青山森人の東チモールだより…イギリスのEU離脱と東チモール人

青山森人の東チモールだより  第383号 (2018年10月31日)

イギリスのEU離脱と東チモール人

またしても国会、大統領を国際会議に出席させず

10月23日、東チモール国会は10月28日~11月1日にインドネシアのバリ島で行われる国際会議「民主主義フォーラム」へのフランシスコ=グテレス=“ル=オロ”大統領(以下、ルオロ大統領)の出席を認めるか否かの採決をとったところ、与党による反対多数で大統領の渡航は認められませんでした。これで三度目です。一度目は7月CPLP(ポルトガル語圏諸国共同体)の会議出席が、二度目は9月、国連総会出席が、いずれも東チモールの大統領であるならば当然出席する国際会議だったにもかかわらず、国会によって否決されたのです。

与党は、大統領の渡航が認められなかった理由として大統領は政府閣僚の未就任問題の解決を優先すべきといえば、野党フレテリン(東チモール独立革命戦線)のフランシスコ=ミランダ=ブランコ副党首は、これは政治的な報復であると政府を批判しました。

AMP(進歩改革連盟)政権の代表かつ与党第一党CNRT(東チモール再建国民会議)のシャナナ=グズマン党首が、チモール海交渉団長としてコノコフィリップス社の配当権30%購入に合意した交渉報告のためにルオロ大統領と会談したとき(10月11日)、対立してから初めて両者が膝をつき合わせたことから、両者の関係改善が期待されました。ルオロ大統領はしかしながら、対立の原因となっている閣僚未就任問題にかんしては是々非々の立場でいくことを会談後の記者会見で表明しました(前号の東チモールだより)。大統領が妥協の姿勢を示さなかったことにたいする政府の「報復」が、上記の国会決議というわけです。

ルオロ大統領は、予定していた海外訪問が三度目の否決にあったことについて、この決定権は国会にあるので問題ない、ただし大統領が権限を有することにかんして国会は大統領の決断を受け容れる用意をしなければならない、大統領の権限が行使されるときは干渉すべきではない、と国会への対決姿勢を示唆しました。また、閣僚の未就任問題の解決を優先させるべきだという与党の発言にたいしてルオロ大統領は、大統領にたいする国会の役割の一つとは諸外国との関係を強化することである、閣僚未就任の問題は国内問題だ、その国内問題を諸外国との関係に差し支えるかたちで大統領にたいする政治的返報として利用すべきではない、と警告します。

さて、10月28日からバリ島で開かれる国際会議にルオロ大統領を出席させなかったAMP政権代表のシャナナ=グズマンCNRT党首はというと、そのバリ島に10月27日、海洋にかんする国際会議(10月29~30日)に出席するために到着しました。閣僚未就任の問題は大統領が国内で解決せよ、AMP政権の代表はバリ島に赴くから、というわけでしょうか。シャナナ領海交渉団長は、自分は政府とはかかわっていない、政府はタウル=マタン=ルアク首相に率いられているという趣旨のことを述べますが、シャナ=グズマン氏は政府を担うAMPの首領です。ルオロ大統領の心中は察するに余りあります。一度は和みそうだった政府と大統領の関係でしたが、これでは再び悪化の道をたどってしまうことでしょう。

イギリスで働く東チモール人

今年7月、一時帰国しているイギリスで働く東チモール人の若者と再会しました。かれの愛称はアサン、EU(ヨーロッパ連合)残留/離脱の賛否を問う住民投票実施前に海を渡りました。アサン君は、ブリティッシュ・ロックバンドのギタリストをわたしにイメージさせる、ひょろりと背が高い、東チモール人としては珍しい体型をしている若者です。

青山――「イギリスのどこにいるの?」

アサン君――「スコットランドです」

青山――「どうしてスコットランドで働くことになったのですか」

アサン君――「最初はアイルランドに行ったんだけど、スコットランドのほうがお金になるときいて、そうなりました」

青山――――「仕事は何ですか」

アサン君――「ピザのレストランの店員です。パキスタン人の店です」

青山――――「ピザはおいしいの?」

アサン君――「おいしいですよ」

青山――――「どんな場所に住んでいるの?」

アサン君――「10人の東チモール人と家一軒借りて住んでいます。1ヶ月一人400ドルほど家賃を払っています。大きないい家ですよ」

青山――――「スコットランドには東チモール人は何人くらいますか」

アサン君――「90人くらいかな、100人には達しないと思います」

青山――――「イギリスはEUから出ることになっているので、それを嫌がるスコットランド人は再びイギリスからの独立賛否を問う住民投票をするかもしれないとききますが、スコットランド人はイギリスから独立したいと思っているのですか」

