青山森人の東チモールだより…〝司法改革〟という名の政治介入

控訴裁判所、所長は違憲で選ばれたと自ら宣言

2025年7月31日、控訴裁判所はジョゼ=ラモス=オルタ大統領が控訴裁判所の新所長を任命するにあたりその任命に合法性を与えるとおもわれた司法組織法の改正版は憲法違反であるとの判断を下しました。これはラモス=オルタ大統領による控訴裁判所の新所長の任命は憲法違反であるというに等しい判断です。くだけた言い方をすれば控訴裁判所は自分のところの親分を違憲と宣言したのですから、なかなかのシュールな話です。

なお、東チモールでは二審制が採られており、控訴裁判所が最高裁判所の役割を果たしています。いまの東チモールでは控訴裁判所とは最高裁判所のことであり、最高裁判所といえば控訴裁判所を意味することになります。現在、東チモール政府は司法改革を優先事項とし、従来の控訴裁判所とは別の、司法制度上の最高裁判所を新設しようと準備を進めているところです。

法律を緩めて人選の範囲を広げる

控訴裁判所のデオリンド=ドス=サントス所長が任期満了(任期は4年)を迎えたのにともない、ラモス=オルタ大統領が新たな控訴裁判所長に任命したのはアフォンソ=カルモナという裁判官でした。2025年4月29日、アフォンソ=カルモナの控訴裁判所長就任式が大統領府でおこなわれて以来、この任命を巡って論争が巻き起こり現在に至っているのです。

控訴裁判所長の任命権は大統領が有すると憲法で定められています。にもかかわらず論争が起こるのは、任命権を有するからといって大統領は誰でも控訴裁判所の所長に任命できるわけではないからです。控訴裁判所長としての任命対象となれるのは極めて限定された集団でしたが、政府はその限定条件を大幅に緩和したのです。

これまでの法律では控訴裁判所長になるには裁判官を20年以上務めた経験が要求され、控訴裁判所に属する裁判官からの選出となっていました。ところがアフォンソ=カルモナは16年の経験しか持っておらず、しかも控訴裁判所ではなくデリ第一審裁判所([地方裁判所]という名称が最近、第一審裁判所という名称に変わった)に属する裁判官でした。政府は、アフォンソ=カルモナでも控訴裁判所の所長に大抜擢されることを合法化するため、司法組織法という法律を改正する案を国会提出し、2025年4月28日、アフォンソ=カルモナの就任式前日にこれが国会で可決され、大統領によって公布されたのでした。これにより、少なくとも5年の経験があり肯定的な評価を受けた第二級裁判官(控訴裁判所でない裁判所の裁判官)の任命が可能となったのです。

「肯定的な評価」とは随分とまた抽象的な概念が盛り込まれたものです。つまり控訴裁判所の裁判官でなくても5年の裁判官の経験があり、「肯定的な評価」という抽象的な概念を大統領が抱けば、控訴裁判所長の候補対象となりうるようになりました。このことを現政権の文脈で考えると、大統領による人選の範囲が広がったということはもちろんのこと、ラモス=オルタ大統領を言下に従わせることのできるシャナナ=グズマン首相の胸算用に沿った人選で最高裁判所の所長を選べるようになったという意味があります。

改正された法律は違憲

4月28日に国会を通過し公布された改正版([第二次]の改正と報道されているので二回目の改正か)の司法組織法によって控訴裁判所長になれる裁判官の条件を大幅に緩和かつ抽象化したわけですが、この改正版・司法組織法は憲法違反だと野党・市民団体そして法律の専門家から指摘され、今回の任命が論争を巻き起こしているというわけです。

改正された司法組織法の中身に憲法違反になる箇所があると各分野から異議が唱えられていますが、ここでは一点だけ指摘したいとおもいます。東チモール民主共和国憲法の第124条第三項目にこうあります――「最高裁判所の所長は任期4年であり大統領によって最高裁判所の裁判官たちから選ばれる」。つまり司法組織法を改正して最高裁判所の裁判官でなくてもよいという内容を盛り込んだとしても、憲法は最高裁の裁判官から最高裁の所長が選ばれると規定しているので、憲法に従えばアフォンソ=カルモナは控訴裁判所の所長になれないはずです。今年の4月、新しい控訴裁判長が就任する前、野党は政府が国会に提出した司法組織法のこの改正案について憲法に抵触する諸箇所を指摘しながら、政府は司法改革をしようとしているのではなく司法崩壊をしようとしていると非難しました(『東チモールの声』、2025年4月17日)。

