金融資本支配へのヨーロッパの反乱 ―仏大統領オランドの立候補演説に宿る「精神」―

著者: 半澤健市 はんざわけんいち : 元金融機関勤務
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《我々は市場原理の眼鏡だけでみている》

ヨーロッパの財政危機が続いている。これを書いている時点(2012年5月16日)ではギリシャの新政権発足が失敗して6月に再び総選挙をやるという。昨日は就任直後のフランス大統領フランソワ・オランドがドイツの首相メルケルに会いに行った。世界の金融市場、株式市場は、極めて神経質な動きが続いている。日本のメディアは専ら経済、金融の問題としてこの経緯を取り上げている。私自身もヨーロッパの危機はすぐれて経済の問題だと考えてきた。企業時代の仲間とジョッキを傾ければ、「要するにラテン系民族は働かないんだよ。財政危機で苦しむのは自業自得だ」、「日本も消費税を早く上げないとああなるぞ」、「マニフェストに固執する小沢一派はさっさと引っ込め」というあたりが私の「戦友」たちの大勢意見である。そういう席で私がいくらか社民主義的な考えを述べると袋叩きにあう。それでも喧嘩にならないのが日本的共同体の「うるわしさ」なのだが。

《フランソワ・オランドという政治家》

その私は、オランドの演説テキストを読んで「ラテン民族論」は違うのではないかという強い印象を受けた。私の読み取った結論だけをいう。それは、金融資本の支配に対するヨッロッパ的「社会民主主義」の反乱というものである。イタリア、スペイン、ギリシャ、ニューヨーク(「ウォール街を占拠せよ」)の大衆デモは、本当に「怠け者」の大群の仕業なのか。ヨーロッパの大衆は経済のイロハも知らぬ愚か者なのか。そんなことはあるまい。

私のこの文章は、オランド演説の「強い印象」を読者に伝えるのが目的である。私が感動した演説とは、彼が今年の1月にパリ近郊で行った大統領選挙出馬演説である。邦訳で40字×800行ほどの長文である。「ご用とお急ぎ」の多い本ブロク読者のために、私の独断と偏見で約1割ほどを抜粋して下記に掲げる。「抜粋」を更に「抜粋」したから、このテキストは、私の恣意的な抜き書きと見て頂きたい。太字も私がつけた。今頃、四ヶ月前の演説かといわず熟読していただきたい。

全文は「村野瀬玲奈の秘書広報室」(註)というブログにあるし半時間にわたる演説映像(フランス語のまま)も見ることができる。

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社会党フランソワ・オランド候補による仏大統領選挙戦開始演説抜粋 2012年1月22日

◆私は社会主義者です。私の左派としての思想は、遺産として受け継いだものではありません。明晰な意識で、左派の道に進もうと自ら決める必要があったのです。私はノルマンディ地方のむしろ保守的な家庭で育ちました。左派でいることを私は自分自身で選び、愛し、フランソワ・ミッテランと勝ち取った勝利の中で夢見てきました。1981年の(社会党政権の)成果において、1988年の(社会党政権の)成果において、左派を私は毅然と擁護してきました。共和国国会議員として、私は左派に仕えてきました。

◆私は(コレーズ県県庁所在地)テュルの市長でした。人口はやっと17000人の小さな町ですが、歴史の中では大きな地位のある町です。テュルは対ナチスドイツ抵抗運動(レジスタンス)の町でした。テュルは殉死の苦難を経験しました。ナチスの暴虐によって、1944年6月9日、99名が絞首刑にされ、200名が強制収容所送りにされたのです。彼らは私のヒーローです。私は彼らのことを決して忘れません。彼らは私を前進させます。あらゆる瞬間に彼らは、私たちの自由のために自分たちの命を捧げた彼らの貴重な人道の教訓を、私に思い出させるのです。レジスタンス活動家には報酬もありませんでした。勲章もありませんでした。彼らは何も求めていませんでした。彼らは自分たちの行動に対して、特別配当も、ストックオプションも求めなかったのです。彼ら、彼女らは誇りある人間でした。彼ら彼女らを動かしていたのは大志でした。

