関税が撤廃されると10ha以上の大規模農家も農業純所得は赤字になる
~TPPが稲作農家に及ぼす影響を規模別に試算すると~
一つ前の記事で書いたように、昨日(7月5日)、私を含む4名の大学教員で作った「大学教員・TPP影響試算作業チーム」は参議院議員会館内で記者会見し、わが国がTPPに参加した場合の影響試算の第2次の試算結果を発表した。第一次の試算は主に全国レベルの影響を試算したものだったが、今回は全都道府県レベルの影響を試算したものである。
会見の模様は、当日取材したIWJのスタッフが解説付きで録画を配信しているので、ご覧いただけるとありがたい。
昨日(2013年7月5日)の記者会見の録画(IWJ)
http://atpp.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/tpp24-iwj-2a1e.html
以下、当日の発表順に発表資料を掲載しておく。
関耕平氏・三好ゆう氏、発表資料「都道府県ごとの農業生産・所得への影響」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/seki_miyoshi_presen_20130705.pdf
関耕平・三好ゆう氏、同上、データ編
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/seki_miyoshipresen_data_20130705.pdf
土居英二氏、発表資料「産業連関表を用いたTPPの都道府県別影響試算について(1)」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/doi_presen_20130705.pdf
醍醐、発表資料「作付面積規模別に見た稲作(個別経営)に及ぼすTPPの影響の試算」
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/20130705_presenpapers.pdf
醍醐、発表資料、同上データ集
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/20130705_presen_data.pdf
関・三好両氏がまとめた試算は関税撤廃により生産量、産出価格に影響を受ける19の農産品を対象にして、今年の3月に農水省が発表した全国レベルの生産額ベースの影響を各都道府県レベルの所得額ベースの影響に換算したものである。両氏の試算結果では所得額ベースでもっとも減少割合が大きかったのは富山県(それぞれ▲33.5%)で以下、沖縄県(28.0%)、福井県(24.8%)、秋田県(23.5%)石川県(23.3%)、宮城県(22.3%)、滋賀県(20.6%)、山口県(20.6%)となっている。富山、福井、秋田、石川、宮城、滋賀、山口の各県の減少率が大きいのは米の関税撤廃・輸入品への置き換わりの影響によるものである。沖縄県の減少率が高いのは関税撤廃でさとうきびがほぼ壊滅すると見込まれることによるものである。
土居氏の試算結果のポイントは、①TPPによる関税撤廃の影響は、それぞれの都道府県内では、農林水産物等の生産減少額の約2~4倍の影響が、産業全体に及ぶ。②それぞれの都道府県では、第一次産業の生産減少の1.7倍~3倍以上の生産減少額が、第二次産業・第三次産業に及ぶ。このことは、TPPへの影響は、農林水産業だけではなく、地域産業全体の問題であることを示している、という点である。
私の試算の問題意識
~農家の作付面積規模別に関税撤廃の影響を試算する目的~
私が試算の問題意識は、TPPにわが国が参加することは、農地の集約による規模拡大、所得増加を謳う政府の政策と整合するのかどうかを、TPPの影響が大きい稲作・個別経営の規模別に検証することだった。その影響を検証するためには、品目単位の影響試算ではなく農業経営体(ここでは個別経営≒農家)単位で、それも規模(作付面積規模別)に影響を試算した。
採用した試算の方法
1.農水省「営農類型別経営統計」(個別経営)に収録された水田作<稲作<作付面積規模別の経営統計を基礎資料として、全国ベースの影響を試算する。
2.稲作経営体が営農している品目のうちで関税撤廃によって生産額が顕著に減少すると見込まれている米・麦類・豆類・いも類の4品目ごとに関・三好チームが試算した生産額減少率をベースにして各品目の作物収入の減少額を作付面積規模別に試算する。その場合、従前(関税撤廃前)の収入実績等は過去3年の平均値を用いる。
