青山森人の東チモールだより…多数野党連合が少数連立政権に立ちはだかる

青山森人の東チモールだより  第357号(2017年10月22日)

多数野党連合が少数連立政権に立ちはだかる

政権樹立のための条件が曖昧

2017年9月14日、ル=オロ大統領がフレテリン(東チモール独立革命戦線)のマリ=アルカテリ書記長を首相に任命すると公式声明を発し、9月15日、首相の組閣による第7次立憲政府が発足しました。この時点で12名の閣僚だけがとりあえず就任しただけで(「東チモールだより第356号」参照)、組閣は完了していません。

この新政権はフレテリン(23議席)と民主党(7議席)が組む連立政権となり、定員65議席(一院制)のうちの30議席という過半数に達しない少数政権です。過半数に達することができなくてもマリ=アルカテリ書記長が首相になれたのは、日本のように国会内で投票をして多数決によって首相が決まるという手順を踏まなくても、東チモールでは大統領の任命があればよいからです。

しかし2007年と同様に(正確には反対の意味で)、憲法問題が浮上してきました。ちょっとここで2007年の政権発足を振り返ります。選挙の結果は、フレテリンが21議席を獲得して第一党となり、CNRT(東チモール再建国民会議)が18議席、ASDT(チモール社会民主協会)とPSD(社会民主党)の連合勢力が11議席、民主党が8議席、そしてその他の政党が残りの議席を獲ったというものでした。これら上位4勢力のうちフレテリンを除く3勢力が連立を組んだために、これだけで18+11+8=37議席となり過半数に達し、CNRT率いるシャナナ=グズマン党首がラモス=オルタ大統領によって首相に任命され、第一党フレテリンは下野を余儀なくされ、シャナナ連立政権の発足となりました。このとき日本のように国会内での投票によって政党勢力が指名する各首相候補が多数票を得たかどうかという手続きはせずに、大統領が選挙で議席を確保した政党の話を聴いて多数派となるシャナナCNRT党首を首相に任命したのです。これが東チモールの首相の決まり方です。

2007年の場合、フレテリンは第一党である政党が政権をとれないのは憲法違反であるとして、2007年から5年もの間、シャナナ連立政権を認めず、「シャナナ首相」とは呼ばずに「シャナナ“事実上の首相”」と呼びつづけたのでした。2012年の選挙ではCNRTは30議席獲得して第一党となり、CNRT中心の連立政権がつくられたときは、フレテリンは潔くシャナナ連立政権を認めました。

そして2017年のこのたびの選挙結果ですが、フレテリンは第一党に返り咲いたものの単独過半数に及ばず、第二党CNRTに連立の誘いをしたものの断られたために2007年のデジャブを相当に警戒したはずです。マリ=アルカテリ書記長のCNRTにたいする一貫した低姿勢がそれを物語っています(シャナナCNRT党首がその気になりさえすれば2007年のように第二党以下が組む連立政権をつくることは可能だったはずです。シャナナ党首は何故そうしなかったのか、そうできなかったのか……論ずるに値する話題ですが、ひとまずここではそれに触れないでおくとします)。

第一党のフレテリンはCNRT以外の政党と連立を模索した挙句の末、民主党だけと組むかたちで過半数に達しない連立政権を発足することとなりました。そして2007年とは反対に、フレテリンが過半数に達しないかたちで政権をとったことから今度はフレテリン連立政権が憲法違反であると批判をうけることになったのです。

2007年と今回の2017年の政権樹立にたいする憲法違反という批判を整理するとこうなります――2007年の場合、過半数に達しているが第一党が含まれていない政権は違憲だ。2017年の場合、第一党が含まれるが過半数に達していない政権は違憲だ――。

この批判には首相任命と政府成立を定める憲法第85条と第106条が絡んでいます。大統領の権限を定める憲法第85条の第d項が首相任命にかんしてこう記述されています。

【憲法第85条 第d項】政党または国会多数である政党連立勢力によって指名された首相を、国会内の緒政党の話を聴き、任命し就任させる。

この条文で曖昧なのは「国会多数である」のかかり方です。つまり「政党または国会多数となる諸政党連立勢力によって指名された首相」とも「国会多数となる政党または国会多数となる政党連立勢力によって指名された首相を、…」とも解釈できます。

