大雨の被害と新型ウィルス
1月 21 日と 22 日の深夜、1時から3時ごろの間だと思いますが、激しい雨音で眠りを覚まされまし た。深夜の激しい雨音は断続的でしたが、この二日間でかなりの雨量が首都デリ(ディリ、Dili)に降 り注がれました。その翌日 23 日は深夜になるのを待たずに明るいうちの午後5時ごろから、その激し い雨音で人の会話や車の騒音が完全にかき消さるほどの豪雨が発生しました。
21~23 日の3日間の大雨はディリ市内の各地で深刻な被害をもたらしました。そのなかでタシトゥル の住民がうけた水害の様子が大きく報道されました。その地区は道路も家も大人の膝上から腰付近の高
さほどの泥水に浸ってしまいました。水害をうけた住民は近くの避難先での生活を余儀なくされました。
避難生活をする被害者としてテレビのニュースでマイクを向けられインタビューをうけていたのが、セ
シリア=フォンセカさんでした。セシリアさんは、東チモール民族解放軍の英雄・故ニノ=コニス=サン
タナ司令官の母方のいとこにあたる人です(東チモールだより第 379 号を参照)。セシリアさんは、政
府の支援に感謝するといいつつ、町づくりにかんして根本的な対策を講じなければ、大雨が降ればまた
同じことが繰り返されると注文をつけました。
国立病院近くの川の水位が危険な高さに達している。川沿いの住民は雨期になれば危険にさらされる。
政府は川沿いに家を建てることを禁じているが必ずしも守られていない。 2020 年 1 月 23 日、首都デリにて。 ⒸAoyama Morito.
首都デリのゴミ問題は大雨でその姿を現す。水無川や側溝は大雨で泥流の川に一変し、ゴミとくにプラ
スチックのペットボトルを集めて海に流す。途中、ゴミが水路に詰まるところもある。ペットボトルの
ポイ捨てが日常さかんにおこなわれている事実が浮き彫りになる。この写真の川はまだよい方で、水面
全体がペットボトルで覆われる川もある。 2020 年 1 月 23 日、首都デリにて。 ⒸAoyama Morito.
大雨による被害はもちろんのこと、世界中で懸念されている新型コロナウィルス感染が東チモールで
も連日のトップニュースとなっています。中国で学ぶ東チモール人留学生が 170 名、そのなかで 17 名
が新型ウィルスが発生したといわれる武漢で学んでいます。閉鎖された武漢の様子が東チモール人学生
の撮った動画で東チモールに発信されています。すでに患者が東チモールで出たというデマも流れ、ス
マホ(スマートフォン)による威力たるや恐るべきものがあります。なお、ニコラウ=ロバト国際空港で
も海外便でやって来る乗客に熱のスキャンをしはじめました。
CNRT が AMP をつぶした
これら自然(人為的要素もある)が引き起こす事態は深刻ですが、東チモール人指導者たちの引き起
こす政情不安もいよいよ深刻な状態に陥ってきました。前号の「東チモールだより」で伝えしたとおり、 1月 17 日(金)、タウル=マタン=ルアク首相率いる政府が再提出した 2020 年度国家一般予算案は国会 を通過することができず、AMP(進歩改革連盟)政権は事実上崩壊してしまいました。
週明け 1 月 20 日(月)、タウル首相は予算案が国会を通らなかったことをフランシスコ=グテレス= ルオロ大統領に報告し、そのあと記者会見に臨みました。このときのタウル首相の表情ははこれまでの
タウル首相のそれとは違うように感じたのはわたしだけでしょうか。まるで何かのとりつきから解放さ
れたかのような表情にわたしには見えました。
まず記者会見の冒頭、タウル首相はルオロ大統領に 2020 年度国家一般予算案が通らなかったことを ルオロ大統領に報告したと述べ、AMP はもう存在しない、今後は大統領の判断に事態が委ねられるこ とになると語りました。そして次に AMP 政権の最大与党である CNRT(東チモール再建国民会議)が AMP をつぶしたのだとキッパリ述べたのです。タウル首相の反撃が始まりました。
タウル首相は、 CNRT が AMP をつぶしたという理由として、AMP 連立を組む上で三つの約束をし た、政府案を(国会を)通過させること、予算案も通過させること、連立構成の規則は採用されなけれ ばならない(守られなければならない)こと、しかし CNRT は約束を破った、CNRT が AMP をつぶ したのだ、と主張しました。記者から「つまりそれは(CNRT による)裏切りだと……」と問われると、 タウル首相は「裏切りとはいっていない」といいながらこう説明します。CNRT の議員代表は二つのこ とを国会で主張した、大統領が CNRT の閣僚候補の閣僚就任を認めない、首相がシステムを破壊した のだと、しかしわたしは問いたい、仮に自動車があるとする、大統領が車輪をとった、首相が車内の座 席を壊した、そして CNRT がガソリンで自動車を燃やした、誰が悪いか、自動車全体を破壊したのは CNRT だ、 CNRT の議員が AMP をつぶしたのだ、と。
