鄭 明勲(チョン・ミョンフン)の夢

韓国通信NO546

クラッシックファンなら知っている人も多い。鄭明勲(チョン・ミョンフン)(65)は韓国ソウル生まれ、世界的に活躍する指揮者、ピアニストでもある。
現在東京フィルの常任指揮者として度々来日し、日本のファンも多い。
パリ・オペラ座の音楽監督を皮切りにヨーロッパ各地のオーケストラの指揮をつとめ好評を博してきた。
韓国ではソウル市交響楽団の常任をつとめるなど、日本と韓国の音楽交流に努めてきた。以下『ハンギョレ新聞』電子版記事<「鄭明勲の夢」>を翻訳紹介する。

――鄭明勲は1990年、北朝鮮から平壌公演を依頼されたが、韓国政府は許可しなかった。2006年10月には同じく平壌の尹伊桑(ユニサン)交響楽団を指揮しようとしたが、北の最初の核実験が行われたために取り消しになった。2011年9月には平壌で銀河水(ウナス)管弦楽団とリハーサルを行い、ソウル市響と「合同演奏」を行う仮調印を結んだが南北関係がこじれ水泡に帰した。
彼は「南北オーケトラ合同公演を指揮することが私の夢」と常々語ってきた。
北朝鮮とフランスの管弦楽団の合同練習を指揮する機会がまず訪れた。2012年3月フランスのパリで銀河水管弦楽団とラジオ・フランスフィルの合同公演を指揮した。ブラームスの交響曲第一番に続きアンコールに「アリラン幻想曲」を演奏した。鄭明勲は「音楽はいかなる分断の理由より強い。亡くなった母にこの『アリラン幻想曲』を捧げる」と語った。彼の母親の故郷は「北」である。

鄭明勲(チョン・ミョンフン)が2012年3月フランスのパリで銀河水管弦楽団とラジオ・フランスフィルの合同公演を指揮した時のリハーサル風景

朴元淳ソウル市長は去年6月ロシアを訪問、マリンスキー劇場の総監督ワレリ・ゲルギエフにソウル市響と北のオーケストラとの合同公演の指揮を依頼した。ケルギエフ氏は乗り気だった。もちろん世界最高級のマエストロであるゲルギエフもすばらしいが、南北合同公演をするなら意義深さではチョン・ミョンフンに指揮させるほうがずっと大きいはずだ。
鄭明勲とロッテ文化財団が作った「ワン・コリア・ユースオーケストラ」が最近、楽団結成演奏会を行った。ワン・コリアとは「音楽で南北を結ぼう」という意味が込められている。鄭明勲は「心と心をつなげるのは音楽をおいてない。いつか北の音楽家たちと一緒に音楽をするのが私の目標」と語る。三池淵(サムジヨン)管弦楽団が平昌オリンピックへ祝賀公演にやってくる。オーケストラと歌舞団あわせて140名規模と言われている。日程が差し迫っているとは云え、ソウル市響とサムジョン管弦楽団が合同公演をしたらどうだろうか。その時こそ鄭明勲の長年の夢がかなう時だ――
                         1/16 イム・ソクキュ記者

 平昌オリンピック目前、南北会談の進展には驚くばかりだ。南北の統一チーム結成、北の訪問団が連日伝えられるさなか、北朝鮮の核・ミサイル問題に関する外相会合が16日カナダのバンクーバーで開かれた。
席上、河野外相は南北の対話に触れ「北朝鮮が核・ミサイル計画を執拗に追求している事実から目を背けるべきではない」と指摘し、「北朝鮮の『ほほ笑み外交』に目を奪われてはならない」と発言した。
閣僚の中で野田聖子総務相とともに「非安倍」と目された期待の新人とはとても思えない硬直した発言だ。北朝鮮との戦争もあり得ると恐怖を煽ってきた政府には、南北会談は「困った」ものに映るようで、河野発言からもその当惑ぶりが見える。
  たしかにこれまで北朝鮮の行動と発言に「振り回されてきた」感は否めない。しかし南北の「熱い戦争」が回避されたことにひとまず胸をなでおろした人も多いはず。北朝鮮の核問題を協議する六か国協議で、わが国は口を開けば「拉致問題」を優先させようとしたため、「核」も「拉致」もこじらせてしまった。核とミサイル開発に北朝鮮を追い詰めた責任が問われる。南北の対立はまず南北の話し合いからという素人っぽい大人の態度を見せるトランプ大統領をむしろ見習うべきだろう。
 「予断を許さない」「紆余曲折が予想される」などとNHKのようによそ事みたいなことを言わず、率直に南北の話し合いを見守っていく態度が必要だ。

上に紹介した「鄭明勲の夢」は、韓国の人たちが(おそらく北朝鮮の人にとっても)、祖国の統一にどれほど熱い思いを持っているを示すものだろう。
朝鮮半島の統一を願っていた世界的作曲家尹伊桑(1917- 1995)も忘れられない存在だ。

尹伊桑

植民地時代に日本で音楽を学んだ尹伊桑は1967年、東ベルリンで、北のスパイ容疑で朴正煕政権下、KCIAによって拉致され無期懲役の判決を受け、国際世論の反発を受けたため釈放された人物だ。
東洋を取りこんだ作曲作品は20世紀を代表するものと評価が高い。生涯、韓国の民主化運動にかかわり南北の統一を「夢」見た。故郷に帰る夢は叶わず78才の生涯をドイツで終えた。故郷の慶尚南道統営(トンヨン)には尹伊桑記念音楽ホールがある。
 国土と民族の分断という隣国の現実に私たち日本人は無関係ではない。繰り返すが、好んで北と南に分かれたのではない。当事者が話し合うことに不満や横やりをいれるのは日本人としてやめたほうがいい。「微笑み」に「誤魔化されるな」などと偉そうな戯言(たわごと)は云わないほうがいい。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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