マレーシアの首相が東チモールを訪問
ASEAN(東南アジア諸国連合)の議長国・マレーシアのアンワル=イブラヒム首相が9月23日~24日、東チモールを訪問しました。アンワル=イブラヒム首相のこの訪問は10月末に実現されるといわれる東チモールのASEAN加盟をより具体的に確かなものにした行事となったといってよいでしょう。10月末、マレーシアで開催されるASEAN首脳会議で東チモールのASEAN加盟を達成するまで、そして達成後のしばらくのあいだ、東チモールは祝いのムードにつかることになりそうです。
実を結んだ学生運動
マレーシアから首相が訪れる前の週に学生組織のデモ活動が展開されました。抗議の対象となったのは、国会議員65名のための公用車購入(400万ドルが予算に計上)、そして国会議員への特権的な生涯年金制度です。
デモ活動は9月15日から三日間行われ、警察による催涙弾の使用や大学構内での学生への暴行そして何者かによる公用車の放火という過激行為が数件発生しましたが、おおむね平和的な抗議活動であったといえるでしょう。抗議活動の規模が拡大し政権運営に影響するなどの事態に発展した他のアジアの国々が脳裏に浮かんだのでしょうか、なんと国会議員は学生たちのこれらの要求を呑んだのです。
9月26日、国会は生涯年金廃止案を決議し、あとは大統領による公布を待つばかりとなった時点で、ジョゼ=ラモス=オルタ大統領はシャナナ首相に相談をしてから決めると語りました。大統領は大統領です。国会から受け取った法案を独自に分析して公布するか拒否権を使うのかを判断するのが大統領の役目です。首相に相談する必要がありません。もしどうしても相談する必要があるとしてもこのように公言することはありません。シャナナ首相のための忖度大統領であることを堂々と披露するラモス=オルタ大統領の情けなさは重症です。それはともかく、9月29日、大統領は生涯年金廃止案を公布しました。
国費の無駄遣いを止めさせたいという学生たちの想いが実を結びました。この成功体験は民主主義の勝利として語り継がれることでしょう。かれら若者たちの運動が新しい時代に向けた運動の萌芽となりますように。
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目抜き通りの学生たちのデモ行進。
2025年9月17日,
ⒸAoyama Morito.
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目抜き通りの学生たちのデモ行進、その2。
2025年9月17日,
ⒸAoyama Morito.
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上の写真で学生が掲げる紙を拡大してみた。
「借金を止めろ。
世界銀行、ADB(アジア開発銀行)、IMF(国際通貨基金)
そしてJICA(日本国際協力機構)」
とある。
ⒸAoyama Morito.
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ガス田開発の話はどうなったの?
祭事・催事・行事や海外出張が重なるシャナナ政権は、多忙を極める政治指導者たちが国の発展のために奔走しているというイメージを国民に与えているのかもしれません。多くの催事・行事・海外出張をしてお金は大丈夫なの?……と冷めた目で観ると、さまざまな疑念が湧いてきますが、一番気になることは「グレーターサンライズ」ガス田の開発話の進展です。
「グレーターサンライズ」ガス田の開発は、これぞシャナナ政権にとって優先事項のなかの優先事項であり、シャナナが国民そして野党にむけて自らの揺るぎない指導力・存在感を誇示するための格好の材料であるはずなのに、なんだかいまその大規模開発の話がそっと後ろに置かれているようです。
目前に控えているASEAN加盟の実現とともに、これまた国家の悲願ともいえる「グレーターサンライズ」ガス田から東チモールへパイプインがひかれることの決定がなかなか発表されません。去年の11月から年末にかけてパイプラインにかんする重要発表が近々あると期待を抱かせる発言や発信が政府からありましたが、その後、停滞状態に陥っているようにおもえます。
