新規感染者3名を出した8月
4月24日から新規感染者ゼロの状態がおよそ100日間続いていた東チモールでしたが、8月に入り、3人の新規感染者が出てしまいました。
新規感染者として8月4日に46歳のインドネシア人男性が、20日に25歳の東チモール人男性が、そして26日には23歳のインドネシア人が(保健省は性別を言及せず)それぞれ登録されました。3人とも海外から東チモールに帰国または入国し隔離措置を受けていた人たちです。
8月4日に新規感染者となったインドネシア人は18日に、20日の東チモール人は9月4日にそれぞれ回復者として登録されています。二人とも新規感染と回復のそれぞれ登録に二週の間隔があることから、新規感染者として登録された人はさらに隔離施設で二週間過ごしたのち再検査を受け陰性反応が出たものと推測されます。しかし8月26日に新規感染者と登録されたインドネシア人は二週間後の9月9日あたりになっても回復者として登録されておらず、9月20日現在でもなお治療中と登録されているます。先の二人と違って回復に時間がかかっているようです。重症化しているのでは……と心配されます。
五度目の非常事態宣言
8月6日、フランシスコ=グテレス=ルオロ大統領は新型コロナウィルスの予防対策とする四回目の非常事態を宣言しました。期間は8月6日から9月4日までの30日間です。そして8月26日、政府は閣議を通して非常事態宣言の継続をルオロ大統領に提案する旨をフィデリス=マガリャエンス内閣長官が発表しました。これを受けて大統領府は8月31日,国家評議会が新型コロナウィルスの世界そして隣国とくにインドネシアにおける感染状況に悪化を鑑みて国会に五回目の非常事態宣言発令の審議を求めました。国会は9月3日、賛成40票、反対0票、棄権7票で、採択され、9月5日、大統領による五回目の非常事態宣言が発令されました。期間は9月5日から10月4日までの30日間、その内容は四回目の非常事態宣言と同様で、出入国管理強化に重点が置かれています。大統領は9月5日、五回目の非常事態宣言は新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐための、そしてインドネシアとオーストラリアから入国する人を通して侵入してくる新型コロナウィルスを捕獲するための対策の一つであると述べ、国民に協力を求めました。
四回目の非常事態宣言の場合と同様、新型コロナウィルスの感染予防対策としては入国管理を強化すればよいことで、非常事態宣言は必要ない、これは政府による政治的な利益のためだと発言する野党CNRT(東チモール再建国民会議)の国会議員もいます。しかしシャナナ=グズマンCNRT党首は非常事態宣言を支持しています。CNRTの統一見解を示してくれ!といいたくなります。なおシャナナ=グズマンは全国行脚をしながら住民との交流を精力的にこなし、新型コロナウィルスにたいする啓蒙活動をおこなっています。
9月10日、ルオロ大統領は首相・副首相・防衛大臣そして外務協力大臣と会合をもちました。大統領府のスポークスマンは、この会合のほとんどの時間が密入国対策に費やされ、大統領は政府に密入国者を取り締まり新型コロナウィルスの国内感染を防ぐように求めたと語りました。
いまの東チモールにとって新型コロナウィルスの感染防止対策のなかで密入国者の取り締まりが最重要点であると政府と大統領府は認識しているようです。
跡を絶たない密入国者
最近、従来の密入国者に武闘集団による密出入国行為が加わり、密入国者が増えていると報道されています。
四回目の非常事態宣言下の最初の二週間で国境警備隊は10名以上の不法入国者を捕まえたと警察は8月14日に発表しました。このような報道は以前からたびたびみられましたが、9月になると武闘集団による不法入国者が逮捕されたという報道がでてきました。例えば、9月8日、警察の報道官は国境警備隊と軍の合同部隊はインドネシアの西チモールから不法に入国した武闘集団37名を捕まえたと発表しました。また、9月9日、14名の武闘集団メンバーが西チモールのアタンブアで逮捕され、14日、不法に入国した武闘集団メンバー23名を異なる二地点で逮捕したと警察は発表しました。報道によると逮捕されたのはいずれも東チモール人のようです。なお、東チモールに不法入国した者たちは捕まえられると健康状態の観察のため隔離施設へと拘束されます。
