青山森人の東チモールだより…岐路に立つ東チモール

岐路に立つ東チモール

悲しみにくれる子どもたち

11月29日、わたしが東チモールでお世話になっているホスト・ファミリーの一員が亡くなってしまいました。腹部の調子が悪く国立病院に入院してから4日目に帰らぬ人となってしまいました。かれ・ジュリオ君(享年45歳)はインドネシア軍占領時代に血のつながりのないこの家族の一員となり(こうしたことは東チモールでは珍しくない)、以来この家族の一員として生きてきた人物です。わたしもかれとは20年以上の付き合いがあっただけに大きな喪失感にひたっています。

かれは技術分野での才能に富み、家の建築・修繕(東チモールでは自分の家は自分の家族が建てるのが主流)、バイク・自動車の修理…等々の分野でこの家族を支えてきました。わたしもここに滞在するとき、窓が壊れた、電気がつかない、水が出ない……というときの頼りとなる人物だっただけに、かれを失ったいまどうしようかと思い悩んでいるところです。

ジュリオ君は独身をとおしたので自分の子どもはいませんでしたが、ここの子どもたち全員は大なり小なりかれの手にかかって育てられたといってよく、子どもたちはジュリオ君の死にたいへんなショックをうけ、悲しみにくれています。子どもたちは毎晩毎晩ジュリオ君の慰霊の前に集まり、悲しみを振り払うように大きな声でお祈りをしています。この光景をもしジュリオ君が見たら、自分はなんと幸せ者なのだろうと感激することでしょう。

この家族は、庭に陽除けの幕を張り、毎日毎日、ジュリオ君を偲んで幕内に集まっています。東チモールの風習ではこれを40日間続けます。クリスマス・年末年始をまたいで、この家族は喪に服す態勢をとり、ジュリオ君の霊をなぐさめているところです。

ジュリオ君の死を悼み、喪に服している家族。

2018年12月20日、ベコラにて。ⒸAoyama Morito

11月~12月の重大ニュース

さて、11月~12月にかけて大きなニュースが続きました。すでにこの「東チモールだより」で取り上げた話題も含めて重大な出来事を時系列で10月からざっと見てみましょう。

2018年10月19日、国会、国会議員の公用車購入資金として266万5000ドルの予算計上を可決。学生運動団体、庶民の貧しい生活をなおざりにする身勝手な判断に血を流しても反対すると表明する。

2018年11月

5日:国会、フランシスコ=グテレス=ル=オロ大統領(以下、ルオロ大統領)のバチカン訪問を認めない決議を採択。

8日:政府、2019年度一般予算案(総額18億2700万ドル)を国会に提出。

14日:アラン=ノエ国会議長、ルオロ大統領のバチカン訪問について国会で再審議したいという申し入れにたいし、大統領が拒む。また、この日、国会は「石油基金」活動法の改正案を可決。この改正案によって「石油基金」からの引き出し金額の上限規制と監査が緩和されることから危険だとして市民団体は猛反発。

18日:クルフン地区で非番の警官二名が一般家庭の集まりの場で酔っ払いピストルを発砲し、若者3名が死亡、5名が負傷。以降、警察への襲撃事件が続く。

「武器は人々を救うため、殺すためではない。クルフンのために祈る」。

2018年12月19日、首都、街角の芸術的な壁の落書き。ⒸAoyama Morito

19日:国会議員の公用車購入に反対する学生の抗議活動は、警察の暴力事件にも矛先を向ける。

21日:シャナナ=グズマン氏を代表とする東チモール交渉団、ロイヤル・ダッチ・シェル社が「グレーターサンライズ」で保有する26.56%の権益を3億ドルで購入することで同社と合意。

28日:「独立宣言の日」。タウル=マタン=ルアク首相、内閣改造の可能性に言及するが、CNRT(東チモール再建国民会議、最大与党)との根回しが不十分だったのか、この内閣改造案、しだいに立ち切れになり、閣僚9名が就任できない政治的袋小路が依然として継続。