3.農業経営費を変動費と固定費に区分し、生産の減少が経営費用に及ぼす影響を試算する。具体的には、農業用自動車・農機具・農用建物・共済等の掛金拠出金を固定費とみなし、それら合計額の過去3年(2009~2011年)の移動平均値を固定費の推計値とする。上記の固定費以外の経営費を変動費とみなし、過去3年の変動費率(=変動費/作物収入)の平均値を関税撤廃後の作物収入試算値に乗じて変動費を推計する。
4.農業所得を純所得(=作物収入-経営費)と総所得(=純所得+共済補助金・各種奨励補助金)に区分して影響を検討する。ここでの「農業純所得」を、各種補助金に依存せず、農業を持続できるポテンシャルを表す指標とみなす。
5.農水省「米をめぐる関係資料」(2013年3月28日開催の食料審議会に参考資料2として提出されたもの)の中で示された水稲作付規模別の経営収支のペイオフ図を参照して、家族労働費も加味した稲作経営体の収支を試算する。家族労働費は、厚労省「毎月勤労統計調査」で示された調査対象事業(5人以上の一般労働者)の実労働時間・現金給与総額を基準にして、それと規模別経営体の家族労働時間を対比して試算する。
試算の結果から読み取れるポイントとコメント
1.現状でも作付面積1ha以下の農家は農業純所得がマイナスで、自力で農業を持続できる所得の基盤を持ち合わせていない。しかし、それ以上の規模の経営体は、家族労働費を補償するには遠く及ばないが、農業純所得はプラスを記録し、自立的に農業を継続する所得基盤を持っていると考えられる。
しかし、日本がTPPに参加してこれら経営体の中心作物である米の関税が撤廃され、生産額がほぼ半減すると、作付面積10ha以上の経営体も含め、すべての規模の経営体は農業純所得がマイナスとなり、自力では農業の継続が困難となる。所得の減少総額は作物収入の段階では7,554億円、純所得の段階では3,136億円に達すると見込まれ、政府が掲げる農家の所得倍増計画とは逆行した帰結を生むと予想される。
作付面積規模別にみた1農家当たりの農業純所得の変化(単位:千円)
0.5ha未満 1.0~2.0ha 3.0~5.0ha 10.0以上
関税撤廃前 ▲190 99 356 2,233
関税撤廃後 ▲250 ▲292 ▲1,013 ▲1,123
2.総所得のレベルで見ると、関税撤廃前は作付面積0.5ha以上の経営体では所得がプラスの状況にあるが、日本がTPPに参加してこれら経営体の中心作物である米の関税が撤廃され、生産額がほぼ半減すると、作付面積1ha以下の経営体は所得がマイナスとなり、現状の補助金を受けても農業を持続することが困難になる。こうした農家の数は「2010年世界農業センサス」の時点でいうと84万、全稲作農家の73%に上る。
3.現状でも、作付面積10ha以下の稲作農家は家族労働費(自家労賃)を補償するに足る所得を得ていない。日本がTPPに参加してこれら経営体の中心作物である米の関税が撤廃され、生産額がほぼ半減すると、作付面積5ha以上の稲作農家では実質経営余剰がプラスの状況(農業総所得で家族労働費を補償できる状況)に変化すると試算される。しかし、それは生産規模の縮小に見合って家族労働時間が大幅に減少すると仮定したからである。作物収入の大幅な減少を補填する就業の場が得られない限り、耕作放棄地の発生に拍車をかけるとともに、離農者や所得の補填のために兼業の場を求める人々が激増し、日本の雇用情勢を悪化させる大きな要因になると考えられる。
この意味で、家族労働費も補償する抜本的な所得向上策が練られ、実行に移されることが日本の農業の中核を担う稲作農業の後継者問題の解決にとって欠かせない課題といえる。
4.近年、農地の集約による規模拡大が謳われているが、規模拡大といっても単位経営体の農地の所有面積の拡大と、単位耕作地の規模拡大を区別する必要がある。山間地に狭い農地が点在するわが国では前者の意味での規模拡大はあり得るが、生産コストの低下に通じる後者の意味での規模拡大は至難のことといえる。むしろ、日本がTPPに参加した場合、前記のように作付面積10ha以上の経営体でさえ、 経営的に就農を継続することが困難な状況になると、規模拡大の担い手が存在しなくなる事態が予想される。
初出:「醍醐聡のブログ」より許可を得て転載
http://sdaigo.cocolog-nifty.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座
http://www.chikyuza.net
〔opinion1363:130707〕