正規の手続きを経た入国者ももちろん隔離施設に二週間滞在することになっており、東チモールでは感染経路不明の市中感染はいまのところまだ発生していません。いわゆる水際作戦が功を奏しているといえます。しかし、もしも捕まえられずに町や村落に戻った不法入国者のなかに新型コロナウィルスの感染者がいたならば……、現在の東チモールで感染拡大が発生するとしたら、おそらくこのようなことが起こったときでしょう。
それにしても非常事態宣言のもと国境警備が強化されているさなかに不法な出入国者が増えるとはどういうことでしょうか。9月16日、国防軍のレレ=アナン=チムール将軍は大統領との会談後の記者会見で、武闘集団による密出入国を手引きしている者がいるはずだとして国境警備当局の調査を求めると述べました。
大統領を退かせようとする団体
さて話題を変えて時間を少し遡ります。今年7月、「正義と東チモール憲法を守る国民抵抗」(RNDJK-RDTL、以下RNDJK)という民間の団体が、ルオロ大統領が第八次立憲政府を継続させたのは憲法違反だとして、大統領の辞任を求める署名活動を始めました。
このRNDJKはデモ活動を7月17日におこなうことを計画しますが、警察はデモ申請にたいして要件を満たしていないと許可を与えず、RNDJKはデモとは異なる大衆行動をとりました。7月17日の報道やニュース映像を見ると、警察の監視のもと封鎖された路上でRNDJKは集会を開きました。その代表者たちは飾りをつけた机に向かって座り、自分たちの主張を訴えました。憲法違反の行動をとったルオロ大統領は辞任すべきだというのがかれらの主張です。机の中心に陣取るのはアンジェラ=フレイタスという労働党の党首です。封鎖された路上とは彼女の自宅兼労働党事務所前の道路です。彼女の隣にはアイ=タハン=マタクというかつてCPD-RDTL(東チモール民主共和国-人民防衛評議会)という団体の代表者であった人物が座ります。
わたしの抱く素朴な印象ですが、東チモールの労働党とは政治的影響力のない弱小かつ存在感なしの政党です。その党首のアンジェラ=フレイタスは国連統治時代から何かと問題発言をしてきた、たんなる目立ちたがりのお騒がせ屋さんです。最近の例としては、副首相でもある与党KHUNTO(チモール国民統一強化)のアルマンダ=ベルタ党首を外国人であると発言し、KHUNTOに訴えられたことがあげられます(東チモールだより 第422号)。
アイ=タハン=マタクはかつてCPD-RDTLの代表として、国家建設の流れに乗ることができずに疎外感を覚える人びとから一定の支持を得て、善し悪しは別としてそれなりの影響力をもっていた人物です(アイ=タハン=マタクとCPD-RDTLについては[東チモールだより 第247号]などを参照)。
警察がRNDJKのデモ活動に許可を与えなかったことについて、デモ申請の要件が満たされていないと警察は述べていましたが、これがもしRNDJKがルオロ大統領を辞職させる狙いがあるからという理由だったとすれば言語道断です。
立場の異なる人の権利を守ってこそ民主主義
第八次立憲政府を継続させたルオロ大統領の判断は憲法違反であるという意見は決して少数派ではありません。そのように主張する政治家・知識人の意見は随分とニュースで紹介されています。その一方、憲法解釈の点ではRNDJKと一致するが、だからといってルオロ大統領を退かせようとするRNDJKにはくみしないという立場もまた報道で紹介されています。例えば、抗議活動は権利であるが抗議活動によって大統領を退かせるのは憲法違反であるという立場です。