かくして野党フレテリンとPLP(大衆解放党)は、2025年5月8日、この改正された司法組織法の合憲性を諮るように控訴裁判所に求める書類を提出し、さらにその翌週、両党は追加の書類を同裁判所に提出しました。そして7月31日、控訴裁判所が下した判断は、違憲、でした。

違憲判断への反応

控訴裁判所が違憲と判断したことをうけて、野党や市民団体・法律の専門家などから、大統領は控訴裁判所の判断に従うべきだ、アフォンソ=カルモナが控訴裁判所の所長であることに法的根拠がない、アフォンソ=カルモナは辞任すべきだ、任命をやりなおせ、などと声をあげました。

わたしの意見ですが、冒頭で述べたように、今回の大統領による任命を合法化する法律であるはずの改正版司法組織法が違憲と判断されたのだから、大統領任命もまた違憲であると判断されたに等しいと解釈します。実際、そのように指摘する法律の専門家がいます。例えばジュリオ=クリスピン神父がそうですし、ポルトガルのカトリック大学法学部のルイ=メデイロス教授です。メデイロス教授は、第一審裁判所の裁判官から最高裁判所の所長を選べるようにした今回の法改正措置は「最高裁判所のこれまでの制度を完全に破り、憲法が常に追い求め確保しようとしている民主的合法性と司法独立性との均衡を崩す」と語っています(『デリジェンテ』、2025年5月15日)。

これにたいして任命を擁護する意見ですが、例えばセルジオ=オルナイ法務大臣は、司法組織法にたいして違憲だという控訴裁判所の判断は大統領による任命にたいしての判断ではなく、大統領による任命は憲法に従って政治的な権限を使ってのことであるので任命について控訴裁判所の判断に法律的な効力はない、という見解を述べています(『タトリ』、2025年8月5日)。当事者であるアフォンソ=カルモナも、違憲という判断は法律にたいしてであり、任命にたいして出されたわけではない、という意見を述べています(『タトリ』、2025年7月31日)。控訴裁判所に違憲だと判断される法律を使って大統領が任命権を遂行しても、任命が違憲だと控訴裁判所は判断していないのだから問題ないというのが政府側の見解です。法律と任命行為は別だという理屈です。ラモス=オルタ大統領も、控訴裁判所の判断はアフォンソ=カルモナの任命について論じていないので任命に影響はないと語っています(『東チモールの声』、2025年8月4日)。

ただしラモス=ホルタ大統領は余計なことを口にしました。ラモス=ホルタ大統領は――野党のフレテリンとPLPは大統領の仕事ぶりを心配するよりも自分たちの政党のことを心配した方がいい、野党はいま沈もうとしている、わたしはフレテリンとPLPが沈むのを見たくない、わたしはアルカテリ(フレテリンの書記長)もタウル=マタン=ルアク(PLP党首)も大好きなのだから――と挑発的な発言をしたのです(『チモールポスト』、インターネット版、2025年8月7日)。この発言のなかでラモス=ホルタ大統領はまた、フレテリンとPLPは前の第八次立憲政府の与党であったときの憲法違反のことをよく見なさいといい、例としてタウル=マタン=ルアク首相が辞表を提出しにもかかわらずそれを撤回して政権を維持したこと、規則に沿わないやり方で国会議長を選出したことを挙げました(これらの出来事については、東チモールだより 第410~418号 を参照)。ラモス=オルタ大統領は自分にかんすることで違憲という声が飛び交っているので、他人(ひと)のことをいえるのか、自分たちのことを胸に手を当てて考えてみろ、と反論したかったのでしょうが、これらの例は的外れもいいところです。これらについて控訴裁判所は違憲という判断を下したことはないからです。それにしてもこのような幼稚な言い返しをするとは情けない限りです。控訴裁判所の判断についてラモス=ホルタ大統領は平静を装っていますが、案外、動揺しているのかもしれません。