2018年12月:2019年度一般予算案について本格的な国会審議が始まる。

11日:ルオロ大統領、「石油基金」活動法の改正案にたいし拒否権を行使すると声明を発表。大統領と政府の対立が深みにはまっていく。

14日、シャナナ、テレビのインタビュー番組に出演し、「石油基金」活動法の改正案について理解していないと大統領の拒否権行使を強く批判。

18日:学生運動団体、ルオロ大統領と会見し、国民生活の実情に合わない2019年度予算にたいし拒否権を行使するように求める。

東チモール、シェルの権益も購入

以上、重大ニュースをざっと挙げましたが、大きく二つの要素があります。一つは、「グレーターサンライズ」田の開発にかんすること。もう一つは大統領と政府の対立、つまりこれはルオロとシャナナの“遺恨試合”です。

まずは「グレーターサンライズ」田の開発にかんすること、つまり「タシマネ計画」(南部沿岸地域の巨大開発事業)ですが、シャナナ率いる東チモール交渉団は、9月28日、コノコフィリップス社の保有する「グレーターサンライズ」の権益30%を3億5000万ドルで購入することで合意したのに続き(*)、11月21日、ロイヤル・ダッチ・シェル社の26.56%を3億ドルで購入することで合意したのです。これで東チモールは、「グレーターサンライズ」田の権益56.56%を手にすることになったわけです。残りの共同開発社は、10%の権益を保有する大阪ガスと、主要開発業者として33.44%を保有するオーストラリアのウッドサイド社となりました。なお、ウッドサイド社と大阪ガスにはコノコフィリップス社とシェル社の権益が東チモールに売却されるまえにこれを買うことのできる先買い権を有していますが、シャナナ交渉団長はその権利は使われないと自信をもっています。

(*)わたしは「東チモールだより第381号」で、「東チモールが『コノコフィリップス』社の有する『グレーターサンライズ』田における利益配分(30%)の30%を買うということは、わたしの解釈で間違いなければ、30%の30%ですから、東チモールは『グレーターサンライズ』田から共同開発企業側として30%×30%=9%の利益配分を得ることになったわけです」と書いたが、この解釈は完全に間違っていた。東チモールが購入に合意したのは「30%の30%」ではなく、「30%」である。お詫びして訂正させていただく。

東チモールが「グレーターサンライズ」田の権益の半分以上を得ても、開発にかんして先行き不透明であることに変わりはありません。ウッドサイド社がパイプラインを東チモールに譲ったとして、パイプライン敷設費用の拠出を渋ることでしょうし、リスクの高い「タシマネ計画」とは距離を置くかたちで開発に参加することでしょう。そのとき「タシマネ計画」と関わってくるのが中国であろうという予想はもはや誰でもするところでしょう。問題は、商業的に危険性の高い巨額の出費の見返りに中国が何を求めるかです。チモール島の地政学的な特質を察すれば軍事基地の建設も十分考えられます。これをオーストラリアが(同盟国である日米も)手をこまねいて見るでしょうか。

大統領、「石油基金」活動法改正案に拒否権を行使

「グレーターサンライズ」田の開発と中国進出の可能性が東チモールにとって外交分野での主な項目とすれば、内政を占めるのは大統領と政府の対立が引き起こす終わりの見えない政治的袋小路です。ルオロ大統領が政府によって外交活動を封じられている一方で、シャナナ=グズマン交渉団長は絶大な権力者として海外を飛び回っています。チモール海交渉団長という地位は閣僚ではなく大統領の宣誓儀式を経ていないし、その活動について国会審議に諮られることもない、いわば曖昧模糊とした超法規的な存在といえ、東チモールの二重権力構造といえます。

そしていまシャナナ交渉団長は「グレーターサンライズ」田の共同開発企業の保有する権益を容易に買えるために「石油基金」からの引き出し規制を緩めることを求め、政府は「石油基金」活動法改正案を国会で成立させました。シャナナ交渉団長は、国の唯一の財源から巨額の資金を自由に引き出す権力も握ることになり、シャナナ交渉団長の権力は肥大化の様相を帯びてきました。

市民団体は、「石油基金」活動法改正案は引き出し上限額と会計監査の手続きを緩和させかねない危険な法案だとして猛反対し、ルオロ大統領に拒否権を行使するよう申し入れました。そして12月11日、大統領は同改正案にたいして拒否権を行使すると発表しました。おそらく市民団体の申し入れがあってもなくても、政府による自分にたいする仕打ちの報復として、あるいはまたシャナナ交渉団長の権力肥大化を防ぐため、拒否権を行使したことでしょう。

