青山森人の東チモールだより…大統領よ、責任感を抱け!

祝!FALINTIL創設47周年記念

2022年8月20日、FALINTIL(東チモール民族解放軍、ファリンテル)の創設(1975年8月20日)47周年を迎えました。

現在の東チモール民主共和国の国軍はF-FDTLという名称になっています。最初の「F」はFALINTILの「F」です。つまりF-FDTLの頭文字をほごして全部表記すれば、Forças Armadas para a Libertação Nacional de Timor-Lestste – Forças de Defesa de Timor-Leste(東チモール民族解放軍―東チモール防衛軍)と二つの軍事組織名称がそのままくっついた長い名称になります。当地ではF-FDTLをそのままアルファベット読みをしています(ここでは意訳して国防軍と表記する)。

FALINTILがF-FDTLに改組されたのは国連暫定統治下にあった2001年2月1日のことでした(この経緯は拙著『東チモール 未完の肖像』[社会評論社、2010年]を参照)。ということはF-FDTLもすでに21年の年輪を重ねたことになり、FALINTILの年輪に接近してきたことになります。改めて年月の流れを感じてしまいます。

2022年8月20日の午後、政府庁舎前でFALINTIL創設47周年記念式典が催されました。最近の国家式典は様式が画一化され形骸化されている観があるので会場に足を運ぶ一般人はめっきり減ってしまいました。わたしもその一人です。テレビやyou tubeで中継を見ることができるので、わざわざ会場に行かなくてもいいではないかとどうしても思ってしまうのです。さらにテレビやyou tubeで式典の中継を見ていても、大統領やお偉いさんたちによる国防軍幹部らの昇進式と勲章授与の様子は間延びしてしまい、式典の中継を見なくてもいいや、と思うようになってきました。勲章をもらう人たちが並んでいるところに大統領やお偉いさんたちが歩み寄り一人一人に勲章を授ける様子は、会場に足を運んだ一般庶民には目が届かない光景となってしまいます。人物の名前が呼ばれ、その人物が壇上にあがり、壇上で昇進を告げられたり勲章を授けられるという形式にすればみんなが見ることができるので少しは退屈感が減じられるのではないでしょうか。いずれにしても最近の国家式典は一般庶民を脇に置いたお偉いさんたちによる内輪の祝賀パーティになっているような気がします。それが国家式典の会場から一般庶民を遠ざける一番の要因となっているのかもしれません。

そして本式典の主催といえる大統領の演説が一番の注目どころなのですが、ジョゼラ=モスオ=オルタ大統領の演説内容が、軍隊は間違いをすれば国民は怖がる、国防軍は国民と国家に仕えるように求めるという陳腐なもので、東チモールがおかれている現状下で国防軍は如何なる役割を果たすべきかなどという民衆が聴きたい内容がありませんでした。それどころか「ノーベル平和賞」のメダルをFALINTILに譲渡し、それがいまF-FDTLに引き継がれてる、このような国は東チモールしかない、という国連統治下でおこなった演説と重なる古い内容をもってきました。ラモス=オルタ大統領は演説ネタに困ったのかな、と思ってしまいます。そして大統領の就任式典と同じようにひな壇に座る来賓客を退屈させないようにテトゥン語だけではなく複数の言語を織り交ぜて要約(要訳)し、会場にいる子どもたちに声を掛けて、「子どもたち、前に来なさい。お客さんたちに紹介するから。子どもたちだけだ」と、実際に前に進んできた子どもたちと来賓客の交流場面をつくり、博愛主義ぶりを披露するというおなじみの演出をしました。正直いってわたしはわざわざ行かなくてよかったと感想を抱きました。

なおわたしはこの式典の模様をyou tubeで見ていたのですが、気になったのはタウル=マタン=ルアク首相がエスコートしたのは「5月20日」の式典と同じように、妻であるイザベルさんではなく、次女のタマリサさんでした。イザベルさんは4月、大統領選挙の決選投票が行われる前に海外に出て以来、まだ帰国していないようです(イザベルさんの事情について公式発表がない)。長女のローラさんは去年ポルトガルの大学に留学したので、一番大きな娘である次女を伴ってタウル=マタン=ルアク首相は国家式典のひな壇に座っています。首相は家庭で少し寂しい想いをしているかもしれません。それにしてもタマリサさんの大きくなったこと。玉のように可愛いタマリサさんでしたが、いまや父親の隣りにいると、父親をしょぼくれた存在にするほどに圧倒する若さを放つようになりました。このこともまた年月の流れを感じさせます。