ところで『テンポチモール』は、「ノーベル平和賞」受賞者であるラモス=オルタ元大統領がRNDJK事務所に招かれたことを報じました(2020年7月23日)。その見出しは「オルタ、アンジェラと約束、ルオロ大統領打倒」。ラモス=オルタ元大統領は、この見出しは自分がRNDJKにくみする印象を与えるとして『テンポチモール』に抗議文を送りました。もっともこの記事には「ラモス=オルタ自身は(ルオロ大統領の辞職を求める)要望書に同意するかどうか判断はまだしていない」とちゃんと書かれています。また『インデペンデンテ』(2020年7月24日、電子版、以下同様)も、ラモス=オルタ元大統領がRNDJK事務所を訪問したことを受けて、「オルタ、すでにアンジェラの指先の近くに」というやや刺激的な見出しをつけ、「もうすぐRNDJKはラモス=オルタの支持を得るだろう」と報じましたが、これもよく読むとラモス=オルタ元大統領は「要望書について受け入れるかどうかを判断するためによく研究するつもりだ」と書かれています。
アンジェラ=フレイタスはラモス=オルタ元大統領の署名をもらったと発言し、20万筆の署名に上乗せし30万筆にすると息巻き(『インデペンデンテ』、2020年7月30日)、さらに8月28日に署名を提出し大統領を辞めさせてその代わりになる人物を選ぶと述べました(同、2020年8月6日)。無茶苦茶な発言です。一方でラモス=オルタ元大統領は、「わたしはまだ署名していない」、「ルオロ大統領の判断には多くの同意できない点があるが、ルオロ大統領が退くことをわたしは望んでいるのではない」、このようにアンジェラ=フレイタスとは真逆の発言をします(同、2020年8月7日)。
お騒がせ屋さんのアンジェラ=フレイタスが顔となっている団体にわたしは胡散臭さを感じてしまいます。なぜ「ノーベル平和賞」受賞者ともあろうお人が、そのような団体の招きに応じたのか不思議です。もしかしてアンジェラ=フレイタスはたんなるおしゃべり役で、RNDJKの背後には何かあるのだろうか……という下衆の勘繰りをついしたくなります。
アンジェラ=フレイタスは最近こんな発言をしました―ルオロ大統領とタウル=マタン=ルアク首相は年齢的に生産的でないし憲法違反をしているから国を統治する資格はない(『テンポチモール』、2020年8月26日)。日本にも性的少数派にたいして「生産的でない」と発言した女性議員がいました。RNDJKはしかし、シャナナ=グズマンCNRT党首をもちあげ、迷彩服を着た昔のシャナナ=グズマン解放軍司令官の颯爽とした姿を写した大きな横断幕をまねき猫のように利用しています。大統領と首相は60歳台ですが、シャナナ=グズマンは70歳台です。アンジェラ=フレイタスの発言は差別的でありトンチンカンといったらありません。
しかしこのような人物だからといってその人の表現の自由を奪ってよいことにはなりません。RNDJKが8月28日に大統領に辞任を要求する署名をひっさげて三か所で大衆行動をとるという計画にたいし、国防軍のレレ=アナン=チムール将軍は8月21日、つまりFALINTIL(東チモール民族解放軍)の創設45周年記念がF-FDTL本部・防衛省前で催された8月20日の翌日ですが、リキサで催されたFALINTIL創設記念集会にて、治安を乱すなとアンジェラ=フレイタスを威圧する発言をしました(GMNニュース、2020年8月23日)。
これにたいしアンジェラ=フレイタスは、軍人は政治的発言をするものではない、軍服を着て市民を威圧するとはレレ=アナン=チムール将軍は独裁者的だと喰ってかかります(『テンポチモール』、2020年8月26日)。
なお8月27日、カトリック教会のビルジリオ=ド=カルモ=ダ=シルバ司教は、教会が反大統領のデモをするという噂が流れていることにたいし、教会はデモについて一切承知していないと噂を明確に否定しました(GMNニュース、8月27日)。
軍による封殺