また首相の任命について定める憲法第106条にはこうあります。

【憲法第106条 第1項】最も獲得票の多い政党または国会多数である政党連立勢力によって指名された首相が、大統領によって、国会内の緒政党の話を聴き、任命される。

【憲法第106条 第2項】政府閣僚の人員は大統領によって、首相の提案のもと、任命される。

憲法第106条では、大統領によって任命された首相が組閣をして、その首相による「提案」を大統領がうけるかたちで閣僚たちを任命させて、そして新政権が成立するという手順を示しています。憲法第106条の第2項には曖昧さがないと思います。問題は首相の決まり方を定める文面です。憲法第85条第d項ではたんに「政党」となっているところが、憲法第106条第1項では「最も獲得票の多い政党」となっているだけで、二つの文章ほぼ同じ文面となっています。つまりここでも憲法第85条第d項と同様に、「国会多数である」が「最も獲得票の多い政党」と「政党連立勢力」の両方にかかるのか、「政党連立勢力」だけにかかるのか、どちらの解釈も可能で、どちらの解釈を選択するかによって、合憲か違憲かに意見が分かれてしまいます。

このように改めて整理すると、2007年のフレテリンによるシャナナ連立政権にたいして違憲であるとの批判は成立しないと思われます。憲法第85条と第106条のいう「(最も獲得票の多い)政党または」の次にくる「国会多数である政党連立勢力」によって指名された首相を大統領が任命しているので、しっかり憲法に則しているからです。

2007年、フレテリンがもし真剣にシャナナ連立政権が憲法違反だと主張するならば裁判に訴えればよかったのですが、それをせず「シャナナ“事実上の首相”」とシャナナ首相を執拗に呼びつづけた行為に留めたのは、第一党フレテリンが2006年の「東チモール危機」によって政権に就けなかった恨みがあっただけのことではないでしょうか。しかし今年の場合、第一党が国会過半数に満たないが政権をつくったことから、上記で示したように「国会多数である」という句が「最も獲得票の多い政党」にもかかっていると解釈すれば違憲と主張することが可能となります。

今回の新政権成立批判にたいしてフレテリンのアニセト=グテレス国会議長は、もし違憲というなら誰にでも裁判に訴えることができる、と主張しています。まさに然り。違憲と主張する法律家・知識人らは、ここはひとつ曖昧な憲法解釈をスッキリさせるために裁判を起こしてみるのがいいのではないでしょうか。絶対多数の議席数を獲得する政党がない事態は今後とも発生することが考えられることからして、そのときにまたもめないように司法の判断を仰ぐことが必要でしょう。

二回目の就任式でも未完

12名だけの未完の組閣ながらも第7次立憲政府が発足した後、組閣の作業が続けられました。10月3日、20人の閣僚就任式がおこなわれました。その顔ぶれは以下のとおりです。