論争を呼ぶ勲章授与

さて残念なことに、今年のFALINTIL創設記念は勲章授与が論争を呼んで影を落とす結果となってしまいました。もちろん国家式典での勲章授与の儀式が間延びするとか、一般観衆から見えないではないかという論争ではありません。勲章が与えられた人物が問題なのです。

このたび勲章が授与されたのは4名、すべて外国人でした。インドネシア国軍のアンディカ=ペルカサ司令官、オーストラリア軍のアンガス=キャンベル司令官、ポルトガル軍からはアルミランテ=アントニオ=シルバ=リベイロ司令官という、かつて東チモールを支配した国の国軍司令官たちです(日本を除く)。以上の3名に加えもう一人、インドネシア国軍の退役将軍に勲章が授与されました。ヘンドロプリヨノという名前のこの人物への勲章授与が問題となったのです。ヘンドロプリヨノはインドネシア国軍の元特殊部隊の諜報活動で暗躍していた人物で、人権弾圧に関与したといわれる人物です。

ANTI(国際裁判への国民連合)という東チモールの市民団体は、上記の現役軍人3名への勲章授与は紛争を避けるために近隣諸国などと良好な関係を保つための公平な政治的行為として問題視しませんでしたが、ヘンドロプリヨノにたいする勲章授与は嘆かわしい、とラモス=オルタ大統領がこの人物に勲章を与えたことを問題視しました。ANTI(国際裁判への国民連合)の代表は、この国の政治の現実として人権侵害活動をした者にたいする正義の裁きに目をつぶり、犠牲者への補償をするでもなし、戦争にかかわった退役軍人たちだけに気を配る傾向にあり、その一方で東チモールとインドネシアにおける犠牲者のことを考えていない、と会見で怒りを表明しました(『インデペンデンテ』、2022年8月25日)。

大統領の態度に疑問

上記のような市民団体からの声にたいしてラモス=オルタ大統領のとった態度が、わたしとしては疑問視したくなります。ラモス=オルタ大統領は、勲章授与にかんして国防軍から提案されたことであるからファルル=ラテ=ラエク参謀長でにきいてくれ、といったのです。

『ディアリオ』(2022年月8月25日)より。

「オルタ大統領:将軍たちと退役将軍への勲章授与はファルルからの提案」(見出し)

 

勲章の授与について大統領は――国防軍に協力した。したがってヘンドロプリヨノとその他の人にたいする勲章授与の経緯と明確な理由について国防軍の参謀長(ファルル=ラテ=ラエク)に訊ねるのがよい。これは参謀長による決断または推薦なのだから――と述べる。

いくら何でもこれはないと思います。提案されたことにたいして了承し実行したのは大統領です。東チモール民主共和国の国防軍の最高指揮官は大統領なのです。それなのに批判を受けるとその矛先を提案した部門に向けようとするとは……大丈夫でしょうか、ラモス=オルタ大統領は。先述の市民団体もラモス=オルタ大統領は国家機関の指導者として責任があると主張します。

国防軍の説明

そうとはいえ、ラモス=オルタ大統領にそういわれては国防軍としては説明しないわけにはいきません。8月26日、国防軍の副参謀長であるコリアテ陸軍少将が大統領府を訪れ、大統領と会談後に記者会見を開き――領土・領海の問題が生じないようにインドネシアの協力が必要であることは疑問の余地はない、良き将来を後世に残すための政治的な戦略としてヘンドロプリヨノに勲章を与えた――という主旨の説明をしました。

この説明では3人の司令官たちにたいする勲章授与の理由を述べたに過ぎず、ヘンドロプリヨノに勲章を授与する説明になってはいません。インドネシアがヘンドロプリヨノの〝勲功〟を表彰して勲章を授けたいというのなら、それはインドネシア国内の問題ですが、わざわざ東チモールがこの人物に勲章を授与するという発想がどこから出てきたのか理解に苦しむ人を納得させる説明になっていません。