◆私の敵は確かにこの世を支配しているのです。その敵とは、金融の世界です。私たちが見る前で、20年の間に、金融は経済と社会と私たちの命をコントロールするに至ってしまいました。この支配力は一つの帝国となりました。そして、の2008年9月15日(リーマン・ショック)から猛威をふるっている危機は、その帝国を弱めるどころか、なおもその帝国に力を与え続けております。その帝国、この金融を前に、制御の約束、「二度と繰り返してはならない」というおまじないは死文と化したままです。G20が何度も開かれましたが、明白な成果は出せずに終わっています。国家に救済された銀行は、自らを養ってくれた者の手をまさに今、食べているのです。格付け機関は批判を受けていますが、主要国の国債赤字の運命を握っており、ますます痛みの伴う厳格な計画が正当化されるに至っています。 投機資金は消えたどころか、私たちを狙う金融不安定化の要因であり続けています。このように、金融は私たちのあらゆる規則、あらゆる道徳、あらゆる統制を超えてしまったのです。

◆もし金融の世界が敵であるなら、私たちに可能な手段でまずフランス国内で対決しなければなりません。これは長い闘い、厳しい試練になると思いながら、私たちの武器を示さなければならないと考えなければなりません。金融界をコントロールすることは、銀行の金融部門と投機活動とを分けることを銀行に義務付ける法律を可決することによってここから始まるでしょう。また、フランスの銀行が租税回避地(タックスヘイブン)に進出することも禁じることになります。

有害な金融商品、つまり、実体経済の必要と関係がない金融商品は、純粋に、そして単純に禁止します。ストックオプションは廃止します。そして、特別配当にも枠をはめます。また、あらゆる金融取引への課税を提案します。私が提案するのは、金融取引にかける真の税で、フランスに賛成してくれる欧州の国とともに金融取引税を創設したいのです。正当性に疑義のある格付け機関に判定されることを避けるために、私は、欧州に公的な格付け機関を創設することを提案します。

◆ヨーロッパの大きな挑戦のいずれも、フランスとドイツが戦争直後に結んだ平等の中での友情の条約無しで解決することはできません。したがって、私は、友好国ドイツに対して新しい真実と平等の関係を提案したいと思います。ドイツ側からは、連帯の表明をしていただきたいと思います。ドイツは弱いヨーロッパの中で強くいることはできないのです。ドイツは貧しくなったヨーロッパの中で富むことはできないのです。これが真実なのです。私には、ドイツの多くの人々がこのことを理解してくれると思います。しかし、フランスの側でも、努力が必要です。競争力の努力、税制的公正さの努力です。これが、ヨーロッパに新しいサイクルを結び、開く必要のある条約です。独仏間での経済・産業・エネルギー協定の条約です。もしフランスのみなさんが私に大統領任期を与えていただけるなら、私はドイツ首相(アンゲラ・メルケル)に新たな仏独協定、ドゴール(当時のフランス大統領)とアーデナウアー(当時のドイツ首相)の(1963年の)エリゼ条約の50年後、独仏両国のために推進力を与えた創設法令の締結を提案いたします。

◆経済成長への回帰は、エネルギー転換によっても成し遂げます。私は、電力生産に占める原子力発電の割合を今から2025年までに75%から50%にまで下げることを約束しました。私たちは、技術、明日の進歩を発明する強力な原子力産業を必要としております。しかし、私たちは再生可能エネルギーも必要としております。私たちはまた、エネルギー節約計画も必要です。なぜなら、原子力、再生可能エネルギー、エネルギー節約というこれら三つのアクションが私たちに産業の視野を当てえてくれるからです。エネルギー節約を私たちは大規模公共事業の計画によって実施します。