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『インデペンデンテ』(2025年8月4日)より。

「控訴裁判所、司法組織法を違憲と宣言 オルタ大統領、カルモナ控訴裁判長任命に影響なし」と大見出し。

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『東チモールの声』(2025年8月4日)より

「オルタ大統領、控訴裁判所の判断を無視」(大見出し)。

「ジョゼ=ラモス=オルタ大統領は控訴裁判所の判断を無視し、アフォンソ=カルモナへの控訴裁判所長任命を維持しつづける」と冒頭段落。

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『東チモールの声』(2025年8月6日)より。

二つの立場から複数の意見を載せている記事。

「フレテリンとPLP、アフォンソに辞任を求める」(大見出し)

と「アフォンソ控訴裁判所長、依然として合法で合憲」(小見出し)

文字の大きさの違いからこの新聞の立場が分かる。

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〝司法改革〟を目指すシャナナ   

アフォンソ=カルモナが控訴裁判所長に任命されたことに異議を唱える側は、上記で示された理由を述べるにとどまらず、司法の独立性・中立性が脅かされると懸念します。従来通りの規則に従っても控訴裁判所長に任命される資格のある裁判官は少なくとも4人はいるとのことです。なぜわざわざ政府は候補者群の範囲を広げなければならないのでしょうか。

ここであらためて確認しておきますが、ラモス=ホルタ大統領が自発的に今回の事態を引き起こして波風を立てる理由は何一つありません。ラモス=ホルタはただ自分を大統領にしてくれたシャナナ=グズマン首相に従っただけです。

シャナナ首相はかねてから司法改革を声高に主張してきており、2023年7月1日、現在の第九次立憲政府の発足式でシャナナ首相は司法改革を実施すると演説しています。現政権にとって司法改革は緊急かつ戦略的な優先事項なのです(2025年3月24日、政府のホームページより)。

2023年8月、さっそく政府は司法改革を実行するため作業部会を立ち上げ、ルシア=ロバト元法務大臣が部会長となりました。ルシア=ロバトとは第四次立憲政府(2007~2012年、シャナナ連立政権)で法務大臣を務め、そのさいに法律で禁止されている経済活動に参加したことで(つまり汚職で)デリ裁判所から3年半の禁錮刑を言い渡され、これを不服として控訴したところ、2012年12月、控訴裁判所によってなんと刑期が第一審よりも1年半も上乗せした5年の禁錮刑を喰らってしまった人物です(東チモールだより 第226号)。

ルシア=ロバトは収監されたのち肺を患い、2014年8月、当時のタウル=マタン=ルアク大統領は健康状態を考慮して恩赦を与え、ルシア=ロバトは自由の身となっています。その後しばらく鳴りをひそめているとおもったら、いまこの人物は上述したように司法改革のための作業部会でリーダーシップを発揮しているのです。

ルシア=ロバトで思い出すのは同じ第四次立憲政府の財務大臣であったエミリア=ピレスです。国立病院へのベッド購入事業をめぐる汚職容疑で被告となったのがエミリア=ピレス(当時の財務大臣)とマダレナ=ハンジャン(当時の保健副大臣)でした。二人はそれぞれ、2016年9月、検察側から10年の禁固刑を求刑さると、エミリア=ピレスは最終弁論を放り出して、同年11月、オーストラリオ経由でポルトガルに逃げてしまいました。結局、同年12月、デリ裁判所はエミリア=ピレスにたいして7年、ハンジャンには4年の禁錮刑をそれぞれ言い渡しました。ポルトガルから帰国しないエミリア=ピレスには逮捕状も発行されました。海外に逃亡したエミリア=ピレスに非難が集中するなか、当時の第六次立憲政府(2015~2017年)で計画戦略投資相を務めていたシャナナはエミリア=ピレスを無罪であると擁護しつづけました。

いまに至るまで帰国しないエミリア=ピレスに、現在のシャナナ率いる第九次立憲政府が2023年7月に発足すると、政府は恩赦法を改正し、同年12月ラモス=オルタ大統領はクリスマス恩赦を与えました。これでは法の支配が弱体化し反汚職の闘いができないと論争が巻き起こったことは記憶に新しいところです(東チモールだより第506号)。さらに先月(2025年7月)、海外にいるエミリア=ピレスに年金が政府から支給されていると報じられ物議を醸しています。

