青山森人の東チモールだより…四面楚歌のタウル首相

AMP 政権内のひび割れ

11 月 16 日(土)、現政権を担う AMP(進歩改革連盟)の第二回目の会議がリキサ地方のティバール で開かれました。6月に開かれた第一回目と同様に、肝心要の AMP 議長であるシャナナ=グズマン CNRT 党首は欠席しました。シャナナ氏はジョゼ=ラモス=オルタ氏(ノーベル平和賞受賞者、元首相、 元大統領、今は一般人)とともにカンボジアに渡航し、国際会議に出席したり、大学の名誉博士号を授
かったり、国際舞台での活躍で忙しかったようです。ルオロ大統領が内政問題の解決を優先すべきと、 AMP 政権から国会元首としての海外活動を封じ込まれているのとは対照的に、AMP 政権の大棟梁が内 政に大きく影響する政治会議を放っておいて国の顔として海外を飛び回っています。これは政治的袋小 路というより、政治的倒錯といえないでしょうか。

さて AMP 会議の目的は、2020 年度国家予算案の国会審議を前にして政権運営の自己評価をすること です。世論やジャーナリストそして野党から厳しい批判の声が押し寄せられることが予想される予算審 議に一丸となって立ち向かうために、AMP を構成する三政党が正式に集合して確認すべきことを確認 して結束を図ることは悪い相談ではありません。

ところが AMP 会議の報道から読みとれるのは、AMP 内部の対立ぶりでした。実はこの会議以前か ら CNRT による PLP(大衆解放党)党首であるタウル=マタン=ルアク首相への風当たりがきついもの がありました。CNRT は、タウル=マタン=ルアク首相率いる内閣の本年度予算の執行率の低さからして 2020 年度国家予算の総額 19 億ドルはその能力を超えて大きすぎる、減額すべきだ、さもないと CNRT は予算案にたいして反対票を投じると言い出したのです。このような政権内で造反が出るような発言は
表沙汰になるまえになんらかの妥協案でうやむやにされるものですが、これほど露骨に表に出るという ことは、シャナナ=グズマン CNRT 党首とタウル=マタン=ルアク PLP 党首の政権内の亀裂は相当に深 いのではないかと推察されます。AMP 会議でも CNRT はタウル=マタン=ルアク首相に予算額の減額を 要求した、とこの会合の司会を務めたフランシスコ=カルブアディ=ライ CNRT 書記長は会合後の記者 会見で発表しました。

そしてもちろんのこと、CNRT はいまだにルオロ大統領の承認拒否によって就任できない CNRT9名 の閣僚候補者の問題を解決するように要求したとも発表されました。なお、汚職問題に関わっていると して拒否される9名のなかにこのフランシスコ=カルブアディ=ライ本人も含まれています。カルブアデ ィ=ライは、この9名は無実だと主張しました。AMP 会議は政権運営の自己評価をして結束を図るため でなく、まるで最大与党 CNRT がタウル首相にたいする要求事項を確認する会合であったかのようで した。

カルブアディ=ライ氏は会合後の記者会見でまた、AMP 政権は開発要求に対応できるように内閣改造 をおこなうことを確認したとも発表しました。ところがタウル=マタン=ルアク首相は週が明けると内閣 改造は検証をしてからだと内閣改造に水を差す発言をしました。予算審議直前に内閣改造をするとは誰
もが期待していていないし、するのなら早くても予算審議にひと段落ついてからであると誰しもが思っ ていることでしょう。しかし、あえてこのような発言をするということは、カルブアディ=ライ氏の発 言や CNRT からの要求に不快感を示したかったからではないでしょうか。

問題は、タウル首相率いる内閣は東チモール憲政史上、最悪の酷評を得ているといっても過言ではな
いことです。予算執行率の数字の低さが内閣の能力を表わす指標としてよく取り上げられますが、とく に PLP 出身の公共事業省の大臣は、予算執行率の低さは能力のあるなしにかかわらず身内ばかりに公 共事業を割り振っているからだと槍玉に挙げられています。公共事業のこのような割り振り方では有卦
に入るのは身内のみ、特権的地位を望む「ベテラーノ」(元戦士)たちの団体(これはこれで社会問題 なのだが)は蚊帳の外、これでは政情不安を醸成することになり危険です。CNRT としてもこのような 情勢に気を揉んでいるに違いありません。