◆立て直しは必要不可欠です。しかし、それは正義の中でしかできないのです。それぞれの国は魂を持っておりますが、フランスの魂は「平等」です。平等のためにフランスは革命を行ない、1789年8月4日の夜に特権階級を廃止しました。平等のために人民は1848年6月に蜂起しました。平等のために第三共和政は義務教育と所得への市民税を創設しました。平等のために1936年に(左派連立政権)人民戦線は働きました。平等のためにドゴール将軍の政府は1945年に社会保障を制度化しました。平等のために1981年にフランソワ・ミッテランが大統領に当選しました。平等のために、私たちはリオネル・ジョスパン(社会党首相)とともに総合疾病保障と個別自立給付金を実施しました。

◆平等は、聴覚を失って読み書きもできない貧しい母親に育てられていた、父親のいない一人の子どもがノーベル文学賞を受賞することを可能にしたのです。その子どもの名前はアルベール・カミュです。カミュは、受賞後、年老いた先生にこのような言葉で手紙を書きました。「私の最初の感謝の気持ちは、母の次にあなたに捧げます。あなたがいなければ、あなたが貧しい子どもの私に差し伸べてくれた愛情あふれるこの手がなければ、あなたの教育がなければ、あなたという模範がなければ、この賞が私にもたらされることはありませんでした。」と。

◆誤解のないように申し上げますが、平等とは、平等のための平等主義ではありません。平等とは、正義のことなのです。平等とは、援助のための援助ではありません。平等とは、連帯のことなのです。私が大統領に選ばれたら、私は大統領として一つの問いしか用いないということです。それは、「私に提案されていることは正当なのだろうか」という問いです。もしその案が正当であれば私はそれを採用します。もしその案が正当でなければ、私はそれを退けます。正義、ただそれだけが私たちの行動を導くのでなければなりません。

◆そして、みなさんの前にいる私は大統領選の候補者として、もしこの国の次の大統領任期を任せていただけるなら、私のことはただ一つの目標によって判断してほしいと望みます。それは、フランスのみなさんが望んで私に与えられた大統領任期の最後の2017年に、若者たちの暮らしが今の2012年よりも良くなっているかどうか、という基準です。私のことはこのただ一つの行動によって、この唯一の真実によって、この唯一の約束によって評価していただきたいと思います。若者たちの生活を変えることは私にとっての誇りとしては最も大きいものです。私がしているのはお気軽な約束ではありません。この課題について国全体を動かすためなのです。

◆親愛なるみなさん。私はフランスの夢についてお話ししました。そう、美しい夢、フランス革命以来の何世紀もの長きにわたって市民が愛で、かかげてきた夢です。この夢は私たち固有のものではありませんが、私たちフランスが共和国を作りだしたとわかります。ある社会が正しく組織されていて、必要な手段を与えて、平等と自由と友愛をその生活様式にしたならば、その社会は一人一人にとっての解放となれるというこの理想をかかげてきたのは私たちなのです。この夢にこそ、私は改めて魔法を託したいのです。すると、すぐさま、右派は公然と嘲笑しました。彼らによれば、この時期に夢など語ることができるわけがない、というわけです。確かにそうです。これは、今私たちが現実に生きている夢ではありません。経済危機があらゆる大志の足かせになっているこの時期に夢など語ってはいられない、そんなのは幻想だ、と言う人もいるでしょう。私は、共和国の物語を再発見しようと呼びかけているのです。

◆親愛なるみなさん。これが選択肢です。これがみなさんを待っている選択肢です。いつも同じです。民主主義が存在して以来、恐怖と希望の間で、忍従と飛躍の間で、騒動と変革の間でなされる選択です。それならば、変革、変革を今こそ!立て直しを今こそ!正義を今こそ!希望を今こそ!共和国を今こそ!動きましょう。集結しましょう。そして、三か月後には左派を勝利させ、フランスを前進させましょう。そして、変革を成功させるのです!私は今すぐ、変革に向けて進めます!共和国万歳!そして、フランス万歳!

註:私は「村野瀬玲奈の秘書広報室」の正体を知るところは少ない。多角的な関心と分析と叙述の的確さ、仏大統領選挙過程の追跡の集中力。それを私は価値ある言説と評価した。読者の判断は当然ながら自己責任である。

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