2016年12月の時点で、第四次立憲政府(2007~2012年、シャナナ連立政権)で閣僚を務めた4人(3名の大臣と1名の副大臣)が第一審で有罪の判決をうけるという事態となり、シャナナにしてみれば司法によって大ブレーキをかけられた気分になったことでしょう。シャナナが〝司法改革〟を優先事項にする動機がここにあるのではないでしょうか。

そして最近、第五次立憲政府(2012~2015年、これもシャナナ連立政権)で教育相を務めたベンティト=フレイタスが法で禁じられている経済活動に参加したことなどで検察側から5年の禁錮刑を求刑されたという報道がありました(『セマナリオ』、2025年8月1日)。またしてもシャナナ連立政権の閣僚が汚職の容疑で裁判にかけられています。当然、いまのシャナナ連立政権の閣僚は大丈夫か……と憂慮されます。そこで〝司法改革〟の登場です。閣僚に容疑がかかって起訴されても政府の意を汲んでくれる最高裁判所が控えていてくれれば、安心して政策遂行に邁進できるというものです。これまでのシャナナの言動を振り返えれば、そのように思えてなりません。

〝司法改革〟とは司法への政治介入か

違憲疑いのある今回の控訴裁判所長の任命は、シャナナ首相による〝司法改革〟の一環です。そしてこの〝司法改革〟は、わたしにいわせれば司法制度への仁義なき干渉ですが、2014年に起こったことを想起させます。

2014年10月、汚職・不正に関与する複数の大臣・高官らが近く裁判にかけられるのを列をなして待っている状態でしたが、当時のシャナナ首相は、起訴された閣僚が裁判にかけられるために必要な国会決議による免責特権解除をしないように国会議員に要請したたけでなく、国会は8名の外国人の法律家(裁判官・検察官など)を24時間以内に停職処分にするという決議を採択したのです。そして同年11月初め、閣議は8人の外国人にたいし48時間以内の国外退去を命じる決議を採択しました。そこまでして自分の閣僚や政府高官を裁判の毒牙から守ろうとするとは、シャナナはなんという部下想いなのでしょう……などとのんきなことをいっている場合ではありません。ここまでくると司法への政治介入というよりも司法妨害といってもよいかもしれません。これにたいして控訴裁判所の当時のギリェルミノ=ダ=シルバ所長は、裁判官の採用・異動・罷免をおこなう資格のある機関は判事上級審議会であると憲法第128条に定めているので、8人の外国人法律家を停職処分にした国会決議は憲法違反であるとしてシャナナ首相と対峙したのです(東チモールだより 第283号)。

このようにシャナナ首相による司法への仁義なき干渉はいまに始まったことではありません。そして司法への政治介入は〝司法改革〟の名のもとに推し進められているというのがいま起こっていることなのです。

司法の独立性を守り民主主義を守れ

このたびの控訴裁判所長の任命の件は、権力分立をないがしろにする大胆な政治介入の何ものでもありません。「グレーターサンライズ」ガス田開発という大規模な開発事業がすぐそこに待ち構えています。大規模開発が始まれば(始まる前も)多額の金が動く状況となり汚職や不正の誘惑がこの国にこれまで以上に渦巻くことでしょう。悲しき人間の性相、洋の東西南北を問わず誘惑に堕ちる政治家・官吏・組織・団体がある程度存在するのはいた仕方ないのかもしれませんが、より良い社会のため汚職・不正と闘うのもまた人間です。汚職・不正と闘うためには司法の独立性を政治介入から守らなければなりません。

東チモールには現役の歴史的指導者が5人います。シャナナ=グズマン、ラモス=オルタ、マリ=アルカテリ,ルオロ、そしてタウル=マタン=ルアクの5人です。かつて民族解放組織であったCNRT(チモール民族抵抗評議会)の議長であったシャナナ=グズマンと副議長であったラモス=オルタが司法の独立性と権力分立を脅かす側に立っていることは大へん嘆かわしい事態といわざるを得ませんが、マリ=アルカテリとルオロそしてタウル=マタン=ルアクが野党指導者としてこの事態に異議を唱えていくことでしょう。そしてわたしは、現状を超克する若い世代もまた民主主義を守るため立ち向かっていくものと期待したいとおもいます。

青山森人の東チモールだより  easttimordayori.seesaa.net

第541号(2025年8月11日)より

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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