タウル内閣への酷評

ゲリラ時代からタウル=マタン=ルアク参謀長のためなら命を惜しまない解放闘争の奉仕者たち、タウ ル=マタン=ルアクの PLP 創設のために粉骨砕身の努力をした者たちは嘆いています。フレテリン(東 チモール独立革命戦線)率いる融通の利かないマリ=アルカテリでもない、大規模事業を邁進させるシ ャナナ=グズマンでもない、第三の道として民衆のより良い生活を第一に提示するタウル=マタン=ルア クに期待を寄せた人たちはガックリと肩を落としています。

タウル=マタン=ルアク首相・タウル内閣・政府にたいして、次のような罵詈雑言が躊躇なく浴びせら れています……「タウルは政治家としては優秀ではない」「無能」「これまでで一番愚かな政府」……な どなど。シャナナ=グズマンと人気を二分し、ある意味ではシャナナを超える好感を寄せられていたタ ウル=マタン=ルアクにたいしてこのような悪口が吐かれるとは、ちょっと前までは考えられないことで した。

政権内でシャナナ=グズマンと対立・対決する場面があっても、大衆からの支持があればタウル首相 は輝けたはずです。しかし世論からは政府を無能呼ばわりされるは、政権内では最大与党勢力から造反
するぞと公に脅されるはで、タウル首相はまさに四面楚歌、タウル内閣は危険な状態になってきました。

もし CNRT が本当にタウル首相に反旗を挙げれば、内閣が倒れることになります。したがって理論 的には 2020 年度国家予算案の国会審議は倒閣の含みがあるといえます。しかしいくらなんでも現実的 に考えれば、倒閣すれば AMP 政権も崩れることになり、CNRT の望むところではないと思われますが …。
 
予算審議、始まったが…

2020 年度国家予算案の審議は、11 月 25 日から開始される予定でした。ところがその 25 日、国会議 員で UDT(チモール民主同盟)の党首であるギルマン=エクスポスト=ドス=サントス氏が心臓発作で急 死したことから、審議開始は1週間の延期となり、12 月2日から始まることになりました。    UDT はポルトガル寄りの政党として 1974 年に創設され、1975 年 8 月、即時独立を目指すフレテリ ンを攻撃し、東チモールは内戦に陥り、これがインドネシアによる侵略の扉を開いてしまったといわれ ています。UDT はカラスカラオン一族による指導が創設当初から続いていましたが、政治家のカラス カラン兄弟が亡くなってからというものは、カラスカラオン家の影響力とともに UDT の影響力も衰え、 UDT は政治の表舞台から消えてしまいました。しかしギルマン=エクスポスト氏が UDT 党首となり、 去年の「前倒し選挙」に他の少数政党と連合を組んで臨んだところ、UDT は議席を獲得したのです。

ギルマン=エクスポストのもう一つの横顔は、シャナナ=グズマンの妹・アルマンディニャの夫、つ まりシャナナの義理の弟という側面です。ギルマンとアルマンディニャはインドネシア軍占領時代に一
緒になり、二人はインドネシアから東チモールの山へ銃弾を送ったといわれ、解放闘争に貢献したとい われています。

他方、ギルマン=エクスポストの息子・ニルトン=グズマンつまりシャナナ=グズマンの甥は国内の発 電所に燃料を供給する会社の経営者であるなど、シャナナ連立政権のもとで縁故主義的な利益をあげる 支配層の典型的存在がギルマン=エクスポストともいえるのです。

ともかく 11 月 25 日から一週間経過した 12 月2日、国会の予算審議が始まりました。初日、国会を 傍聴した知り合いのジャーナリストは、タウル首相はよく答えていない、感情的になっているとわたし
にいいました。四面楚歌の状態で冷静になれとは無理な注文でしょうが、タウル首相が大統領だったと
きに盛んに主張していたように、教育・農業・衛生・水など、庶民生活の向上への繋がる国家予算配分 に少しでも近づけてほしいと願います。

12月2日から始まる予算審議は予断を許さない。 東チモール国会、2019 年 12 月2日。 ⒸAoyama Morito.

12 月2日から始まる予算審議は国会ラジオで中継されることを伝える幕。審議は「12月2日から終わ るまで」とある。初め「11 月25 日から」とあったが延期をうけて書き直された。 国会入り口、2019 年 12 月2日。 ⒸAoyama Morito.

……と以上のようなことを書いているうちに、12 月3日タウル首相は国家予算案を修正して 12 月 13 日に再提出すると発表しました。そのため審議は一旦中止となりました。

 

青山森人の東チモールだより  第405号(2019年12月4日)より

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
〔opinion9242:191207〕