今年も残すところあとわずか。今年を振り返って憲法に関わる最大の出来事は第48回総選挙(10月22日投開票)だった。それぞれの立場からの総括はあるのだろうが、私にとっては今振り返ってなんとも無念な結果。全国的な総括はともかく、地元のことにはきちんと発言しておかなければならない。部分の出来事が全体の教訓ともなり得よう。
結論から言えば、地元の小選挙区では不適切共闘候補を抱えての選挙だった。立憲民主党所属の松尾明弘というこの候補者を、市民団体や共産・社民・自由などが、次回にも再度共闘候補として擁立するようなことがあってはならない。立憲民主党の候補者としても適切ではあるまい。
にもかかわらず、共闘候補としてまったくふさわしくないこの人物が、次回を目指して政治活動をはじめているという。これは看過しがたい。早いうちに、周りがきっぱりと「NO!」というべきだ。選挙が近づいてからの、ごたごたは御免をこうむる。選挙総括の今の時期に、はっきりしておかなくてはならない。
選挙に関わった政党や市民団体からは、面と向かって言い出しにくい事情もあろう。私はものが言いやすい。はっきり言っておこう。
「松尾明弘君、君は反アベ反自民を掲げる立憲野党の共闘候補としてふさわしくない。そのことを自覚して、今後立憲野党の共闘候補として立候補する意思のないことを公式に表明していただきたい。できれば、不出馬宣言と同時に野党共闘への協力姿勢堅持の表明もあってしかるべきだろう。そして、今後の選挙でそれにふさわしい立候補者が擁立された場合には、誠心誠意その当選のための運動に力を尽くすことも表明していただけたらありがたい。
もとより政治活動の継続は君の自由だ。立候補も君の権利だ。誰もそれを妨害はできない。しかし、もし君があくまで立候補するというのなら、君の思想にふさわしい支持母体、たとえば自民党からの出馬をお勧めする」
「松尾明弘君を市民と野党の共闘候補として擁立された東京2区内の市民団体や諸政党の皆さま。彼が、市民と野党の共闘候補としてふさわしくないことをそれぞれの組織内でご確認のうえ、今後共闘候補としての擁立はあり得ないことを早期に公表されますよう、一市民として強く要望いたします」
私の地元の文京区は、革新の気風が強い土地柄。都議選では定員2のところ、共産党候補者が度々勝ってきた。ときには、トップ当選もした。もちろん、共産党だけでそんな力はない。革新票を共産党候補が集めてのことだ。今年の夏の都議選でも、225票の僅差で惜敗はしたが、共産党候補は28%を得ている。民進党よりもはるかに、存在感があるのだ。その文京区を中心に台東区・中央区と、港区の一部が総選挙における東京2区となっている。今回の選挙直前、その2区の野党共闘候補として立憲民主党の松尾明弘が突然に決まった。振り返ってみれば、あのごたごたの中での成り行き。やむをえない一面はあったのだろうが、関係諸政党からの共闘候補者決定の経緯は知らされなかった。
一度決まれば、疑義を挟めない。立ち位置の知れぬ立憲民主党の候補者であつても、自民党の議席を一つでももぎ取ることができるのならお手柄だ。そう思って、私も気乗りのしないまま投票依頼をした。
この選挙の前には知らなかったが、松尾明弘は弁護士である。私は、護憲運動や人権課題に携わる弁護士の事情に比較的通じた立場にある。だから、度々質問を受けた。「松尾さんってどんな弁護士さんですか」「これまで、どんな分野で活動をされてきた方ですか」。これに、なんとも答えようがないのだ。
正直に言えば、こんなところなのだ。「弁護士とは人権と社会正義を貫くのが使命ですが、松尾さんがそういう分野で仕事をしたという話しはまったく聞いたことがありません」「弁護士会は人権擁護のための諸活動に取り組んでいますが、彼がある分野で活躍したということは知りませんね」「平和や人権の課題に取り組み、その活動の延長として立候補したというなら応援したくもなりますが、そんなところはまったくなさそうです」「普通、政治家は大切にしている強い理念実現のために立候補するのですが、彼の場合にはなにも見あたりませんね」「いったい何のために、立候補したのやら」
もちろん、選挙中にそんな正直なことを言えるはずはない。気持ちは乗らなかったものの、「安倍自民党の9条改憲の策動を阻止するために、市民と野党の共闘候補である、松尾明弘さんをよろしく」と繰り返した。
この候補者、選挙中の東京新聞と朝日新聞の候補者アンケート回答で馬脚を現した。
まず、東京新聞アンケートを再現してみよう。
「設問1 改憲はどうする? 松尾明弘の答 改正すべきだ」
「設問2 憲法9条は? 松尾明弘の答 改正すべきだ」
「設問3 憲法9条の2項を残したまま自衛隊を明記することには 松尾明弘の答 賛成」
「設問5 安倍政権下で成立した安全保障関連法、特定秘密保護法、「共謀罪」の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法についての評価は 松尾明弘の答 評価できるものも評価できないものもある」
「9条改憲賛成で」「憲法9条の2項を残したまま自衛隊を明記することに賛成」とは対決している敵の主張であり論理である。うっかりこんな者を当選させたら、敵に塩を送ることになる。大切な護憲派の一票を、アベ9条改憲派に掠めとられることになる。「安保関連法、特定秘密保護法、「共謀罪」法は、評価できるものも評価できないものもある」とは何ごとか。それでも、弁護士か。いや、良識ある市民か。なんのために法を学び、歴史を学んだのか。
朝日のアンケートに対する回答にも驚愕した。
「『原子力規制委員会の審査に合格した原子力発電所は運転を再開すべきだ』いう意見に、「賛成」「どちらかと言えば賛成」「どちらとも言えない」「どちらかと言えば反対」「反対」の5段階で求められた問への松尾明弘の回答は、「賛成」なのである。これも、明確な敵の立場だ。
さらなる衝撃は、彼が軍拡論者だということだ。
「『日本の防衛力はもっと強化すべきだ 』に、「賛成」「どちらかと言えば賛成」「どちらとも言えない」「どちらかと言えば反対」「反対」の5段階の選択肢への回答を求められて、『賛成』と回答しているのだ。
これが、市民と野党の共闘候補か。共産党も、社民党も、立憲民主党も、こんな人物をどうして候補者としたのだ。いったい何を考えているのだ。どう責任を取ろうというのだ。いや、私も、こんな人物の票読みをしたのだ。謝罪して許しを乞うしかない。
彼は、これまで平和も民主主義も人権も、本気で考えたことはない。なんの理念もなく、選挙はイベントのノリでの出馬。客観的には、アベ改憲陣営から野党陣営に送り込まれた「トロイの木馬」の役割だ。野党陣営を撹乱し、護憲票を取り込んだ改憲派議員。
小選挙区制を所与の前提とする限り、改憲を阻止するには、改憲阻止を掲げる諸政党や無党派市民との共闘が不可欠である。しかし、現実の問題として共闘は難しい。難しいが、こんな人物を擁立してはならない。御輿に乗る人とかつぐ人が、真反対の方向を向いているような共闘は成立し得ない。見る夢がちがっていれば、夢の達成をともにすることはできないのだから。
(2017年12月22日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2017.12.22より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=9647
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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