韓国通信NO697
韓国の詩人金芝河(キム・ジハ)が亡くなった。5月8日享年81才。韓国の民主化運動を語るうえで欠かせない人物だが、個人としても忘れられない人物だ。
軍事政権を批判した詩『五賊』を発表し、「反共法」違反で逮捕・投獄され注目された(1970)。『苦行―獄中におけるわが闘い』(金芝河刊行委員会編・訳)をむさぼるように読んだ。
反体制詩人として軍事政権批判を続け、1974年の「民青学連事件」で死刑判決、その後無期懲役に減刑。釈放後も執拗な軍事政権の弾圧によって逮捕・投獄を繰り返した。あからさまな弾圧に国内はもとより国際的にも批判が広がり、サルトル、ボーボワール、チョムスキー、わが国でも大江健三郎、鶴見俊輔、金達壽ら多くの文化人、知識人による抗議・釈放運動が繰り広げられた。
生命を賭して果敢に闘い続ける金芝河の存在に衝撃を受けたのは彼と同年代だったこともあるが、彼の著書を原書で読もうと『金芝河全集』(漢陽社1975発行)に挑んだ。
辞書を片手の読書(韓国語の勉強を始めてから日が浅かった)は苦労したが、今日に至る韓国語学習へのエネルギーは全集の表紙の写真から受けた衝撃によって培われたような気がする(写真上)。白衣に身を包み腕と手首を拘束されながら微笑をたたえる姿が眩しかった。
金芝河会見記
獄中の良心囚を支えた続けた大阪のアムネステイの仲間とともに韓国を訪れ、金芝河と話をする機会があった。私にとっては夢のような存在だった人と握手までして皆で質問攻めにした。2005年6月、会場はソウルプレスセンターだった。
会見の内容は通信NO64に詳しいが、民主化宣言1987年から18年、今から25年前の会見記は読み返しても興味深い。
和気あいあいとした雰囲気を記憶しているが、過去と現在を語りながら時折見せた厳しい表情が印象に残る。時代とともに日本も韓国も変わり、韓国社会では「出る幕はなくなった」と語り、老子の言葉「道を道だと言った時、すでにそれは道ではない」を引用して「真理を硬直させれば非真理に陥る。だから、私は確定的なイデオロギーを排除することによって真理に到達しようとした」と語った。すでに彼には変節という批判がその当時からあった。私を「反体制文学者」としてレッテルを貼るのは間違いだ。「私は何も変わらない」と述べた。<写真下/会見する金芝河/中央>
民主化運動に対する日本人の支援に感謝しながらも、日本社会の民主化の問題点についてドイツを引き合いに説明した。日本に欠けている自己否定(歴史の清算)にくらべ、ドイツは過ちを克服して新たに「いのち」「平和」「女性」に新しい価値を見出した。旧態依然とした日本社会の中で韓流ブームの火付け役となった「冬ソナ」「ヨン様ブーム」に日本の女性たちが寄せる韓国への自然な感情を評価した。あの押しも押されもせぬ抵抗詩人が「ヨン様」を持ち出したことに同席した日本人も韓国人もあっけにとられた。詩人は「男はメンツや仕事中心だからダメ。これからは女性の時代だ」とまで言い切った。
変節者、裏切り者の烙印を押されて
その後、あまり話題になることのなかった金芝河が突然注目を浴びたのは2012年の大統領選挙の時だった。彼を苦しめ続けた朴正熙元大統領の娘、朴槿恵候補を公然と支持すると発表したからだ。選挙は廬武鉉元大統領の側近だった文在寅と激しい選挙戦を繰り広げていた。野党の支持者、民主派には信じがたい「背信」だった。当時、千葉県我孫子市の日本語教室に通っていた韓国人男性と飲み屋でそのことが話題になった。酒に酔った彼は、金芝河を許せないと言って泣いた。私は韓国社会の衝撃の深さを知った。金芝河の影響がどれほどだったかわからないが、朴槿恵は大統領になった。
獄中10年余、天敵朴正熙の娘の大統領就任を金芝河がどう評価したか想像する他はないが、金芝河の選択には単なる「裏切り」という言葉で片づけられないものを感じていた。
民主化を成し遂げた勢力に危うさを感じ、敢えて「反対の反対」を支持したのではないか。2005年の会見の時、彼が、「イエス オア ノー」という二進法では進まないと、自己否定を含む弁証法を持ち出したことを思い出した。直線的な民主化はあり得ないと彼は言いたかったのだろう。
市民が立ち上がる民主化運動に彼は期待した。2016年に起きた「ローソクデモ」で自分が支持した朴槿恵大統領が弾劾されるのを読み込み済みだったような気がする。
今回の韓国大統領選では、朴槿恵を否定した文在寅政権が守旧派によって否定された。新大統領尹錫悦(ユン・ソギョル)が韓国民に新たに与える試練は高みに向かう過程に過ぎない。金芝河が描いた永久民主革命へのイメージ、韓国政治のダイナミズムを見るようだ。
韓国の民主化運動のなかに金芝河のような人物がいたことは日本人として記憶してよい。
すでに紹介した通信NO63で私は金芝河について以下のように記した。「同年代の人間から、これほど深く激しく魂を揺さぶられたことはなかった。自分はどう生きるべきかという根源的な問いに加えて、日本人としての生き方にこれほど大きな影響を与えた人はいない」。金芝河は過去の人であり、晩節を汚したとも評されるが、私の独断に満ちたオマージュ(献辞)である。
晩年の金芝河は、江原道原州で農業に従事する環境運動家だった。また韓国でもよく知られる小説家朴景利(パク・キョンリ。代表作『土地』)の娘婿だったことも付け加えておきたい。
1972・5・15沖縄返還50年
沖縄県が7日に発表した『平和で豊かな沖縄の実現に向けた新たな建議書』を読む。戦争の不安が広がるなか、沖縄発の力強い平和のメッセージに励まされた。今、私たちが何をすべきか。自分のために何ができるのか考えたい。
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
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