2019年度予算案にたいしても拒否権行使か

12月に入って、国会では2019年度一般予算の本格審議がはじまりました。「国会ラジオ」という番組に耳を傾ければその日の予算審議の初めから終わりまでを聴くことができます。毎日、分野ごとの予算配分について審議され野党は批判の声をあげています。おやおや、ソモツォ前防衛大臣も国会議員としてかつての解放軍の同志・タウル=マタン=ルアク首相や政府に噛み付いています。8月にソモツォ前防衛大臣と会ったとき、大臣職で疲れたので休みたいと国会議員の地位を他の人に譲り、一般市民の身分でした。しかし新議員の就任から5ヶ月以内(4ヶ月以内か?)であれば復帰できるという仕組みになっており(数ヶ月休めるとはのんびりしていてほほえましい)、ソモツォさんは野党フレテリン(東チモール独立革命戦線)の国会議員に復職したのでした。

12月20日、野党から興味深い質問がタウル=マタン=ルアク首相に出されました――もしシャナナ=グズマン氏が違法な行為をしたら首相はシャナナ氏を裁判にかける勇気がありますか――という内容の質問です。シャナナ交渉団長の活動が正規の手続きを経ていないのではないかという思いは誰しもが抱いていることでしょうが、独立の英雄の名においてこれまでは深く追及されませんでした。野党は、憲法・法律を重視する性格の持ち主であるタウル=マタン=ルアク首相にこのことを問うて政権に揺さぶりをかける戦略に打って出たと思われます。なお、この質問にたいしアラン=ノエ国会議長は、いまは2019年度予算を審議するときです、予算審議に集中するようにと遮りました。

数の力で政府予算案は国会を通過することでしょう。問題はその後です。12月18日、国会議員への公用車購入に反対する学生運動団体はルオロ大統領と会見し、国民生活の実情に合わない2019年度予算にたいし拒否権を行使するよう申し入れました。大統領と政府の対立の流れからすれば、大統領が予算案に拒否権を行使するのが自然です。拒否権行使を求める市民の声は大統領を後押しすることでしょう。

ルオロとシャナナの対立は解放闘争時代に遡る根が深い問題で、簡単に解決できないもののこれまで両者は紳士的・外交的に問題の表面化を回避してきました。しかし残念ながらいまこうして表面化してしまいました。今後の国内情勢に予断は禁物です。ルオロとシャナナ以外の指導者たちは二人の対立をなんとか穏便に収めようと水面下で模索しているはずです。

批判に耳を傾ける寛大さを取り戻せ

以上のように東チモール情勢を眺めると、東チモールは二つの分岐点に立たされているといえます。国際情勢としては「タシマネ計画」の実現の見返りとして中国の進出を受け容れるのか否かという分岐点と、国内情勢としてシャナナ=グズマンの曖昧で超法規的な権力の肥大化を他の指導者たちは許すのか否かという分岐点です。

「グレーターサンライズ」の共同開発企業の権益購入にかんしても、「タシマネ計画」にかんしても、基礎データに基づく科学的検証も不十分です。シャナナ交渉団長のなすがままにここまできました。このままの状態でシャナナ交渉団長の“手柄”に他の指導者たちは(とくにタウル=マタン=ルアク首相は)賛辞を送りつづけるのでしょうか。これからもこの調子でいくのでしょうか。気がついたら「タシマネ計画」のおかげで経済が破綻して中国資本がこの国を支配し、南部沿岸地域の住民が汚染に苦しむということにならないように、指導者たちは批判に耳を傾け沈着冷静な国造りの道を歩むことを強く望みます。

国会議員に公用車を新たに購入する国会決定に抗議の声をあげ続ける学生たち。抗議活動は国会から100メール以上離れなければならいないことから、ここは抵抗博物館の前となっている。抵抗博物館のハマール館長は、学生たちは感情にまかせてしゃべるのではなく、もっとよく主張をまとめるべきだと苦言を呈し、わたしは騒音の被害者ですよと苦笑する。

2018年12月19日、抵抗博物館前にて。ⒸAoyama Morito

~次号に続く~

青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座  https://chikyuza.net/
〔opinion8250:181225〕