8月28日、国会に分野別に設置されてる分科会の一つ、治安と防衛を扱う「B委員会」の委員長である与党フレテリン(東チモール独立革命戦線)のソモツォ議員(元内務副大臣そして元防衛大臣)は、アンジェラ=フレイタスの団体は民衆や警察・軍をパニックにさせて国家にたいしてクーデターを起こそうとしている、警察による調査を求めると発言しました(『テンポチモール』、2020年8月28日)。さらに8月31日、レレ=アナン=チムール将軍は、「アンジェラ=フレイタスとアイ=タハン=マタクは9月4日にデモをするとわたしはきいている。わたしはアンジェラにいいたい、大統領を失脚させようとしているが、自らを縛ることになる」(『テンポチモール』、2020年8月31日)と、アンジェラ=フレイタスとアイ=タハン=マタクの拘束を示唆しました。この発言に人権団体は反発します。
RNDJKの予定していたデモ活動はいつの間にか8月28日から9月4日に移りました。アンジェラ=フレイタスは9月4日のデモで大統領を倒して、現在採用されている準大統領制を変えたいと述べました(『テンポチモール』、2020年9月1日)。
デモをするのはよい、しかし大統領を倒すというのはだめだなどと法律家・知識人が意見を述べ、与党議員はアンジェラ=フレイタスは無法者だと非難。さまざまな意見を述べあい、批判しあい、あるいは非難合戦するというのはごく自然のこと、これぞ民主主義です。しかし軍の圧力がかかるとなると民主主義の封殺となってしまい、話はまったく別物になってしまいます。
9月1日、アンジェラ=フレイタスの住居兼労働党の事務所でもあるRNDJKの事務所に、顔を隠し武装した兵士らが現れました。これでお騒がせ屋さんによる騒動話 の性質がものものしく一変してしまいました。民間人が軍に弾圧されるという由々しき事態になったのです。
それにしても軍を動員して対処すべき“何か”がRNDJKまたはその背後にあるのでしょうか? もしそうなら、軍または政府はそれを明示しなければなりません。アンジェラ=フレイタスの発言内容がけしからんから軍を動員するという理屈は成立しないのはいうに及ばずです。
アンジェラ=フレイタスは拘束されませんでした。9月2日,アンジェラ=フレイタスは軍による独裁体制が敷かれ始めたと非難し、9月4日に予定していたデモ活動を中止すると発表しました。
フィロメノ=パイシャン防衛大臣は、軍が動員されたことについてまだ報告を受けていないのでよくわからない、レレ=アナン=チムール将軍にはそれなりの理由があったのだろう、将軍に尋ねたほうがいいと記者たちに述べました(GMNニュース,2020年9月3日)。まるで他人事のような発言です。防衛大臣が本当にこのような発言をしたなら、政府防衛省が軍の行動を把握していないことになり、これまた由々しき事態です。東チモールは大丈夫でしょうか。
侵略軍がしたことを繰り返すな
9月1日以降、軍の動員にたいし非難と擁護の発言がメディアに登場することになります。ここではドミンゴス=ソアレス神父の意見を紹介しておきます。ソアレス神父は、軍による9月1日の行動を憲法違反であると非難し、いち市民が意見を述べたとき、その口を閉じさせれば、そこには民主主義はない、これは民主主義の抹殺である、24年間インドネシアが東チモールの人びとにしたことを繰り返してはならない、と述べました(『インデペンデンテ』、2020年9月9日)。
21年前の8月31日、独立を決めた住民投票が実施された日でした。また21年前の9月4日は住民投票の結果が発表された日でした。この季節、本来ならば21年前に吹き荒れた激変の瞬きに想いを起こし、24年間インドネシアが東チモールの人びとにしてきたことからの解放をしみじみと歓ぶときのはずです。しかし東チモール国防軍の行動が「24年間インドネシアが東チモールの人びとにしたことを繰り返してはならない」といわせしめるとは……嘆かわしいことです。
青山森人の東チモールだより 第425号(2020年09月20日)より
青山森人 e-mail: aoyamamorito@yahoo.com
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 https://chikyuza.net/
〔opinion10129:20200921〕