コリアテ陸軍少将の記者会見は8月26日のRTTL(国営・東チモールラジオテレビ局)の夜のニュースで放映されました。同日、それより前の夕方のRTTLラジオニュースではコリアテ陸軍少将のこの記者会見のあとに流れた市民団体「国際裁判への国民連合」の次の発言が、どういうわけかテレビでは流れませんでした。それは、ヘンドロプリヨノへの勲章授与は「ニコラウ=ロバト、デビッド=アレックスなどの英雄、死んでいった者たち、そして国民への裏切りだ」という激しい怒りの声でした。

わたしはまた、コリアテ陸軍少将による勲章授与に政治的な戦略があるという発言から、政治的な戦略を国防軍が決めている印象を受け、それでよいのか?という疑問を抱きました。外交戦略として高度な政治判断をするのは国防軍ではないはずです。国防軍の意志は治安防衛省・政府で練られ、そして国防軍の最高指揮官のいる大統領府で検討されるのがあるべき手順だと思うのですが……。

いずれにしても本来ならばラモス=オルタ大統領が勲章授与の経緯や理由を国民に説明しなければならないはずなのに、批判がでるやいなや、ファルル=ラテ=ラエク参謀長にきいてくれ、と早々に責任というボールを国防軍に投げたことは、国家上層部の組織構造が揺らいでいるのではないと不安に感じさせます。

大統領府、職探しの人でいっぱい

国家上層部としてのラモス=オルタ大統領にかんして不安を感じさせる事案は、実は以前から発生していました。ラモス=オルタが大統領に就任してほどなくして、大統領府に勤務する知り合いや大統領府の内部事情を知る人から、「大統領府は今、職に就こうとする人たちでごった返している」「一つの部屋に大勢の人が詰めている」「何人かはすでに採用された。ほとんどはCNRT(東チモール再建国民会議)の党員だ。若干の民主党員もいる」、などとという話がわたしの耳に入ってきたのです。どうやらラモス=オルタは、選挙戦で自分の支持者にたいして大統領に就任したら大統領府職員として採用するという期待を抱かせたようです。

『インデペンデンテ』(2022年8月19日)は「元選挙チームが大統領府に〝群がる〟」「選挙前の約束があったか」という見出しで、ラモス=オルタの大統領選挙チームの人員だった大勢の人が職を求めて毎日大統領府に群がっているという記事を載せました。この記事よれば、大統領府には常勤職員以外に大統領の任期中に限定される大統領支持勢力からの大統領府職員が配置され、それはタウル=マタン=ルアク大統領のときは30名余り、ルオロ大統領のときは100名余りいたといい、そして今回のラモス=オルタ大統領のもとでは200名余りが名簿に名を連ねているというのです。

『インデペンデンテ』(2022年8月25日)はさらに、ラモス=オルタの選挙チームの人員が毎日大統領府にやって来て、部屋や廊下を占拠して床にも座り込んでいると続報しました。そしてラモス=オルタ大統領は、大統領府の職に就いた一部CNRT党員について承知しているが、元選挙チームの大半については知らない、この件にかんしてはCNRTのシャナナ=グズマンとトーマス=カブラル(CNRTの幹部)に訊ねてほしいと述べたのです。

『インデペンデンテ』(2022年8月25日)より。

「オルタ大統領、大統領府に入っている元選挙チームの大半については知らない」(見出し)。

この件について大統領は荷の重い決断をすることだろう、と関係者からの情報としてこの記事は伝えている。

 

またしても、誰それにきいてくれ、です。大統領府の主である大統領が、大統領府の問題にたいして自分以外の人間に聞いてくれというのは、勲章授与にかんして国防軍司令官にきいてくれという態度と同様に、あってはならない他人事感覚です。

CNRTのシャナナ=グズマン党首の力で再び大統領になったラモス=オルタですが、なにもかもシャナナ任せであるがゆえに責任感のない大統領になってしまったのでしょうか。そうではないことを願う次第です。

 

青山森人の東チモールだより  470号(20220828日)より

e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
opinion12336220830