国会の予算審議のなかで CNRT によって閣僚未就任問題を解決しないと批判された首相は、それは 政権内の問題であって国会で討論すべきことではないと無表情を装って静かに応じるだけでしたが、20 日の記者会見では CNRT への反論に転じました。テレビで流れたこの時の映像を見ると、タウル首相 は前にいる記者たち全員の顔を見るように自分の顔を左に右へと動かし活き活きとしていました。
記者たちからルオロ大統領の反応について質問されると、大統領は自分の報告を聴いていただけで意
見は述べなかったと首相は答え、また首相という地位について問われると、法律にのっとって新しい首
相が決まるまで自分が首相ということになり、もしあしたの朝に新首相が決まれば自分は仕事には来な
いと述べました。
まだ曖昧さが残るタウル首相
次の記者質問はわたしはよく聴きとれませんが(たぶん予算案が国会を通過できなかったことにたい
する感想をきかれたのだと思う)、タウル首相は「二年目の政府が予算審議をしたのは4日だけ…」と
いうと、「つまりそれはどういう意味ですか」と記者にきかれると、「つまり国会はわたしを木の上に吊
し上げたということだ」と予算案が国会を通過しなかった心境を語りました。
やはりタウル首相は国会で屈辱的な想いをしていたのです。当然です。去年 12 月3日に予算案の撤 回を余儀なくされたときも、そして1月 17 日の採決で、賛成 13 票、反対 15 票、棄権 25 票、CNRT から 19 票の棄権票が投じられ予算案が否決されたときも、タウル首相は無残なさらし者でした。CNRT が AMP をつぶしたとは 12 月3日に言ってもよかったセリフです。タウル首相自身の論理によれば、12 月3日の時点で CNRT は約束を守らなかったわけですから。
記者会見の最後に、タウル首相は国民に平静を保つように呼び掛け、元(ゲリラ)司令官として、元
(国防軍)将軍として、元大統領として、そして現首相としてこのことを訴えたいのだと強調しました。
かっこよく決めたかったのでしょうが、そうはいきませんでした。すぐさま記者から鋭い質問が飛んで きました。「PLP(大衆解放党)代表として、(AMP を構成する他の)政党代表とは話し合いますか、 たとえばシャナナ(CNRT 党首)とはどうなんですか。電話で話しますか」。これにたいしてタウル首 相は「いま国家予算案や国家について話しているのであって、政党のことを話しているのではない。政
党の話はまた別だ。そのことについて話したくない」と苦しい答弁を強いられました。「元司令官」「元 将軍」「元大統領」「 現首相」という燦然と輝く華麗な経歴が、「PLP 代表」としての行動を問われたと たん凡庸となって威力が色あせてしまいました。記者の勝ちです。これ以上質問されればシャナナ CNRT 党首との関係がどうなっているのかという答えにくい内容に話が及んでしまうと察知したのか、 タウル首相は記者会見を半ば打ち切るかたちで終わりにしました。この記者会見をかっこよく決められ ませんでしたが、タウル首相の表情が少し戻ったのは確かです。
それにしても国民が一番知りたいのは記者の最後の質問にたいする答えです。指導者たち同士が何を 考え、また何を話し合っているのか、あるいは話し合っていないのか。とくにシャナナ=グズマンとタ ウル=マタン=ルアクの関係は大きくこの国に影響を及ぼします。巷でも、このことをあれやこれやと推 理と事実を混ぜこぜにして井戸端会議や政治談議に花を咲かせているのです。国民が一番知りたいこと
を話してくれないのですから、 「CNRT が AMP をつぶした」と CNRT の先手を打って威勢のよく啖呵 を切っても、タウル首相はまだ優位にたったとは言い難いと思います。 。シャナナ CNRT 党首の影響力 はタウル首相に比べ絶大です。タウル首相が優位な立場になるとき、つまり完全に自分の表情を取り戻
せるのは、〝カミングアウト〝をするときでしょう。別な言い方をするなら、一般庶民に身を委ねると
きです。
注目される大統領の判断
ルオロ大統領は、予算案が国会を通過できなかった報告を受けてから 60 日以内にその局面を打開す
るため憲法にそって決断を下すことになります。二つの選択肢があるといわれています。2018 年に続 いて再び「前倒し選挙」を実施するか、現在の国会議員をそのままに新たな政権を成立させるか、この
二つです。
1月 23 日から大統領は各政党との会合を開始しました。新聞報道を整理すれば政党の意見は三種類 あるといえます。「前倒し選挙」せずに大連立政権樹立を望む意見、いかなる内容であれ大統領の判断
に従うという意見、大政党のわが道をゆく意見、の三種類です。最大野党フレテリン(東チモール独立 革命戦線)は「前倒し選挙」は望ましくないといい、最大与党 CNRT は「前倒し選挙」が望ましいと 報道されています。
フレテリンと CNRT の意見は眉唾ものです。実際は二大政党による連立工作の策略が渦巻いており、 他の政党を抱き込むかたちでの妥協点を模索しているというのが本当のところでしょう。
一方、ルオロ大統領は政党との話し合いのあと、識者や学者、市民団体、法律家などと会合を開き、
意見を聴いています。そして総合的に意見を集約した最終的な判断を下すことになっています。これも
表向きでの話であって、水面下での連立工作の策略に大きく影響される、あるいは関与するというのが