アサン君――「そう思っている人もいるし、そうでない人もいますよ」

…とまあ、このような会話をしている中で数字がでてくると、アサン君は英語を使い出しました。それはまるでわたしを英語の会話に誘うかのようでした。アサン君は東チモールで何することもなく身体をもてあましている時期はまったく英語に縁のない若者であったにもかかわらず、流暢とはいえないが実践的な英語をいまや体得したようです。それどころか、スコットランドの英語は独特の訛りがあってわかりづらい、と例を挙げて解説するほどです。

アサン君は一時帰国の一ヶ月間、家を建て、結婚式を挙げ、その家を人に賃貸しをして、8月の下旬にイギリスに戻る予定だといいます(いまごろスコットランドのピザ レストランでせっせと稼いでいることでしょう)。今年の7~8月は東チモール政府が依然として「12分算方式」の採用を余儀なくされているときで、さかんに「経済危機」といわれる只中、アサン君の羽振りのよさは他の若者たちの刺激になったに違いありません。

イギリスは2016年6月に住民投票を実施し、EUから離脱することを選択し(選択してしまい)、2017年3月EUに離脱通告、その2年後である2019年3月29日にEUから離脱、その後移行期を経て2020年12月末、EUから完全離脱することになっています。離脱まであと5ヶ月しか時間がないというのに、イギリスとEUとの協議に進展がありません。イギリスは離脱後、EUからの人の自由往来は認めず移民を制限、物とサービスはEUルールで自由往来が認められるという条件を出し、EU側はEUのいいとこ取りは許されないとはねつけ、接点が見出されていません。このままだと離脱後のイギリスとEUとの関係の有り様を決められないでまま時間切れとなり、離脱の取引(deal)なしの、いわゆる、No Deal Brexit、合意なき離脱になりえるといわれています。万が一そうなったら、イギリスとEUとの間で人・物・サービスの往来にかんするありとあらゆることで混乱が生じるといわれています。

イギリスがEUを離れたら、アサン君のようにイギリスで仕事をしているポルトガル国籍を有する“EU人”としての東チモール人にはどのような運命が待っているのでしょうか。即刻追い出されるのか、移行期の間じわりじわりと追い出されるのか、何らかの条件付で滞在・労働が許されるのか…さっぱり先が読めません。アサン君にきいても、当然のごとく「わからない」と返ってきます。

これからイギリスを目指す人

アサン君と再会したのち、8月、わたしはこれからイギリス行きを目指す東チモール人女性と会いました。拙著『東チモール 未完の肖像』(2010年、社会評論社)の登場人物になっているロザさんです。わたしがビラベルデに滞在しているときにも、そしてその後も、たいへんお世話になった魅力ある女性です。

どんな仕事に就きたいかときくと、ロザさんは、「よくわかりませんが、レストランの仕事が多いときいているので、わたしもレストランで働きたいと思っています」といいます。おそらく先述のアサン君のような事例は数多くあり、それが広く東チモール人の耳に入っているのでしょう。

東チモール人は望めばポルトガル国籍を取得でき、ポルトガルはEU加盟国であることから東チモール人はEU加盟国の国籍をもつ“EU人”となりEU圏内で移動の自由が得られるわけです(ちなみにEU圏内では東チモール人にとって働きたいと思う国はまずイギリスそしてアイルランドがくる。東チモール人にとって両国は実績のある国だ)。したがってイギリスで働くためまず東チモール人がすることは首都デリ(Dili, ディリ)のポルトガル大使館に行ってポルトガル国籍取得の申請をすることです。ところが申請をしても待てど暮らせど書類が発行されないという問題がイギリス行きを目指す東チモール人に立ちはだかっています。

ポルトガル大使館の前で説明を求めるために多くの東チモール人が集まり今年少なくとも二度ほど大きなニュースになっています。ポルトガル大使館は固く扉を閉め、対応しようとはしません。ロザさんは7ヶ月前に145ドルも払って申請したのに未だに応答がないといい、一方アサン君にきくと、当時は4~5ヶ月で書類をもらったといいます。なかには1~2年も待っている人がいるとはよくきく話ですが、10月18~19日、東チモール人がポルトガル大使館前に説明を求めて集まったことを報じるニュースによると、2013年から待っている人もいるとのことです。個人個人で差があるものと思われますが、5年間も待たされ、手数料だけ取られているのは気の毒です。

この日、わたしがたまたま見かけたポルトガル大使館前。書類審査に時間がかかっていることに気を揉んでいる東チモール人が集まっていると思われる。写真の左側には道を挟んで政府庁舎がある。

2018年8月15日。ⒸAoyama Morito

書類審査に時間がかかっているのだとポルトガル大使はニュースのなかで述べていたことがありますが、イギリスのEU離脱が決まる以前は、ポルトガル大使館に説明を求めに多くの東チモール人が集まる事態は発生しませんでした。イギリスのEU離脱とポルトガル大使館による手続き進行の遅延に何か関係があるのでしょうか……? いずれにしても、よしイギリスに行くぞ!と一大決心をした若者の意志をくじくように書類審査に何年も待たせるとはポルトガル大使館も罪づくりなことをするものです。

~次号に続く~

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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