青山森人の東チモールだより…司法とシャナナの対立

青山森人の東チモールだより  第389号(2019年2月15日)

司法とシャナナの対立

6億5000万ドル削減の意味とは?

前号の「東チモールだより」で慌ててお伝えしたとおり、2月7日、ルオロ大統領は一度拒否権を行使した2019年度一般予算案の修正版を公布しました。公布された予算案は当初額21億3200万ドルから6億5000万ドルを差し引き、2019年度一般予算額は14億8000万ドルとなりました。

さて、差し引かれた6億5000万ドルとは、コノコフィリップス社(3億5000万ドル、30%)とロイヤルダッチシェル社(3億ドル、26.6%)のもつ「グレーターサンライズ」における権利を買い取るための金額です。予算額からこの金額を差し引いたということは、政府はシャナナ=グズマン領海交渉団長が同二社と結んだ権利買い取り合意を諦めたのでしょうか。そうではありません。政府は改正された「石油基金」活動法を利用してこの金額を引き出し、予定通りコノコフィリップス社とロイヤルダッチシェル社(以下、シェル社)の権利を買い取るつもりでいます。

「石油基金」活動法は去年12月、改正案が国会を通過しましたが、ルオロ大統領は拒否権を行使し、再び国会を通過したのち今年の1月10日、公布した法律です。「石油基金」活動法が改正(改悪?)されたことで「石油基金」からの引き出し規制が緩和されました。このことを利用して政府は予算から削減されたコノコフィリップス社とシェル社の利権買い取り金を「石油基金」から引き出そうというのです。

借入金やわずかな税収はありますが、国家予算の唯一無二の財源は「石油基金」であるといっても大袈裟でもなんでもない東チモールにおいて、予算案に記載されるその金額を使おうが、予算案からその金額を削除して別の法律を利用してその金額を使おうが、どの道同じ財布を使って同じ買い物をするのであるからして、東チモール国家に及ぼす物理的影響は同じではないのか、当初の予算案と修正予算案は何が違うのかという疑問が残ります。

ルオロ大統領が修正された予算案を公布する前の時点で、野党のフレテリン(東チモール独立革命戦線)と民主党の23名の国会議員は、改正された「石油基金」活動法について疑問を示し、控訴裁判所に調査するよう議員連名で求めました。「石油基金」からの引き出しが緩和されたことで、上記のようなことが生じるわけですから、「石油基金」とは財政上の資産なのか、どのような資産なのか、よくわからなくなるというのが野党の提示する問題点の一つです。現在、政府は控訴裁判所の判断を待っているところです。

ルオロ大統領の拒否権行使は、タウル=マタン=ルアク首相が大統領だったときに拒否権を使った理由――政府の目を市民生活に向けさせるため―で正当性をもちますが、同じ財布で同じ買い物ができる“抜け道”がある政府による予算案修正を大統領が承認したという展開をみれば、指導者たち(プチブルジョワ層のエリートたち)による国民不在の政治ゲームをみているような気分になります。他方、ルオロ大統領は二度目の拒否権を使ってまでシャナナ=グズマン氏に噛み付くことなく予算を公布したのは、ある意味、大人の対応をみせたともいえるのかもしれません。

こう考えると、予算案から6億5000万ドルが削減された意味とは、東チモールに石油収入をもたらしてくれるチモール海の「バユウンダン」油田が涸渇するときが迫る現実を見据えた対処では全くなく、詰まる所、情けなくも東チモールの政治的袋小路を反映して起きた出来事、ただそれだけということではないでしょうか。

とはいえ、大統領が予算案を発布したことで、予算案への拒否権行使⇒最大与党CNRT(東チモール再建国民会議)が党大会を開き大統領を糾弾⇒大統領は国会解散を宣言⇒混乱…という物理的な衝突へつながりかねない最悪のシナリオを回避できたとしたならば、それはそれで意味あることといえましょう。

取り残された閣僚未就任問題 

ルオロ大統領は予算案を発布したことで、こっちは少し妥協しましたよ、さあ、そっちはどうするの、と政府側へボールを投げたといってよいでしょう。ボールを受けた政府は、シャナナ=グズマンCNRT党首がルオロ大統領を「愚か者」といったことにたいして詫びるとか(東チモールだより第388号参照)、汚職に関与しているとして閣僚就任を大統領が認めない閣僚未就任問題にかんして政府は閣僚候補の人選を変更するとか、何らかの行動をしてほしいものです。

