青山森人の東チモールだより 第375号(2018年8月3日)
二つの意味をもつ国家予算
低迷する経済
7月25日、「政府計画」の審議がはじまり、フレテリン(東チモール独立革命戦線)は初日に拒否動議を出しました。最大で五日間の審議が可能ですが、三日目の27日に採決され、拒否動議は否決、「政府計画」は国会を通過しました。次なる焦点はいよいよ国家予算です。
タクシーの運転手は、経済が低迷しているのでタクシー利用者がめっきり減ってしまい、ガソリン代も高騰したとなげけば、道路わきの小さな店の主は、「経済危機のおかげで多くの店を閉じてしまったし、この店にも商品がこのとおり少ししかありません」と悲しく笑います。
国家予算がたてられない状態により非常勤の公務員の給料が2~3ヶ月間滞っているとはよく耳にします。無給の公務員がタクシーに乗ったり、キオスクで買い物をしたりするのはなかなかできないことでしょう。わたしの知り合いの大統領府の職員は、契約期間が切れたので再契約を申し込まれたのですが、給料が支払えないといわれたので、「給料が支払えるようになったら呼んでちょうだい、そのときは引き受けるから」と返事をして、いまは大統領府勤務から離れています。正常に機能する政府の不在が1年も続いているのですから、庶民の消費意欲が冷え込み、国全体として経済が低迷するのは無理もないことです。国家予算が成立すれば、タクシーやキオスクなど庶民の経済活動に活気が戻るものと期待されています。
コルメラの大交差点に面する商店“通り”にシャッターが目立つ。
不景気の反映か。2018年8月2日、ⒸAoyama Morito
ベコラの目抜き通りに立つ大看板に公告がない。
不景気を反映しているに違いない。2018年8月2日、ⒸAoyama Morito
数のうえでは多数派だが…
去年2017年7月に実施された総選挙の結果をうけて9月に樹立されたフレテリンと民主党の連立政権は国会過半数に達することのできない少数政権だったため、「政府計画」が拒否され国家予算も立てられずあえなく崩壊しました。今年5月に仕切りなおしの「前倒し選挙」が実施され、その結果をうけて今度は国会過半数を占める三党連立勢力のAMP(進歩改革連盟)政権が成立し、まずは「政府計画」が通りました。その前の7月20日、AMP政権は政府機関の正常な運営のためにと「石油基金」から1.4億ドルの引き出しを採決しました。この引き出しについて現在、フランシスコ=グテレス=“ル=オロ”大統領(以下、ルオロ大統領)は合憲性を控訴裁判所に諮っており、場合によっては拒否権を行使するかもしれません。しかしともかく国会多数を占めるAMP政権は国家予算も賛成多数で難なく国会を通過させ、その気になれば何でも国会を通せる安定した政権運営を維持できることでしょう……と思われましたが、ルオロ大統領がAMPから提出された閣員名簿のなかのAMP内最大勢力であるCNRT(東チモール再建国民会議)からの閣僚候補者にかんして汚職事件に関与していることに鑑み再考を求めたことが引き金となって、AMP政権は寄せ集め集団であるがための脆弱さを早くも露呈しはじめたのです。
AMP政権も不安定政権
AMP代表のシャナナ=グズマンCNRT党首は、ルオロ大統領による閣僚名簿拒否は憲法違反であると主張・憤り(ルオロ大統領は拒否ではなく再考を求めているだけと主張)、自ら就任するはずだった二つの大臣ポストを辞退したのです(東チモールだより 第375号)。このことは新政府に影響はない、シャナナAMP代表はインドネシアとの陸の国境とオーストラリアと企業側との「グレーターサンライズ」ガス田の開発交渉に専念するのだとAMPは主張するものの、さっさと大臣・副大臣・長官の就任を完了できないでいるのは、AMP政権の脆弱さの露呈と見てとっても差し支えないと思います。
ある東チモール人ジャーナリストによれば、AMPの記者会見に二度いってみたがCNRTとKHUNTO(AMPの構成政党の一つ、とりあえず[チモール国民統一強化]と抄訳しておく)の者だけが現れ、PLP(AMPの構成政党の一つ、大衆解放党)の者はいなかった、何かが臭うといいます。また、PLPからでた若い長官は何をどうすればわからないのにその地位についている、AMP政権は適材適所の人事にまったくなっていない、若いPLP党員は傲慢で野心的だ…などなど、複数のジャーナリストからPLPの不評が多くきかれました。
誰でも初めての時があるのだからPLPとKHUNTOに政治経験の無さをAMP政権の弱点とするのは少々酷なような気がします。この新政権に希望を抱かせる新鮮味を感じさせないのは、過去10年間政権に就いた最大与党勢力CNRTから重要閣僚が輩出されようとしている(ルオロ大統領が阻んでいるが)ことが、未経験な者たちが閣員になることにたいする新鮮さを失わせたからでしょう。シャナナCNRT党首はKHUNTOからの大臣を出すことに強く反対したといわれています。
しかしAMP政権の最大の弱点とは、PLP党首のタウル=マタン=ルアク首相とCNRT党首のシャナナ=グズマンAMP代表の根本的な政治性の違いです。AMP政権とはすぐに分裂するかもしれない不安定政権であるというのが、わたしが話をきいた東チモール人ジャーナリストの共通する意見でした。
同じジャーナリストによれば、AMP政権にたいする上記のような意見はまだ一般的ではないが、政府が国家予算案を提出し国会審議が深まっていくなかで、AMP政権は諸問題に対処する能力が無いことが国民に認知され、AMP政権は揺らぐことになるだろうといいます。とくに元戦士の問題(東チモールだより 第332号)は深刻です。放置されつづけていると感じている解放闘争の元戦士たちはその忍耐がほぼ限界に達し、去年、選挙の年を迎え、新大統領と新政府に一縷の望みを託していました。それにもかかわらず一年間も政府が機能しない状態が続き、ようやくまともに機能しそうな新政権による国家予算に期待するも失望する内容と元戦士たちに認識されれば、実にやっかいなことになりそうです。これだけは回避してほしいとわたし個人も願うのみです。
国家予算には二つの側面があるといえます。国の経済活動を正常化させる特効薬として期待される側面と、その内容からAMP政権の能力と安定性に疑問がもたれるという側面と。
~次号へ続く~
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion7882:180803〕