時期からすれば「グレーターサンライズ」ガス田の開発が具体的に始まろうとする段階にすでに入ってもよさそうなのに、そうはなっていません。「グレーターサンライズ」ガス田開発は、現シャナナ政権がしゃかりきに進めるだろうとわたしは予想しましたが、そうはなっていません。あるいは水面下でかなりのことが起こっているのでしょうか。交渉事なので実際起こっていることと表面上の見かけとは乖離があるかもしれませんが、交渉が足踏みをしている印象がどうしても拭えません。そう感じさせる報道・ニュースを、以下、ざっと追ってみたいと思います。
一瞬、驚かされた記事
まずはちょっと長めに時間を遡ります。というのは去年2024年12月13日付けの政府ホームページに載った記事に一瞬、驚かされたからです。
その記事によれば、2024年12月12日、チモールギャップ公社(正確にはチモールギャップ公社の子会社であるチモールギャップチュディチ社、TIMOR GAP Chuditch Unipessoal Lda.)とスンダガス社(*1)との間で覚書きを締結したとのことで、その覚書きの内容とは、チモール海にある「チュディチ」ガス田における開発コンセプトの枠組みを定めたものだといいます。「チュディチ」(Chuditch)呼ばれるこのガス田には「チュディチ-1」(*2)と「チュディチ-2」と呼ばれる評価井戸がありますが、この覚書きで天然ガスの生産にむけて調査掘削の準備が進行中のチュディチ-2と呼ばれる評価井戸(以下、「チュディチ-2評価井」)にかんする合意がされたのです。
(*1)英国に本拠を置く石油・ガス会社・バロン石油社(Baron Oil)の子会社。バロン石油社は、2024年5月、スンダエネルギー社(Sunda Energy)と社名変更。
(*2)1998年、シェル社が発見。
さらにこの記事を読むと、「チュディチ-2評価井」の成功を見越してパイプラインの「バユウンダン」油田への敷設と、ナタルボラ(東チモール南部沿岸に近いの村)に予定されているLNG(液化天然ガス)施設の開発のための技術的商業的な研究を共同でおこなうということも合意されているといいます。驚くべきことに、「チュディチ-2評価井」の生産フローの成功を条件として、スンダガス社は「バユウンダン」を経由してガスを東チモールに供給することを約束し、「バユウンダン」および陸上でのガスの受け入れ、ナタルボラの送電施設の開発促進も約束し、これには「バユウンダン」から東チモール南部沿岸へのパイプライン敷設も含まれるというのです。
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チモール海の資源田である「バユウンダン」、「チュディチ」そして「グレーターサンライズ」の位置関係。
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もし仮に「チュディチ」から「バユウンダン」にパイプラインがひかれることになれば、「グレーターサンライズ」ガス田からパイプラインの行き先をめぐる交渉に新たな要素が加わったことになるのではないでしょうか。ですからわたしはこの記事を読んでまず驚きました。「グレーターサンライズ」ガス田からのパイプラインの行き先について交渉駆け引きの一つの要素とは、東チモール南部沿岸にひく方がオーストラリアのダーウィンにひくより距離が短いという東チモール側の主張と、いやいや「バユウンダン」にひけば既存のパイプラインを利用してダーウィンにつなげられるのでこっちの方が効率的だというオーストラリア側の主張との綱引きです。もしチモールギャップ公社とサンダガス社の共同事業により「チュディッチ」から「バユウンダン」にパイプラインがひかれるとなると、「グレーターサンライズ」からすぐ南に位置する「チュディチ」にひくだけで「グレーターサンライズ」~「チュディチ」~「バユウンダン」~ダーウィンというパイプライン経路が完成しうることになります。東チモール側による主張の根拠に影響することになるのではないでしょうか。
さらにこの覚書きで「バユウンダン」から東チモール南部沿岸へのパイプライン敷設も含まれるという約束もしたというのですから「エッ?!」とさせられます。まさか「バユウンダン」から東チモール南部沿岸へ新たなパイプラインをひくという無謀な構想は東チモール・オーストラリア双方の頭に浮かぶわけがありません。おそらくは、東チモール南部沿岸~「グレーターサンライズ」~「チュディチ」~「バユウンダン」をパイプラインでつなげることが、「バユウンダン」から東チモール南部沿岸へのパイプライン敷設と同等であるという意味だと思います。
