3年前のリーマン・ショックで危機に陥った大手金融機関は税金の投入で救済され、今や巨額の利益を上げている。それなのに納税者の多くは仕事が見つからず、日々の暮らしはどんどん悪くなっている。1%の富裕層が米国の富を独占している現状を打破しようと「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」と叫ぶ若者たちの運動が、ニューヨークからボストン、シカゴ、サンフランシスコ、ロサンゼルスなど全米70カ所以上に広がった。
9月17日、ニューヨークはマンハッタンの一角にある公園に若者たちがキャンプを張り、「corporate greed(企業の強欲)」のせいで国の富は国民の1%が独占し、99%は苦しんでいる。金持ちが過剰に優遇される仕組みはおかしい―だから「ウォール街を占拠せよ」という草の根運動が始まった。若者たちはインターネットの生放送を使って、全米に参加を呼び掛けた。数日間のうちに、交流サイト「フェイスブック」の「ウォール街を占拠せよ」ページには6万5千人以上がお気に入り登録。短文投稿サイト「ツイッター」のアカウントは3万5千人がフォローし始めたとされる。
ウォール街近くの高層ビルに囲まれたズコッティ公園には、サイトを見た老若男女が思い思いのプラカードを掲げて続々と集まってきた。抗議行動の一環として瞑想する者、パソコンで現場の状況をネットユーザーに伝える者、「Occupied Wall Street Journal(占拠されたウォールストリート・ジャーナル)」という、有名紙をもじったミニ新聞を製作する者…拡声器を使ったスピーチや過激な内容のプラカードは見られず、抗議行動は整然として秩序立っていると報じられている。
この抗議行動の現場にはノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツ博士、記録映画のマイケル・ムーア監督、女優のスーザン・サランドンさんらの著名人が激励に駆け付けた。スティグリッツ博士は、今春米誌に発表した論文の中で「米国人の1%が国全体の所得の25%を受け取り、富の40%を保有している」と指摘、米国の現状を「1%の1%による1%のための政治」と批判した。著名な投資家のジョージ・ソロス氏もこの抗議運動への支持を表明した。
米国史上最悪の財政赤字に苦しむオバマ政権は先月、富裕層や大企業への増税策を打ち出したが、下院で多数を握る共和党が猛反対しているため、立ち往生している。有名な投資家で億万長者のウォーレン・バフェット氏は「自分より自分の秘書のほうが高い税率なのはおかしい」と公に発言して、増税策を応援している。しかし、共和党は前ブッシュ政権時代に実施された、富裕層への期限付き減税を停止することに頑強に反対している。
経済学では、資本主義が最も高度に発達した形が金融資本主義だと言われる。ウォール街を本拠とする米国の金融資本主義は、レーガン政権時代以降のネオ・リベラリズム(新自由主義)にそって規制解除された金融市場で、取引を拡大し続け全盛期を迎えた。銀行と証券の業務兼営を禁じていたグラス・ステイーガル法が前ブッシュ政権下で廃棄されたことで、金融の自由化とグローバル化がいっそう進んだ。
金融資本主義の隆盛下、20世紀末に登場した金融工学(financial engineering)という学問の装いをした魔術により、数々の金融派生商品(derivativeデリバティブ)がつくられ、売買された。しかし証券であれ債券であれ金融商品は、その元になる実体の信用度がものを言うことに変わりはない。アメリカの不動産の信用度は高いということで大量に売り出されたサブプライム関連商品は、「9・11」同時多発テロ事件以降じわじわと広がった不動産価格の低迷で値崩れを起こし、最終的にはリーマン・ショックを引き起こした。
未曾有の金融危機に立ち向かったブッシュ政権は、税金投入による金融資本主義の救済に走った。これを受けたオバマ政権も、さらに巨額の税金投入に踏み切らざるを得なかった。金融資本主義がアメリカの経済を牛耳っている以上、金融資本を死滅させれば国の経済がすべて立ち行かなくなるからだ。アメリカのようなクレジットカードの利用が進んだ社会で、銀行が破産したらカード利用者がどうなるかを考えただけでも、金融資本の救済が必要なことは理解できよう。
こうして金融資本は生き延びたが、リーマン・ショック後の不況は庶民の生活を直撃し、とりわけ不動産バブルがはじけて中流階級の貧困化が進んだ。さる9月13日に発表された米国勢調査局の統計によると、2010年の貧困人口は4,618万人に上り、統計を取り始めた1959年以降で最多になった。貧困人口率は15・1%で6人に1人に迫り、黒人だけで見ると27・4%、ヒスパニック(中南米系)が26・6%で4人に1人を上回る。
OECD(経済協力開発機構)の統計では、米国の貧困率は先進7カ国(G7)の中で最も高い。米国勢調査局では夫婦と子供2人の4人家族で年収2万2,113ドル(約170万円)以下の世帯を貧困層と規定しているが、貧困人口は2009年から260万人以上増加した。貧困人口率は2006年以降上昇を続けており、1993年以降で最悪を記録。また2010年の世帯年収の中央値は4万9,445ドル(約380万円)で、前年より2・3%減少した。
このような急速な貧困率の増大は、主としてリーマン・ショック後の世界的不況のなせるわざだが、OECDに加盟する先進国中アメリカの貧富格差拡大のペースは飛び抜けている。これこそアメリカの国是とも言うべき「自由な資本主義」の発露の結果である。すべては自由な市場の動きに任せ、余計な規制を行うべきではないという「レッセフェール」(Laissez Faire)の原則が、ネオ・リベラリズムの下で回帰したからだ。
フランスではアメリカ資本主義のことを、からかって「野蛮な資本主義」(Capitalisme Sauvage)と呼ぶ。弱肉強食、強欲非道、優勝劣敗の「ジャングルの掟」がアメリカ資本主義を律しているという訳だ。産業革命以来の階級闘争の歴史を刻んだヨーロッパでは、社会福祉を抜きにした資本主義はあり得ないとする考え方が主流を成している。
社会福祉超先進国の北欧諸国を別として英仏独など欧州諸国では、公的健康保険、公的年金の制度が組み込まれない社会は考えられない。ところがアメリカでは、オバマ政権が民主党長年の懸案である医療保険制度をやっと法制化したというのに、極右のティーパーティーに煽られた共和党は医療保険制度の廃止を来年大統領選挙の争点に掲げようとしている。いわば「野蛮な資本主義」の復活を目指そうという訳だ。ここで始まった「ウォール街を占拠せよ」という新しい人民運動は、アメリカ資本主義に何をもたらすだろうか。
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