本当のところでしょう。
シャナナはどうでる
さて1月 23 日、ルオロ大統領は各政党との会合の一環として CNRT 幹部と会いました。しかし、最 もいなくてはならない人物であるシャナナ=グズマン CNRT 党首は不在でした。現在起きている政治的 袋小路の要因の一つともいえる、ルオロ大統領とシャナナ CNRT 党首の確執が此の期に及んでもまだ あからさまに露呈しているとは……、ともかく二人は顔も見たくないほど嫌い・嫌われ合っている仲、 いい年してなんとかならんのかといいたくなります。
この 23 日シャナナ CNRT 党首は、マナトゥトゥ地方で行われた植樹会に参加して汗を流していまし た。国際団体やラモス=オルタ前大統領そしてポルトガル大使などが参加する大事な行事であることは 否定しませんが、大統領との会合の方が比較にならないほど重要であることは議論の余地なしです。
テレビのニュースでは植樹会の会場にいるラモス=オルタ前大統領がインタビューに答えていました。 政治的にたいへんな状況にかかわらず落ち着いている国民はすばらしいというだけで、シャナナ CNRT 党首が大統領との会合に出席しないでこんなところにいていいのかという話はありませんでした。たぶ
ん質問されても答えなかったのでしょう。シャナナ本人のインタビューもありませんでした。ニュース
映像で植樹に汗を流す姿だけが映り、発言は一切ありませんでした。ともかく政治的袋小路の現局面に かんしてシャナナ AMP 代表かつ CNRT 党首の言動が注目されます。
2020 年度国家一般予算案が通らなかったこと、否、通さなかったことにかんして国民にたいする説 明責任を一番背負っているのは他の誰でもなく AMP 代表であるシャナナ CNRT 党首です。 「AMP はも う存在しない」 「CNRT が AMP をつぶした」というタウル首相の発言にたいしても AMP 代表で CNRT
党首ある人物は何か言うべきです。このような指導者同士の疎遠な関係は、いまの政治的袋小路を象徴 する現象です。
AMP はまだ存在するという意見
ところで、ルオロ大統領と会談したCNRT幹部のなかにフランシスコ=カルブアディ党書記長を含め、 大統領が承認しないために閣僚に就けない人物が2名いました。CNRT は閣僚未就任問題が解決されな ければ大統領との対話はあり得ないとかねがねいっていましたが、この度はその姿勢を翻して大統領と
会ったことは評価してもよいでしょう。カルブアディ書記長はシャナナ党首の手紙を大統領に手渡しま した。その内容は公表されていません。
また、大統領との会談後の記者会見でカルブアディ書記長は「AMP はもう存在しない」というタウ ル首相の発言について、まだ AMP は正式に解散していないので法的には存在すると述べました。解散 表明をしていないので AMP はまだ存在する、あるいは大統領がまだ判断していないので AMP はもう 存在しないという意見には反対だと述べる人もいます。しかし AMP の存在については議論するのは不 毛です。なぜなら AMP はもはや機能しないのですから。
果たして次期政権はいかに
フレテリンもまたルオロ大統領と会合を持ちました。フレテリンの党首という立場を大統領という立
場から封印しているとはいえルオロ大統領とフレテリンとの会合はフレテリン幹部会だったに違いあ りません。
大統領との会談後の記者会見で、マリ=アルカテリ書記長は「タウル首相は犠牲者だ」と述べました。 シャナナ CNRT 党首によって短命政権となった前政権で首相を務めたアルカテリ書記長も法案を通す ことができなくなり屈辱を味わいました。「政府計画」が国会を通らなかったとき、当時のアルカテリ
首相は眼に涙を浮べ悔しがりました。アルカテリ書記長はいまのタウル首相の気持ちが同じ目にあった
者としてよく分かるのかもしれません。そして同じ目にあった者としてタウル首相に関心をひこうとし ているのかもしれません。一緒になって連立を組まないかという関心を。
同じ目にあわせた者としてシャナナ CNRT 党首が、マリ=アルカテリ書記長とタウル首相の共通の敵 となれば話は単純です。フレテリンと PLP が一緒になって CNRT 以外の政党を過半数に達する程度に 招き入れ新しい連立勢力をつくり、それを大統領が承認すれば、新政権の誕生とあいなる……しかしこ のような展開をシャナナ CNRT 党首が許すはずがありません。シャナナ CNRT 党首は「グレーターサ ンライズ」ガス田からパイプラインを東チモールにその手でひくため権力を維持しなければならないの です。そのために必要ならばシャナナ CNRT 党首は話をいくらでも複雑にすることでしょう。
シャナナ CNRT 党首がいかにして権力を維持するのか、あるいはシャナナ党首の影響力に待ったを かける者が出現するのか、東チモール政局を観るうえでの注目点といえます。現状ではシャナナ党首の 影響力は突出して大きいといわざるを得ません。
青山森人の東チモールだより 第409号(2020年01月31日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion9413:200202〕