選挙は税が民主主義の核心にある、というテーマを設定し、増税延期の是非を問うことが緊急のテーマなのだとメディアを通して国民に大々的に訴えたからだ。そしてマスメディアも政権の期待に即してこのテーマに呪縛されたように見える。新聞は本来、報道を通して民主主義を守る機能が最も大切だと言われる。しかし、日本ではそうではないらしい。なぜなら、民主主義が新聞・メディアで促進されると言うより、むしろ問われている真の争点が選挙のたびにはぐらかされ、国民の意思ができるだけ選挙に反映されないようなテーマ設定がなされてきたと言っても過言ではないと思うからだ。

  第二次安倍政権の発足以来、安倍首相は何度となくマスメディアの幹部を招集して寿司屋やレストランで懇親会を開いてきた。一緒に食事をしたら、仲間であり、これを「同じ釜の飯を食った仲」と日本では表現する。首相とマスメディアの幹部たちはいわゆる「飯友」となったのだ。これも安倍政権のメディア対策チームの勝利だろう。いったい、誰がどのように指揮をしているのか筆者は知りえないが、非常に有能な人間がいることは間違いない。そのことはアメリカ人ジャーナリストをして(以下の文言はわが記憶によるのだが)「日本のメディアは高校野球、安倍首相のメディア対策チームは大リーグ」といった意味合いのことを言わしめたのだった。大リーグの選手が高校野球の未熟な選手をいなしている、と言われたのである。外国人ジャーナリストから見たら、それくらい日本のマスメディアは権力監視の力が甘いということだろう。これでは少年少女が夢見る業種にはなりえないに違いない。

  その後も経済再生担当大臣だった甘利明氏の収賄疑惑は大臣辞職と睡眠障害による国会休みで追及を切り抜けた。また実質賃金は上がらずアベノミクスは失敗だったという不評も乗り越え、特定秘密保護法や安保法制による支持率の低迷の危機も乗り越えてきた。北方四島返還か、と期待させて蓋を開けると不発だった日ロ首脳会談も。

  安倍政権は危機のたびごとに新しいキーワードを次々と打ち出し、「もうその問題は終わったんだよ」、というメッセージを国民に伝えてきたのだった。アベノミクスの第三の矢が不発で失敗に終わっても、「アベノミクス第2ステージ」として「新三本の矢」を打ち出して「この道しかない」と国民の心を呪縛した。自民党のイメージ戦略には電通が大きな力を発揮しているとされるが、これまで優れた広告で大衆に戦後、夢を見させてきた電通である。何を隠そう、筆者も長い間電通の作る広告のファンだったのだ。今、日本の津々浦々に「この道を。力強く、前へ。」とコピーのついた安倍首相のポスターが張られ、これ以上の存在感を漲らせる政治家は日本には他に一人としていない。これはメディア対策チームの抜群のセンスと潤沢な資金力によるものである。

  だが今、森友問題やら加計学園やら、南スーダンやら、様々な疑惑がどっと集中豪雨のように首相の周りに注いでいる。鳴り物入りで推進してきたTPPも本来は推進者だったアメリカに土壇場で手のひらを返されて逃げられた。首相のメディア対策チームにとっては正念場だろう。今ではメディア対策チーム自体が国民的な注目の的になってきたのだ。さらにこれまでと違って料理屋にメディアの幹部を集めたらその模様がネットメディアに撮影され、内部の話がリークされるようになってきた。そして長い間、メディア対策チームの神業で維持してきた40%から60%もの高い安倍政権の支持率が今、日経の調査で4割を切ってしまった。

   マスメディアがいかに高校野球選手のレベルであって、首相のメディア対策チームが大リーグ級であったとしても、次から次へと湧いて出てくる疑惑や醜聞や不見識は首相とその側近たちに赤ランプを灯している。メディア対策だけではもういかんともしがたくなってきたのだろうか。所詮は自動車や炊飯器のCMを作るのとは違うのだ。それともここで再びメディア対策チームが奇策を放って、大ホームランを放ち国民をあっと驚かせるキーワードを練り出し、政権を再起させることができるか。首相の背後には辣腕のスタッフや天才的なコピーライターや知恵と洞察力に富む参謀たちが控えて、呻吟しているのではないだろうか。彼らがこの危機を乗り越えて安倍政権を東京オリンピックまで維持し、晴れて夢の改憲を実現したら、まさに現代史に残る「メディアに連戦連勝の」、政治家にとっては夢のようなメディア対策チームとして不動の名声を勝ち得るに違いない。

  だが、忘れてはならないのはマスメディア対策が最も大切だと言うことを誰よりも知っている人物こそ安倍晋三首相そのひとであることだ。それは裏を返せば安倍首相ほど自己の力を過信せず、マスメディアが持つ力を熟知している政治家は日本にはいないということでもある。安倍首相が過去に自民党の政治家の中でメディアを最もうまく使って長期政権を維持した小泉純一郎首相の官房長官だったことも関係していると思う。安倍政権は人間がいかにメディアに出回る言葉とイメージに影響されやすいかということを如実に示してくれたのである。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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