ところがこの覚書きの記事をよく読むと、「上記の約束は拘束力がなく」とあり、気が抜けてしまいました。約束に拘束力がつくには、「チュディチ-2評価井」の掘削の成功と生産フローテストの成功そして拘束力のある文書の締結が条件だというのです。夢からいっきに現実に引き戻されました。夢をもつのは結構なことですが、「チュディチ-2評価井」を巡るこの〝夢〟あるいは〝賭け〟は「グレーターサンライズ」開発とくにパイプライン交渉に(もしかして余計な?)影響を与えたのではないかとわたしは疑います。
チュディチ-2に投資する東チモール
「チュディチ-2評価井」の調査掘削にチモールギャップ公社が多額の費用を投じることは、掘削の結果しだいでは、成功(吉)にも失敗(凶)にもなるわけで、いわばギャンブルに国費を投じるに等しいのではないでしょうか。「チュディチ-2評価井」への投資はチモールギャップ公社とスンダガス社は契約に従って分け合うのですが、エネルギー企業としてスンダガス社は「チュディチ-2評価井」が期待外れになった場合に万全な備えを当然していることでしょうが、チモールギャップ公社は果たして「もしも」に備えているでしょうか。〝賭け〟に国費を投じることについて国会で議論もされず。民意を得ることもなく、情報が不透明なまま事が進むのは危険です。「もしも」のことがあればスンダガス社の損害はいち企業の損害の範囲ですみますが、東チモールの場合はチモールギャップ公社の損害ではすまされず国益の損失となり、普く東チモールの人びとに負の影響がでるのです。
パイプラインの交渉はどうなったの?
野党フレテリン(東チモール独立革命戦線)は、「バユウンダン」油田がもう枯渇したのだから「グレーターサンライズ」ガス田から東チモールへのパイプラインを実現するようにと政府に求めます(『東チモールの声』紙、2025年6月9日)。
『チモールポスト』(2025年6月9日)の「チモールギャップ公社、チュディチの掘削へ駒を進める」というタイトル記事は、「チモールギャップ社とサンダガス社が調べたところによるとチュディチには1.2兆立方フィート(TCF)の石油埋蔵があることがわかり、ガスは『バユウンダン』程度の埋蔵量であるが、石油はかなりの量で、サンダガス社によると、もし上記の石油埋蔵量があれば、一日当たり5万バレルの生産量になるだろうという」と伝えました。しかしこれも掘削調査して確かめられればの話です。「…石油埋蔵があることがわかり…」とは本当でしょうか。この記事の後半は、フレテリンが政府に「グレーターサンライズ」ガス田からパイプラインを東チモールにひくことを実現するように求めることで占められ、「チュディチ-2評価井」の楽観的な期待は掘り下げて論じられていません。
『インデペンデンテ』(2025年6月13日)には「シャナナ首相、『バユウンダン』の代わりになるものは難しいと認識」という悲観的なタイトル記事が載りました。シャナナ首相は、「グレーターサンライズ」から(パイプラインを)東チモールにもってくるのはたいへんだと述べています。なお、この記事のシャナナ首相も「チュディチ-2評価井」に言及していません。
『東チモールの声』『インデペンデンテ』(2025年7月4日)によれば、石油鉱山資源省のモンテイロ大臣は7月3日、「グレーターサンライズ」ガス田の開発は2027~2028年から始まり、ガスが生産され世界市場で売り出されるのは2032年であると具体的な見通しを語りました。そしてオーストラリアとの交渉は進行中であり、交渉にかんして若干のup date(更新・改訂ごと)があると含みのある言い方をしています。
『東チモールの声』『チモールポスト』(2025年7月11日)は、「『グレーターサンライズ』の交渉は簡単ではない、税金などいろいろなルールについての交渉もあるからだ」というラモス=オルタ大統領が政府に気を遣う意見を載せています。さすがラモス=オルタ大統領です。
『チモールポスト』(2025年7月25日)の記事では、フレテリンのマリ=アルカテリ書記長が、シャナナ首相は「グレーターサンライズ」ガス田について間違った期待を国民に与えている、シャナナは現政権の首相として2027年に「グレーターサンライズ」(からパイプライン)が東チモールに来ると明言し、できもしないことを約束していると批判しています。