シャナナ=グズマン氏はルオロ大統領が予算を発布したことにコメントを寄せていないようですし、閣僚未就任問題では政府と大統領の“睨み合い”が依然として続いています。睨めっこは最初に笑った方が負けですが、この場合は、負けるが勝ち、最初に譲歩案を提示した方が勝者のような気がします。

裁判出頭命令に応じないCNRT幹部 

さて、未就任の閣僚候補うちの2名が、すわ、海外に逃亡か!という疑いが最近かけられました。その2名とはCNRT書記長で東チモールサッカー協会の前の会長であるフランシスコ=カルブアディ=ライ元観光大臣と、同じくCNRTのセルジオ=ロボ元保健大臣です。1月、控訴裁判所から出頭を命じられたのにもかかわらず法廷に姿を現しませんでした。CNRTの他の幹部は、この2人は裁判所から召喚されたときすでに海外にいたので出廷できなかった、次はちゃんと裁判に協力するであろうとはいうものの、2人がいつ帰国するのかわからない、どこにいるのかわからない、というので海外に逃げたのではないか?汚職の罪で7年の禁錮刑をうけてポルトガルに逃亡してしまったエミリア=ピレス元財務大臣の二の舞か?と疑惑を呼び起こしました。

1月下旬、セルジオ=ロボ氏は自分の海外逃亡説が流れていることにかんしフェイスブックで否定し、カルブアディ氏はシンガポールで治療を受けており、現地の病院から東チモールの裁判所へ書類が届き、2月中に帰国するであろうと報じられました。しかしまたカルブアディ氏はすでに2~3度、司法手続きに応じていないとも報じられているのです。

カルブアディCNRT書記長が司法手続きに従わないことにたいし、ジョゼ=シメネス検事総長は去年12月、シャナナCNRT党首にカルブアディ氏にたいし司法手続きに従うように指示することを求めた通知書を送りました。これにたしシャナナCNRT党首は司法手続きに抗議する書簡を検事総長に返したのです。2月12日、この問題をフレテリン(東チモール独立革命戦線)のフランシスコ=ミランダ=ブランコ副党首は国会でとりあげ、現政権に就くAMP(進歩改革連盟)の議長でもあるシャナナCNRT党首は司法当局に圧力をかけたと批判すると、CNRT議員は、シャナナ氏は市民の一人として司法手続きに抗議する書簡を検事総長に出しただけで圧力にあたらない、CNRT党首はCNRT議員に司法手続きに従うよう指導する権限はない、CNRTは検事総長から党員に司法手続きに従うよう指導することを求める通知書を受け取る立場にない、と反論しました。またCNRT幹部は、シャナナ党首に通知書を送るとは検事総長は間違った道を歩いていると批判しました。

シメネス検事総長がシャナナCNRT党首に送ったとされる「通知書」が、はたして法的にどれだけ強い効力をもった文書なのか、それとも“たんなる”手紙なのか、報道だけでは計りかねますが、「通知書」の性質しだいではCNRTの言い分も少しは通るかもしれません。しかしそれにしても改めて明確になったのは、汚職に甘いCNRTの体質であり、汚職疑惑事件を起こした閣僚たちを正そうとせず逆に司法を批判するというシャナナCNRT党首の行動様式です。

シャナナ=グズマンCNRT党首がこれまで率いてきた政権は数々の汚職疑惑事件を起こしてきました。数名の閣僚経験者が有罪判決を受けています。政権を指導するシャナナ氏は政府閣僚が汚職の容疑で起訴されても、禁錮刑が確定しても、党員たちの襟を正そうとせず、司法当局に矛先を向けてきました。カルブアディ氏の件をみるとどうやらこれからもそうなりそうです。これではCNRT党員の閣僚就任を認めないルオロ大統領の主張に正当性が出てきます。

立法と行政で事実上の権力を握るシャナナCNRT党首でも司法にはてこずっています。部下を守るのは指導者の役目でしょうが、司法を非難する態度は国家の分権制度の否定につながり、国の不安定化につながる危険性があります。シャナナ=グズマンCNRT党首の司法への対決姿勢が、自ら推進する開発事業の足をすくうことも十分に考えられます。

~次号に続く~

 

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
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