3年前の2013年参院選以来のインターネット選挙運動解禁は、画期的な選挙運動の自由をもたらした。しかし、インターネット選挙運動の解禁によって、ビラやチラシの必要がなくなったわけではない。特定の場所に集まる人々を対象に、特定の内容のビラやチラシを配布する必要は相変わらずあり、インターネットやブログの発信で代替できるものではない。
にもかかわらず、ビラやチラシについての規制は厳しいままだ。知恵を絞って、せめて、落選運動のビラやチラシを自由に撒けることにならないか、と考えた方がいらっしゃる。
たまたま都内のある方から、こんな相談を受けた。
7月10日の投票日前に、地元で、ご年配者向けに『本当に自民党・公明党で良いのでしょうか?』というチラシを作成・配布を考えています。
公選法のグレーゾーンにあたる場合は、しない方が良いというアドバイスもありますが、公示後の落選運動のビラは、グレーゾーンに入るのでしょうか。
以下は、この問に対する回答の一端。
「改憲を許すか阻止するか」という厳しいせめぎあいの中での貴重な活動に敬意を表します。ビラ・チラシの配布は本来は憲法上の権利です。表現の自由でもあり、参政権の行使としても、自由に行えてよいはず。しかし、べからず公職選挙法による無用の弾圧は避けなくてはなりません。
お尋ねの『本当に自民党・公明党で良いのでしょうか?」というチラシ。もし、この趣旨を逸脱しない落選運動に特化したチラシを、団体が組織的に行うのではなく市民個人が手作りのものを、手渡しで配布するなら、なんの問題もありません。公示の前後を問わず、投票日当日も配布することに差し支えがありません。
ある文書の配布が法に触れないか。そのことを考えて結論を出す際には、次の3段階で考えてください。
第1 この文書は選挙運動文書としてその配布は違法とならないか。
第2 この文書は、選挙期間中の政治活動文書として違法にならないか。
第3 法が特に定める「脱法文書」に当たらないか。
まず、「第1 選挙運動文書としてその配布は違法とならないか。」
公職選挙法は、選挙運動に厳重な規制を設けています。選挙運動に当たる文書(公職選挙法では、「選挙運動のために使用する文書図画」といっています)の配布に関する規制のあり方は、一般的に禁止して、法が認めたものだけに限定して許可するという厳しさ。結局は、選挙運動に当たるビラの配布として可能なのは、選挙用ハガキと証紙ビラに限られることになります(公職選挙法142条)。
ですから、「野党候補のAさんを当選させましょう」「比例はB党へ」という投票依頼文言を記載したビラ・チラシは、手作りのものでも不特定または多数の人々を対象とする配布は禁じられています。
問題は、何をもって「選挙運動」に当たるかです。法に規定はなく、判例は『特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為』とし、行政実務もこれによっています。実は、この「間接」「必要かつ有利な行為」は曖昧さを残していますが、候補者名なく、投票依頼文言もない文書を選挙運動文書とすることは無理も甚だしいといわざるを得ません。
落選運動は選挙運動の定義には本来当てはまりません。ただ、場合によっては、A候補の落選を意図した文書が、対立する唯一のB候補の「投票を得又は得させるために間接に必要かつ有利な行為」と認定される恐れは絶無とはいえません。この点をグレーゾーンと言えば、いえないこともないかと思います。幸い、東京選挙区では心配ご無用ですが。
『本当に自民党・公明党で良いのでしょうか?」というチラシが、選挙用文書になるとは到底考えられないところです。
「第2 この文書は、政治活動文書として違法にならないか。」
公職選挙法には奇妙な規定があって、選挙運動期間中の選挙運動だけでなく、政党や政治団体の政治活動を大幅に規制し、確認団体とされた特定の団体についてだけ、この規制を解除するという複雑な制度を設けています。(公職選挙法201条の6)
規制される政治活動は、態様や効果の点において、選挙運動と紛らわしいもの7種類で、そのなかには「ビラの頒布」が含まれています。ですから、選挙期間中政党や政治団体のビラ・チラシの配布は、選挙運動用文書について禁止されているだけでなく、政治活動文書も原則禁止なのです。そして、一定の要件を備えた確認団体についてだけ、候補者名などを入れない、いわゆる法定ビラ(3種類)を配布することができるとされています。
したがって、確認団体でない政治団体が組織的に政治活動文書(落選運動文書を含みます)を配布することは禁じられていることになります。問題は、ここでいう政治団体の定義で、政治的な発言をするあらゆる団体がこれに当てはまるとは思えませんが、この点は、グレーと言わざるを得ません。
もっとも、この規制は政党や政治団体のビラ配布に関するもので、市民が純粋に個人として行うものについては規制の対象外で自由とされています。お尋ねのものは、この範疇に属するもので、違法ではないと考えられます。
最後に、「第3 法が特に定める『脱法文書』に当たらないか。」
公職選挙法は、その第146条を(文書図画の頒布又は掲示につき禁止を免れる行為の制限)として、脱法行為を禁止しています。
「選挙運動の期間中は、いかなる名義をもつてするを問わず、《文書図画の頒布》の禁止を免れる行為として、『公職の候補者の氏名』若しくは『シンボル・マーク』、『政党その他の政治団体の名称』又は『公職の候補者を推薦し、支持し若しくは反対する者の名を表示する』文書図画を頒布することができない。」
ですから、「本当に自民党・公明党で良いのでしょうか?」というチラシに、『○○選挙区候補者W』『候補者のシンボル・マーク』、『政党名や政治団体名』又は『△△候補者をCさんが推薦しています』『▽▽候補にはDさんが反対しています』などと書き込んではいけないということになります。
無用の弾圧を招かぬよう細心の注意を払いつつ、できるだけのことをしたいものと思います。
(2016年6月28日)
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2016.06.28より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=7096
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
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