旗色が悪くなった政府ですが、7月31日にオーストラリアからウッドサイドエネルギー社(「グレーターサンライズ」ガス田のオーストラリア側の事業者、以下、ウッドサイド社)の幹部が東チモールを訪れました。この訪問はパイプラインが東チモールにひかれることを期待させる、シャナナ首相がウッドサイド社幹部の訪問に感謝する、という楽観的な記事が『インデペンデンテ』『チモールポスト』『東チモールの声』(2025年8月1日)に載りました。『セマナリオ』(同日)は、ウッドサイド社は「グレーターサンライズ」ガス田開発の関連事業がナタルボラに来ることを支援する方針であると報じました。しかしながらこれもまた妙な話です。「グレーターサンライズ」ガス田開発の関連事業とは、パイプラインが東チモールにひかれることを前提とした南部沿岸地方の開発事業である「タシマネ計画」を意味すると思われますが、オーストラリア側がナタルボラでの関連事業が行われることを支援するならば、それはパイプラインが東チモールにひかれることにオーストラリア側が同意したらの話であるはずです。パイプライン交渉が決着していないのにこのような話だけが進むのは辻褄があいません。おそらくは「タシマネ計画」の一端をウッドサイド社に提示し、東チモール側の主張に納得してもらうための試みがされただけとわたしは推測します。
事業に金を出す人がいない
『チモールポスト』(2025年8月22日)には実に手厳しい批判記事が載りました。「『タシマネ計画』と『グレーターサンライズ』ガス田の開発費用は240憶ドル」と試算した市民団体「ともに歩む」は、物事が決まらないのはオーストラリアやコンソーシアム(共通の目的を達成するために複数の組織が結成する共同体)からの決断も絡む、これが話が進まない根本的な問題だ、投資家が現れず、この事業計画にお金を出す人がいないのであると指摘し、さらに「グレーターサンライズ」ガス田と「タシマネ計画」の工事を始めるには希望に頼ってはダメであり、利益・損失について現実的な計算に依拠しなければならない、といわれてみれば当たり前のことを「ともに歩む」は指摘します。まさかこの基本的な作業を東チモール政府が怠り、希望だけで「えいやっ!」と大規模事業に臨んでいるとは思いたくありませんが……。
「バユウンダン」の生産を維持?
『チモールポスト』(2025年9月10日)にまた市民団体「ともに歩む」による批判が載りました。「バユウンダン」にはもはや商業的に成り立つだけの石油の埋蔵がないと事業者がいっているのにもかかわらず、石油鉱山資源省がチモールギャップ公社にたいして「バユウンダン」の生産を維持するように指示をしたときいて驚いた、そんなことをすれば多額の資金を無駄にする危険性がある、と「ともに歩む」が批判するのです。もし本当に石油鉱山資源省がそのような指示を出したとしたら、「グレーターサンライズ」の計画に大幅な狂いが生じてそこからの歳入が計画通りに見込めなくなったための応急措置としての指示なのではないかと疑いたくなります。本当に石油鉱山資源省がそのような指示を出したのか、たいへん気になります。
資源の呪いにとりつかれるな
以上、第九次立憲政府の目玉となるはずの「グレーターサンライズ」ガス田の開発計画が何らかの理由で停滞していると疑わせる記事を紹介してきました。東チモールの人びとにとって災難なのは、なにがどうなっているのかさっぱりわからないまま、時間が過ぎ、政府の行動実態が見えないことです。交渉事なのでなにもかもさらけ出すことはできないのは分かりますが、だからといって現状のままでよいはずがありません。
政府が催事・行事でお祭り気分を醸し出している今が、実は資源開発というギャンブルで大損失を喰らっているときだった、資源の呪いとはまさにこのことだった、という悲惨なことにならないように、指導者たちは知恵を出し合って開発計画にアクセルとブレーキを上手に機能させる仕組みを創る必要があります。しかしシャナナ=グズマン首相に忖度する人員だけを配置をしている現政権にそれは難しい相談というものです。
11月には来年度の国家予算案の審議が国会で始まりますが、野党の追及が注目されます。
青山森人の東チモールだより easttimordayori.seesaa.net
第544号(2025年9月30日)より
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
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