・マリアノ=アサナミ=サビノ、国政担当相と鉱山資源相

・アジオ=ペレイラ、国境画定担当首相代理

・ジョゼ=マリア=ドス=レイス、行政管理担当首相代理

・フェルナンド=ハンジャン、教育・文化相

・エルナニ=フロメナ=コエリョ=ダ=シルバ、石油相

・マリアノ=レナト=モンテイロ=ダ=クルス、公共事業発展副相

・アルバン=ガブリエル=サントス=オリベイラ、住居計画環境発展副相

・オナシオ=フレイタス・モレイラ、交通・通信発展副相

・ジョゼ=アヌノ、行政副相

・ジョゼ=アントニオ=デ=ジェスス=ダス=ネベス、教育・文化副相

・ルイス=マリア=リベイロ=フレイタス=ロバト、保健副相

・セバスチャン=ディアス=シメネス、法務副相

・ジャシント=グズマン、通産副相

・デオリンド=シルバ、農水副相

・ラウラ=メネゼス=ロペス、男女平等社会参画担当長官

・シプリアノ=エステベス=ドウテル=フェレイラ、農水長官

・マティアス=フレイタス=ボアビダ、内閣評議会・メディア担当長官

・オゾリオ=フロリンド=ダ=コンセイサン=コスタ、スポーツ及び最高水準スポーツ促進担当長官

・ニビオ=レイテ=マガリャンエス、青年労働担当長官

・アンドレ=ダ=コスタ=ベロ、退役軍人担当長官

ここでフレテリン以外の入閣者に注目しますと、連立与党に参加した民主党のマリアノ=アサナミ=サビノ党首が、国政担当相と鉱山資源相に就任しています。野党からはシャナナCNRT党首の懐刀といえる人物・アジオ=ペレイラ前内閣官房長官が国境画定担当首相代理に就任しました。前政権でオーストラリアを相手にチモール海の領域画定にむけた裁判・交渉をしてきたアジオ=ペレイラ氏の経験をフレテリンが活かしたいと思うのは不思議なことではありません。また、アジオ=ペレイラ氏を政府に巻き込むことで、シャナナCNRT党首も特例形式で政府に協力してもらう回路をつくろうという意図がマリ=アルカテリ首相にあると思われます。ただ野党という立場を明確にするCNRTは、政府に入るアジオ=ペレイラ氏を党として支援はしないと声明を出しています。

そして野党PLP(大衆解放党)からはアンドレ=ダ=コスタ=ベロ(通称L4)が退役軍人担当の長官に就任しました。元解放闘争の戦士たちの抱える問題を担当する困難で重要な地位を、ゲリラ参謀長(タウル=マタン=ルアク前大統領)が党首であるPLPからフレテリンは採用しました。独立して15年たっても苦しい生活に悩む元戦士たちの不平不満が鬱積していて社会の不安要素になっているこの微妙な問題は、政党間の違いを乗り越えて解決しなければならない問題です。新政権が元戦士たちの問題にどのように扱い取り組むか、大きな注目点です。

三回目の就任式で完了

10月3日の二回目の就任式の時点でも、法務大臣と観光大臣という二つの大臣が空席のままで、組閣は完了していません。10月17日、三回目の閣僚就任式が行われ、5人の閣僚が以下のように決まりました。

・マリア=アンジェラ=グテレス=ビエガス=カラスカラン、法務相

・マヌエル=フロレンシオ=ダ=カノサ=ボン、観光相

・サラ=ロボ=ブリタス、計画財務副相

・ルイ=メネゼス=ダ=コスタ、観光副相

・アダルジザ=アルベルティナ=シャビエル=レイス=マグノ、外務協力副相

アンジェラ=カラスカラン氏は東チモール国立大学から、マヌエル=ボン氏はデリ(Dili、ディリ)・テクノロジー学校から、それぞれ教育機関からの抜擢で、サラ=ロボ=ブリタス氏は中央銀行・副調整役からの採用です。ルイ=メネゼス=ダ=コスタ氏は民主党から入閣となります。また、アダリジア=マグノ外務協力副相は在シンガポールの東チモール大使でもあります。政府はこれをもって全閣僚の就任が完了したと発表しました。第一回目から三回目の就任式で入閣した政府要員は全員で37名となります。

早くも暗雲たちこめる

7月22日に投票、8月1日に正式な選挙結果が出て、8月21日の国会議員の宣誓就任式直後に新政権発足という政治日程を思えば、10月17日にようやく全閣僚の就任が完了したというのは、時間がかかり過ぎです。いかに少数連立政権の弊害が顕れているかをうかがい知ることができるというものです。

65議席のうち35議席を占める野党3党は「国会野党連合」なるものを結成し、ル=オロ大統領に書簡を送り、新政権が立ち行かなくなった場合、第8次立憲政府を選択肢として考慮するように求めた、と二回目の閣僚就任式後に報じられました。最初は野党として政治安定に貢献していくという穏やかな姿勢を示していた諸野党ですが、早くも攻勢に転じたようです。

マリ=アルカテリ首相率いる少数連立政権ははたして国会で諸法案を通すことができるでしょうか。雲ゆきが早くも怪しくなってきました。まず手始めに国会に提出された政府政策計画は野党に批判にさらされ、政府は窮地に陥っています。そしてもし来年度の予算案が国会を通過しないとなると、政府は身動きがとれなくなり、東チモール民主共和国史上初の内閣解散という事態が発生することは十分に考えられます。いま前倒し選挙(というより「やり直し選挙」といった方が適切だと思うが)について可能性や合憲性が話題となっています。政情不安の様相を帯びてきました。新政権はもつでしょうか…?

 

青山森人  e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/

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