(2022年12月23日)
岸田文雄内閣成立以来、この内閣は正体を見極めにくい厄介な代物、と思い続けてきた。当然のことながら、安倍晋三内閣の分かりやすさに比較してのことである。
安倍晋三は、極右陣営の取り巻きに担がれた存在で、立憲主義をないがしろにした改憲論者で、歴史修正主義者で、古典的ナショナリストで、復古的伝統論者で、極端な新自由主義者で、かつ人事を壟断した権力の亡者で、政治を私物化し、官僚に忖度させ、質問議員に意味不明の野次を飛ばす品位に欠けた人物。自分でも、「私を右翼の軍国主義者と呼びたいのなら、そう呼んでいただきたい」とも言っていた、その危険性の分かりやすさにおいてこの上ない貴重な政治家だった。だから、「ゆ党」までふくむ野党の面々が、「危険な安倍が唱導する改憲には反対」でまとまっていた。
ところが岸田には、多少の人の良さの幻影があり、本当のところは危険人物ではないのではと思わせる雰囲気がある。もともとが宏池会の出身、ハト派の面影が消せない。総裁選に打って出たときの印象も悪くなかった。「成長よりは分配重視の『新しい資本主義』」だの、「国民の言葉に耳を傾けるのが特技」だの、なかなかのもの。その後の豹変ぶりも、あのときの言葉こそが彼の本音で、いずれ本音を言えるときが来るのではないか、と思わせられる。岸田は本性を出せずに、自民党の安倍・麻生・茂木・二階派などに面従腹背せざるを得ないのだろうとも思わせる憎めないキャラクターなのだ。
ところが、次第にこの政権どうもおかしいと思わざるを得ない事態が進展している。参院選挙あたりからだろうか。国葬を言い出したのが決定的だった。そして何よりも、臨時国会閉幕直後の「安保3文書の閣議決定」(12月16日)である。戦後の安全保障政策の大転換、とうていハト派のやれることではない。内心がどうであろうとも、これだけのことをやってのける岸田政権。タカ派と評せざるを得ない。
さらにもう一つの大転換、「原発回帰」である。岸田が議長を務める「グリーントランスフォーメーション(GX)実行会議」は、昨日(12月22日)新たな基本方針を決定した。政府自身の「原発依存度を低減する」としてきた、これまでの立場から、原発再稼働の加速、老朽原発の運転期間延長、そして新規原発建設という原発推進への大転換である。福島第1原発事故の悪夢消えやらぬ今、核のゴミの処理方針もないままにである。何よりも、政策決定の手続がおかしい。事前に民意を聞こうという姿勢がない。今や口癖になっているのが、「ていねいに説明する」。民意に反する決定をしておいて、「丁寧に説得して、反論を封じたい」ならまだマシ。じつは、できない説明を先送りしているだけ。
民主主義とは、政策決定のプロセスにおける理念である。政策決定に実質的な意味で、どれだけの国民が参加するかが民主主義成熟度のバロメータなのだ。国民にとって、決定された政策が、どれだけ自分が決めたものという実感をもつことができるか。それが問われている。
「人の話を聞くのが特技」言った岸田政権に期待した国民が、いまや国民の声も、国会の声も聞かない政権を見離しつつある。12月18日の毎日新聞世論調査結果、岸田内閣を支持する25%、支持しない69%は、このことを物語っている。
下記は、私も所属する自由法曹団東京支部の「安保3文書の閣議決定に対する抗議文」である。この第4項にも、民意を顧みない岸田政権の非民主的な姿勢が批判されている。
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安保3文書の閣議決定により敵基地攻撃能力(反撃能力)を保有することは許されない
1 2022年12月16日、岸田内閣は、反撃能力という名目で敵基地攻撃能力の保有を明記した国家安全保障戦略、国家防衛、防衛力整備計画の3文書(以下「安保3文書」という。)を閣議決定した。
しかし、閣議決定により敵基地攻撃能力を保有することは日本国憲法に反し許されない。
2 日本国憲法は、二度に亘る世界大戦の悲惨な戦争体験を踏まえた深い反省に基づき平和主義を基本原理として採用し、第9条において、一切の戦争と武力の行使及び武力による威嚇を放棄し、戦力の不保持を宣言するとともに、国の交戦権を否認している。
これら日本国憲法が採用した平和主義は、世界史的に見て比類のない徹底した戦争否定の原理を打ち出したものと評価されてきた。
この徹底した平和主義原理に基づく日本国憲法の枠組みの中で、歴代内閣は、日本が保持できる自衛力は、専守防衛の理念の下での最小限のものでなくてはならないとの立場をとり、敵基地攻撃能力の保有は否定してきた。閣議決定で採用された安保3文書は、歴代内閣が堅持してきた従来の専守防衛の理念の立場をかなぐり捨てるものである。
3 今般、閣議決定された安保3文書には、敵基地攻撃能力を保有するために外国製のスタンド・オフ・ミサイルを導入することが明記されている。同ミサイルの導入は、専守防衛の理念の下での最小限の自衛力保持の限界を超えてしまうものであり、到底認められない。
射程距離の長いスタンド・オフ・ミサイルを導入することは、近隣諸国との軍事的緊張を一層高め、際限のない軍拡競争に日本を巻き込む事になり、かえって国民の生命・財産を危険にさらしかねない。
4 安保3文書には、敵基地攻撃能力を保有するための防衛費として、今後5年間で総額43兆円もの税金を投入することが明記された。
ロシアによるウクライナ侵略等の影響に基づくエネルギー価格の上昇や、新型コロナウィルスによる経済的打撃等により国民が苦しむ中で、多額の税金を投入することに対し国民の納得は得られていない。
5兆円の国庫資金は年間の医療費自己負担分を無料にできる、3兆円あれば大学の学費を無償化できること等も報道されており、今般政府が費やそうとしている莫大な防衛費を医療・教育・福祉等に投入すれば、国民の生活を豊かにする実効的な政策を実施することができる。
国民の代表者で構成される国会での議論を経ずに閣議決定のみにより、従来の憲法解釈を覆し多額の税金の投入を決定することは、国民主権、国会中心主義、及び、財政民主主義にも反するものである。そのことによる国民の不信は、岸田内閣の不支持率が7割にも迫っているという世論調査結果によく表れている。
5 以上のとおり、岸田内閣による安保3文書の閣議決定は、立憲主義および平和主義を破壊する重大な暴挙であり、歴史に禍根を残すものと言わざるをえない。
自由法曹団東京支部は、岸田内閣による敵基地攻撃能力の保有を認める安保3文書の閣議決定を即刻撤回するよう求める。
2022年12月21日
自由法曹団東京支部幹事会
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2022.12.23より許可を得て転載
http://article9.jp/wordpress/?p=20506
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion12669:221224〕